窓際落っこち写真館・・・。

そろそろ人生の最終章を迎えようとしています、あくまでも格好よくありたいですね!!

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こんばんは。

 今日は温かい一日でした。お昼前に盆栽の土替えを終わったところで、仲の良い友人から
 電話がありました。花見の件とそれから、私のブログに関して意見があるとのことで・・・。

   彼曰く、『どうも最近のお前のブログ、えせ悟り気味だな・・・、ちょっとおかしいぜ!!』
   そおでしょうかね・・・。やっぱり“死”を意識してからというもの、教訓じみた事を書か
   ないといけないとの思いが強いのでしょうかね。

   午後2時ごろから、木曽三川公園に行って来ました。平日にもかかわらず、大勢の人でした。
   木曽三川公園  桜とチューリップです!!
イメージ 1

    花開く    うれしかなしき    宴かな
イメージ 2イメージ 3


【気について】
  彼は、私の善いも悪いも全て知っているので、『何を聖人君子面しやがって、バカヤロウ!!』と
  思っているに違いありません。

   彼は、「俺、最近、30年前に遠藤周作が編集した『心』という著名人の随筆集を読んだんだ。
   その中に、『気について』という随筆があって、面白いことが書いてあった。教えてやるよ」
   と言って、このように説明しだした。

 <ある男親が子供を寝かしつけていた。子供は「もうじき犬がなくよ」と言った。すると犬の遠吠え
  が聞こえた。暫くして、「また犬がなくよ」と言った。やはり犬が遠吠えした。女房に、「あの子は
  霊感がある!」と言ったら馬鹿にされた。
   「犬がなくよ」と言うのは「犬がなくような気がする」という事だ。その『気』と言うのはいった
  い何なんだろう。英語で言えば、energy spirit のようだがちょっと違う。うまい英語がない。
   では「犬がなくような気がする」を英訳すると、「I feel that a dog is going to bark.」であ
  ろうか。でも、これだと私が感じたのであって、『気』と言うのは事物から発する気配そのものの事
  であるならば、この英訳は間違っている。そう、『気』と言うのは事物から発する『気配』のこと
  で、それを感じるか感じないかは、受け手である我々の感性によるものである。人が事物を見るのは
  視覚的に見る作業だけではない、事物の側にもそれに対応する気がある、事物から自ずと発せられる
  ものである。>



そう言って、電話が切れました。

  早速、彼が言っていた『心』という本を図書館で探してきました。わが市には無く、
  隣の市の図書館にありました。隣と言っても車で10分足らずだから近いですけどね。




  


 
では、恒例のサラリーマン川柳傑作100選から

   アナとユキ   わたしゃ胃にアナ   医者にユキ
   ゆるキャラに   ママならなれる   そのまんま 
 




      鑑賞石 & 盆栽 です!!

       展示会の土岐石  銘:語らい です!!
イメージ 4



       展示会の土岐石  銘:清滝 です!!
イメージ 5




         土替えした 盆栽 です!!
 イメージ 6 イメージ 7
      テマリカンボク、アジサイ、イソギク、イワヒバ(2鉢)、熊柳(雌木2鉢 雄木1鉢)    
                             




                          ではでは、今日はこの辺で・・・・。

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