熊子の備忘録 since2004

後期高齢者の母親と二人暮らしです。昨年7月以来、「散歩」が日課です。
前回に続いて太宰府です。大宰府政庁跡から観世音寺、さらには太宰府市役所まで歩きました。

「大宰府」は7世紀後半、筑前国に設置された地方行政機関です。政庁は九州全体を治める役所・大宰府の中枢として栄えました。日本の西方面の防衛拠点として、また外国との窓口としての役割がありました。663年(天智2年)8月、白村江(はくすきのえ)の戦いにおいて大敗した倭(日本)は、唐・新羅が侵攻することをおそれ、国内の防衛強化として、水城(みずき)、大野城、基肄城(きいじょう)を築きました。また665年(天智4年)、博多湾近郊にあった行政機関・那津官家(なのつのみやけ)を現在の太宰府市観世音寺4丁目の地に移動させ、「大宰府」が誕生しました。7世紀後半にはじまった大宰府は、12世紀前半には廃絶したものとみられています。

大宰府(跡)は1953年(昭和28年)、国の特別史跡に指定されました。2015年(平成27年)、文化庁から「古代日本の『西の都』〜東アジアとの交流拠点〜」として、日本遺産に認定されました。

現在の大宰府政庁跡は、大きな礎石を残した、「史跡公園」として整備されています。地元の人のほか、古代史に関心がある人や行楽客、(サクラの季節には)花見客が訪れてきます。また、大宰府政庁は「都府楼」ともよばれ、西日本鉄道の最寄り駅「都府楼前駅」の駅名にもなっています。

わたくしが大宰府政庁跡に出かけたときは、敷地内では地元の子供たちがサッカーボールで遊んでいたり、歴史好きなおじさんが公園を整備していた職員の男性に、歴史的な話題をいろいろと語りかけていました。親子連れや犬を散歩に連れた人などが思い思いに過ごしていました。そして、政庁跡に足を踏み入れて奥に進めば、美しい和笛の音が聞こえてきました。音がするほうに向かったら、大宰府跡の北門を出た西側のあたりで、笛を吹いている人を見かけました。古代の施設で和の音色が流れてくるなんて、まことに風流です。

それから、懸念された中国人観光客の姿は(このときは)見当たりませんでした。(;^_^A<アセ (´▽`)<ホッ

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↑西鉄天神大牟田線 都府楼前駅

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↑大宰府政庁跡

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↑画像奥は 東脇殿

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↑西脇殿

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↑ハゼの木

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↑正殿跡 石碑3柱が建立されている 左より 太宰府址 都督府古趾 太宰府碑

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↑西楼跡

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↑東楼跡

【パノラマ画像】

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↑正殿跡

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↑正殿跡を背にして南向きに撮影

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↑北門より南向きに撮影 右より 東楼跡 後殿跡 西楼跡

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↑北門から左右の築地塀(緑地帯)を撮影

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和の音色をバックにのんびり時間をすごしたのちは、大宰府跡の敷地内にある「大宰府展示館」へ。この展示館は、大宰府政庁の発掘の際に発見された、奈良時代の遺構「玉石敷の溝」を保存・展示するために建造されたものです。玉石敷の溝は、当時の政庁から排出された排水を処理する施設とみられ、その大きさからとても見応えがあります。また、大宰帥・大伴旅人の邸にて開催された歌宴を博多人形で再現した『梅花の宴』のジオラマは素晴らしいものでした。大宰府政庁復元模型も展示されており、当時は相当に立派な建造物であったと想像されています。展示物は撮影禁止です。

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↑大宰府展示館 入場口 入館料は無料

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大宰府展示館を出て、しばらく東の方向へ進むと、観世音寺が見えてきました。開基は天智天皇です。造営開始は661年ごろ、完成は746年(天平18年)です。完成まで85年もかかっています。観世音寺は文化財が多く、日本最古の梵鐘は国宝、聖観音坐像など多数の国指定重要文化財、観世音寺境内・子院跡は国の史跡、金堂・講堂は福岡県指定有形文化財に指定されています。

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↑境内

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↑境内

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↑金堂 福岡県指定文化財

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↑講堂 福岡県指定文化財

【パノラマ画像】

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↑境内

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↑講堂

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【おまけ画像】

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↑太宰府市役所 奥に庁舎が見える

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久しぶりの遠出です。福岡県太宰府市の「太宰府天満宮」と「九州国立博物館」に出かけてきました。福岡県内とはいえ、遠出(福岡市外に出る)は、昨年の3月以来です。今まで、遠出をする余裕が全くありませんでした(時間的・金銭的いずれも)。

太宰府天満宮は、“学問の神さま”として有名な、菅原道真(845年8月1日(承和12年6月25日)〜903年3月26日(延喜3年2月25日))を祭神としています。道真公は、平安時代初期の貴族であり政治家でした。901年(昌泰4年1月25日)、藤原時平の讒言により、醍醐天皇が右大臣・菅原道真を大宰権帥として大宰府に左遷しました<昌泰の変>。道真公は2年後の延喜3年、帰京の願いも叶わず、大宰府にて薨去しました。

太宰府天満宮は多くの参拝客でにぎわい、今では、受験生のみならず、中国人のツアー客も大挙して押し寄せています。残念なことに、中国人は概してマナーが悪く、日本人のわたくしは非常に不愉快な気分にさせられました。中国人が御神牛の像を見つけては、我もが先にと台座に上がって記念撮影する姿には唖然とさせられました。我が物顔で大声かつ高い声で騒ぐ連中を見るにつけイライラさせられます。前回(数年前の夏)、太宰府天満宮を参拝したときは、現在のような中国人観光客の姿は滅多になかったように記憶しています。

Ill−mannered Chinese! 礼仪不好的中国人!

天満宮の境内には、樹齢1000年を超えるとされる飛梅(とびうめ)が植えられています。飛梅は花の時期が早く、咲き始めが1月初旬、花の見ごろが2月中旬までです。3月も中旬の今は、すでに花の時期は過ぎていました。皇后(きさい)の梅はちょうど今が花の見ごろでした。可愛いピンクの花を咲かせていました。

宝物殿は今週は展示替えのため休館とのことでした。宝物殿は次回のお楽しみ、ということで…(*^-^*)

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↑西鉄太宰府線 太宰府駅

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↑参道

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↑御神牛 最低マナーの中国人の女 右に並んだ連中も台座に乗って記念撮影に興じていた

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↑太鼓橋

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↑楼門 参拝客のほとんどが中国人観光客

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↑飛梅 すでに花の時期を過ぎていたのが残念

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↑皇后(きさい)の梅 3月の今が見ごろ

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↑本殿

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↑麒麟像 奥の建物は宝物殿

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↑御神牛 昭和33年・福岡県糸島郡二丈村福吉(現・糸島市二丈)より寄贈

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太宰府天満宮をあとにして、隣接する九州国立博物館に向かいました。山の中にある博物館へは、トンネルを通ります。長いエスカレーターと動く歩道とで所用時間は5分ほどです。

入館した日は平常展のみの展示でした。良心的な料金で、大変貴重な展示物を閲覧できるのは、うれしいものです。また、この日は中学か高校の生徒が団体で入場していました。また、大学生おぼしき若者の姿もけっこうありました。爆買い観光地乗っ取り中国人の姿が滅多になかったのにはほっとしました。

1階には「あじっぱ」という、小さい子供からおとなまで、誰でも楽しめる無料スペースがあります。テーマはアジアです。係員が駐在しているのでいろいろ質問できそうです。

4階の文化交流展示室(平常展)には、「スーパーハイビジョンシアター」という常設の施設があります。8K(フルハイビジョン(2K)の16倍)という超高精細な映像が楽しめます。320インチの高精細スクリーンから映し出された映像は、ただただ美しいものです。将来は一般家庭でも8Kテレビが普及するでしょうか。

特筆すべきことは、九州国立博物館には、“キモかわ”なキャラクターがいます。収蔵品の『針聞書(はりききがき)』(1568年(永禄11年10月11日)刊・茨木元行)に描かれた“虫”を“はらのむし”としてキャラクター化して展開されています。館内の売店(1階・ミュージアムショップ)では、ユニークなはらのむしグッズが多数取り揃えられていました。いろんなむしがいるんですね(*´ω`*)

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↑文書館

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↑東神苑 画像右側

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↑先ほどの場所から左に曲がると、だざいふ遊園地ですが…

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↑右に曲がります 何せ「おひとりさま」なので(´・ω・`)

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↑長いエスカレーターを上った先には、長〜い歩道が

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↑色が変化します

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↑トンネルを抜けると九州国立博物館に到着 館内の収蔵品は撮影禁止

【パノラマ画像】

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↑トンネル(左) 博物館(中央) 通路の奥、右側はレストラン

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昨日3月4日と本日5日、福岡市役所西側ふれあい広場において、イベント『くまモンファン感謝祭2017 in Fukuoka』が開催されました。

くまモンファン感謝祭2017は、2月4・5日は大阪市、2月25・26日は横浜市、そして3回目が福岡市でした。昨日、母親がテレビのローカルニュースを見て、「くまモン(のイベント)がありようよ。鮎の塩焼きがおいしそうやね」と言ったので、「それじゃあ明日(日曜日)、散歩がてらアユの塩焼きと、熊本県の特産品を買ってこようか」、ということで、散歩コースでもあるイベント会場まで出かけてきました。

会場は大勢の人で一杯でした。親子連れに若者グループ、中高年者…様々な年代の人たちが、狭い会場にごった返していました。わたくしが会場について間もなく、「くまモン隊」のステージが始まりました。くまモンをはじめ、熊本県各地のゆるキャラたちの紹介がされ、キャラクターにちなんだクイズも行われました。登場したゆるキャラは、とまピン、ふねまる、マジャッキー、きくちくん、ころう君、からいもくんの計6体。くまモンや司会のおねえさんを押しのけて登場した「きくちくん」の濃いキャラは一見の価値があります。ゆるキャラだけで1時間のステージはあっという間に終わりました。なかなか中身が濃いステージでした。

ここで購入したものは、子持ち鮎の塩焼き2本、中に具が入ったちくわ2本、べにはるか(サツマイモ)5本入り1袋でした。会場ではスタンプラリーが開催されており、各ブースで商品を購入して3個スタンプをもらったら、くじが1回ひけます。くじ運もガチャ運もないわたくし、ダメ元でくじをひいたら、なんと、デコポン(12個入り)が当たりました!( ・∀・)<うわーい

しかし、デコポンをはじめサツマイモにアユにちくわに熊本の観光パンフレット数冊…と、重い荷物を抱えて帰宅したわたくしでした。

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↑案内図

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↑くまモンフアフア エアートランポリン (後方のビルは福岡市庁舎)

【サービス・物販ブース】

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↑物販ブース (後方は博多大丸)

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↑物販ブース

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↑物販ブース

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↑サービス関連ブース (後方はMMRビル(左)、市役所別館(中))

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↑道の駅・宇土マリーナに貼られていた被災地の写真 右は倒壊寸前の宇土市庁舎

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↑アユの塩焼き

【くまモン隊ステージ】

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↑くまモン 熊本県宣伝部長 兼 熊本県しあわせ部長

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↑とまピン やつしろTOMATOフェスタイメージキャラクター 

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↑ふねまる 御船町マスコットキャラクター

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↑マジャッキー 荒尾市マスコットキャラクター

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↑ショータイム くまモンのキレッキレダンス

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↑きくちくん 菊池市“非公認”キャラクター

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↑ころう君 鞠智城(きくちじょう)イメージキャラクター

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↑からいもくん 大津町(おおづまち)イメージキャラクター

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↑みんなでくまモンの歌に合わせて踊る!

【おまけ】

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↑サツマイモ(べにはるか)

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↑くじで当たったデコポン おいしくいただきました!

※個人情報保護のため、画像は一部、加工しています

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