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博麗霊夢編(1)
前回までのあらすじ:
「幻想郷の支配を企む悪の軍団、紅魔館。その首領であるレミリア・スカーレットの居所を突き止めた霊夢は単身決戦に挑むことを決意する。レミリアの忠実なる従者、十六夜を死闘の末打ち破った霊夢は、分かりあうことのできなかった悲しみを乗り越え館へと乗り込むが・・・・・・」
ついに突入を果たした悪魔の本拠地、紅魔還の守りは驚く程に手薄だった。
いや、手薄などと呼べるしろものではない。何しろ配下の妖怪はおろか妖精メイドの姿すら一人も見えないのだ。
かなりの距離を進んだが、攻撃はおろか物音一つしない。もぬけの空と化した館は、その豪奢な作りと相まって、飛行する霊夢に不気味な警戒を強いる。
随分前から『罠』という言葉が思い浮かんでいるが、だからと言って立ち止まるわけにはいかない。
「ここが最深部ねっ!」
結局、一切の妨害もなく霊夢は中心部にたどり着いた。館全体に共通するコウモリをモチーフにした悪趣味な意匠が、一際強く、また大きく施された扉を見つけると同時に飛び込む。
小柄な霊夢の数倍はあろうかという扉は、触れるのもいやとばかりに投げつけられた霊札によって粉みじんに打ち砕かれた。
もうもうと舞い上がる粉塵に構わず、霊夢は更に数枚の札を、いつでも投げられるよう構えながら、慎重に室内に足を踏み入れる。やはり、迎撃の類はない。
油断させて、逃げられない場所までおびき寄せてから一斉攻撃を始める。そういったシナリオを考えるが、それにしてもここまで何の気配も感じられないというのは不自然すぎる。
霊夢が立ち入った部屋はどうやら指令室であったらしい。館の主人を反映して血のように深い赤一色でまとめられた部屋は、扉程大げさではないものの、それなりの広さがある。
簡単な会議室も兼ねているのか、中心には円卓が設けられていた。やたらトゲトゲした使い難そうなデザインなのは、館の主人の性格を反映してのものだろう。
行き過ぎた警戒をしないように、それでいて油断もしないように注意しながら、霊夢は何とはなしにその卓に手を置く。
ふと見ると、壁際には幻想郷全体の地図が垂れ下げられてあった。ここから幻想郷を支配したつもりになっていたとでも言うのだろうか。
カードリーディング方式のコンピュータが立てる不可思議な音だけが、霊夢の不安を煽るように響いていた。
「どうなってるの・・・・・・?」
訝しげにつぶやいた。疑心暗鬼を誘う作戦かもしれないと、敢えて鼓舞するように顔を上げる。
視線の先にあるのはこれまで嫌という程目にしてきた紅魔館エンブレムだ。
忌々しいその紋章を睨みつける。と、霊夢が己に気付くのを待っていたかのように、けたたましい音と共に紋章が激しく光りだした。
『ククク、ようこそ博麗霊夢。我が紅魔館の居心地はいかがかしら?』
「その声、レミリアねっ!」
紋章の明滅に併せて響く高圧的な声は、間違いない、霊夢の仇敵レミリア・スカーレットのものだ。
悪魔という異名そのままの冷酷さが滲む声は、機会を通してさえ、並の人間あれば背筋を凍らせるであろう。
しかし、それに正面から対峙してなお、霊夢は怯むことなく御幣串を突きつける。
「もう逃げ場はないわよ!大人しく出てきなさい!」
『逃げ場・・・・・・?ふふ、何のことを言ってるのかしら』
追いつめられてなお、レミリアの威厳は崩れることはない。
「いい加減、観念しろって言ってるのよっ!」
『何を勘違いしてるのかしら。あなたのいるそこは、幻想郷に無数に存在する我々紅魔館の"別館"に過ぎないと言うのに』
霊夢の顔が驚愕に染まった。無人の館が脳内にフラッシュバックし、同時に自分がはめられたことを悟る。
『あなたが必死になって倒した咲夜はおとり……。残念だったわね、霊夢?』
「くっ……!」
自分の迂闊さに言葉もない。レミリアが、腹心中の腹心である咲夜を、まさか切り捨てるような真似をするとは思っても見なかったのだ。
その思いこみこそが、正に敵の術中であったと言うのに。
嘲るような声は続く。今度は先ほどまでと違い、勝ち誇ったような色合いがはっきりと感じられた。
『その館はあなたに差し上げるわ。もっとも、あと30分もすれば爆発で粉々になっちゃうでしょうけどねぇ』
「念のいったことね、でも……っと!」
レミリアの戯言に付き合う気もなく、脱出するべく駆け出そうとした霊夢は、とっさに走った殺気に、反射的にその場から飛びのいた。
一瞬遅れて、霊夢のいた場所に投擲用のナイフが三本、計ったような等感覚で突き刺さる。
「これは……!」
『ああ、そうそう。いい忘れてたわ』
見覚えがある、というより、ついさっき散々に見せつけられたナイフに、霊夢は電流が流れたような勢いで投擲者を見る。頭上のレミリアの声が、たまらなくうっとおしい。
投擲者は細身で、動き安そうな、それでいて細部まできちんと手入れをされた、白いエプロンドレスに身を包んでいた。
「さく、や・・・・・・?」
『そう。私の大好きな咲夜を、特別にあなたに付けてあげるわ。最期の時まで退屈せずに済むように、ね』
レミリアの言葉通り、その人物はついさっき霊夢が倒したはずの、十六夜咲夜のように見えた。
だが、少なくとも霊夢の知っている咲夜はこんな灰色がかった土気色ではなく、もっと白い清潔な肌をしていた。視線は常に射抜くような鋭さで前を向いていたし、間違っても、顔が髪で隠れるような安定を欠いた姿勢をとることもなかった。
声は理知的で澄んでいて、決してこのように、地の底から蠢く幽鬼のような、聞くに耐えないものではない。
「ウゴゴ・・・・・・お嬢様ノテキ、コロス・・・・・・」
「あんっ、た!自分の従者に、一体何をしたの!!」
『別に。私はただパチェに、こういうことができないかしらって聞いただけよ。後のことは全部、あの子がやってくれたわ』
おもしろいでしょうアンデッド咲夜と名付けるわ。
笑い声さえ含んだその一言に、霊夢は自分の頭の血管が何本か切れる音が聞こえたような気がした。
「ふざけんじゃないわよ!!あんたこの子がどんだけ自分のために尽くしてくれたと思ってんの!?
最後の一瞬まで、咲夜はあんたのことだけを考えて・・・・・・!」
『あら、死んでも私に仕えることができるのよ?十分過ぎる幸せじゃない。
ほんと、使えない人間にはもったいないくらい』
その後の発せられた、別れを告げるレミリアの言葉は、更に何事か怒鳴りつけた霊夢の声にかき消されて聞こえなかった。
監視者のいなくなった館に、霊夢と、もう一人の死人だけが残される。
「ウゴゴ・・・・・・お嬢様ノテキ、コロス・・・・・・」
「死んでも休ませてもらえないなんて、あんたも大概ついてないわよね・・・・・・!」
聞こえるはずもないと知りながら、ゆらゆらとした足取りでにじりよってくる咲夜に冷や汗とともに告げる。
体は朽ちる寸前でも、戦闘力が落ちているということはないだろう。むしろ、強化されていると考えた方が自然だ。
まともに戦っても、無事切り抜けられるかどうかは分からない。
いや、しかし、今は、それ以上に。
(また戦うしかないの・・・・・・?こんな、優しくて、哀れな子と・・・・・・)
刻一刻と迫るタイムリミットに押しつぶされるように、霊夢の足は無意識に後ずさっていた。
(以下次号)
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