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 これがあの、物理系学生の憧れの原子力研究所のナレの
はてか。まず朝日新聞を引用しよう。
   (以下引用)
貯蔵プールに乱雑に投入された放射性廃棄物入りのドラム缶
、敷地内に残された中身のよくわからない廃棄物容器……。
廃止が決まった原発の使用済み燃料再処理工場「東海再処
理施設」(茨城県)を11月上旬に訪ねると、ずさんな廃
棄物の管理や老朽化した施設の様子から、解体作業が極め
て難航しそうな状況がわかってきた。。。。。。。
 使用済み燃料の再処理で出た廃棄物をプールで貯蔵する
「高放射性固体廃棄物貯蔵庫」。11月7日、日本原子力
研究開発機構の担当者が施設の前で、プール内の状況を写
真で説明した。水が濁ったプール内には廃棄物入りのドラ
ム缶が約800個、乱雑に積み上がっている。ドラム缶の
山の高さは約7メートル。水中カメラを近づけると茶色い
物体が舞い上がったという。「水あかか、さびなのかはわ
からない」ドラム缶の中身は、バラバラにした使用済み燃
料の被覆管だ。1977〜94年に投入された。つり下げ
たワイヤを切って投入したといい、プール内でワイヤが複
雑に絡み合っているとみられる。ドラム缶が腐食し、廃棄
物が漏れている可能性も指摘されている。
    (引用終わり)
 1950年代の物理系学部の卒業生の就職などまったく
なく、日本の大企業でも工科系は採用しても、純粋物理で
原子核や量子力学を勉強した学生の使い道などなかったの
だ。だから突如中曽根科学技術長官がアメリカの原子炉を
導入したとき、これを担当する現場の技術者はいなかった。
 工科系学部の電気、機械の卒業生で原子核や量子力学を
勉強して原子炉を担当できる人材などいなかったのだ。卒
業生がダメなだけでなく、それらを教えることのできる教
授がいなかったのだ。
 そこで中曽根長官はやむを得ず物理系の学生に目をつけ
た。そしてその学生たちを現場で使えるように指導、育成
する施設として東海村に『原子力研究所』を作った。物理
系学生は将来の夢は原子力研究所でかなえてくれると歓喜
したのだ。
 物理系の学生で優秀な者はこぞって原研に行くか、大学
院にのこるかした。それだけでなく物理系の教授たちもこ
ぞって原子力研究所に協力した。つまり物理系は日本の物
理系学問の将来を原研にかけたのだった。
 しかしこのような純粋な物理系の若者の夢は無残に裏切
られた。政府の原子力政策に無批判には従わなかったから
である。政府は自民党や電力会社のいいなりになり、無批
判に原発(そして原水爆開発の準備)に従う人材育成を急
いだ。
 これが1960年代後半からの『理工系学生の倍増計画』
の一つの目的であった。かくして工学部に『原子力工学科』
『原子炉工学科』『計数工学科』などが作られた。もちろ
んこのような計画にまともな物理系人材は協力しなかった
からこれらの原子力関連学科は奇妙なモノだった。第一、
これらの学科では肝心の量子力学や原子核反応、相対性理
論などを教える教授陣の確保が出来なかった。
 このため原子力の原理も知らない大量の原子力工学エン
ジニアが生み出された。それらのエンジニアは物理学関連
の学会に属することはできなかったので自分たちの『学会』
を作った。しかしその学会は東大はじめごく少数の旧帝大
卒業生だったからきわめて内輪の同好会となった。これが
やがて『原発ムラ』となって行った。
 かくしてかつて物理系人材の夢をのせて出発した原研も
あっと言うまに原発ムラで占められた。そのナレのはてが
今批判されている原研である。
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