桜のエッセンス
|
写真は何必館より 桜 第7回「桜色の着物」 詩人・大岡信に、染色家志村ふくみとの桜にまつわるエッセイがある。 これは、中学校の教科書にも取り上げられていて、僕も大好きなエッセイだ。少し引用する。 京都の嵯峨に住む染色家、志村ふくみさんの仕事場で話していた折り、志村さんがなんとも美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。そのピンクは、淡いようでいて、しかも燃えるような強さを内に秘め、はなやかでしかも深く落ち着いている色だった。その美しさは目と心を吸いこむように感じられた。 「この桜は何から取り出したんですか」 「桜からです」 と志村さんは答えた。素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出したものだろうと思った。実際は、これは桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒っぽいゴツゴツした桜の皮から、この美しいピンクの色がとれるのだという。志村さんは続けてこう教えてくれた。この桜色は、一年中どの季節でもとれるわけではない。桜の花が咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな、上気したようなえもいわれぬ色が取り出せるのだ、と。 私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。春先、もうまもなく花となって咲き出ようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからである。花びらのピンクは、幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、樹液のピンクであった。桜は全身で春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの尖端だけ姿を出したものにすぎなかった。『詩・言葉・人間』大岡 信
志村ふくみさんの作品は、京都にいる頃に何度か目にする機会があった。染色や織物に全くの素人の僕であっても、その色の深さと美しさには圧倒された。大岡信のエッセイは、これを言葉の問題に応用させて「言葉の力」について考察するのだけど、今回は、樹全体が懸命になって、ピンクのエッセンスを花びらに送っているイメージだけを楽しみたい。
僕はこのエッセイを読んだとき、若山牧水の次の歌を思い浮かべた。牧水さんとなら、一緒に桜の花の下で酒を酌み交わしてみたいかな。
|
トラックバック(1)
トラックバックされた記事
桜は全身で春のピンクに色づく。
桜の季節ですね〜。うちの近所の土手沿いも、だいぶん蕾から花びらがこぼれはじめました〓 この時期、この写真のように枝先がピンク色に染まり始める頃になると、昔、国...
2010/4/2(金) 午前 7:31 [ 陽気に楽しく人生 ]
トラックバック先の記事
- トラックバック先の記事がありません。







そのお酒、みるくも、お供させて下さいませ。。。m(_ _)m大岡信のエッセイとても気に入りました。
2005/12/9(金) 午前 1:05
みるくさん。現実の観察に裏付けられた創作者と、詩人の想像力とが結びつくと、こんな素敵なことばが生まれるのですね。いいですね。一献やりましょう!
2005/12/9(金) 午前 2:11
この着物、桜の花ではなく、桜の木の皮の世界ですね。落ち着いた味わいの中から、薄ピンクがほのほのと匂い立つよう。。。
2005/12/10(土) 午前 8:46
みるくさん。これが桜から染めたものかどうかは僕にはよくわかりません。志村ふくみさんの作品には間違いないのですが。
2005/12/10(土) 午後 2:46
私も草木染め少しだけしたことがあります。確かにサクラの花びらでは淡くて染まりません。あのざらりとしたサクラ独特の木の皮が実にいい桜色になるのです。不思議です。日本人はやはり何故かサクラに思い入れがありますね。サクラはバラ科なのです。そのせいか私も好きです。
2005/12/11(日) 午前 6:57
志村さんの染織作品も素敵ですけど、エッセイストとして紡ぐコトバたちも、さまざまな色合いで素敵ですね?写真で拝見するかぎり、これは織物になる前の段階…経糸(たていと)が機(はた)にかかっている状態だと思いますヨ。この前後に膨大な行程を経て、やっと織り上がります…staは着尺(着物一反分の織物)を織ることの出来る機を使っていました…いまは実家で眠ったままですが。
2005/12/11(日) 午前 8:23
おやこさん。自然の色というのは奥深くて本当に不思議です。大学の頃、染色科に通っていた友人がいるのですが、なぜ、この素材がこの色になるのだろうと、マジックを見ているような気持ちでした。
2005/12/11(日) 午前 11:56
staさん。僕も志村さんのエッセイのファンです。確かに、まだ横糸が織り込まれていませんね。staさんは、いつか実家の機を取り出すときが来るのでしょうか?
2005/12/11(日) 午後 0:00