Tokyo-Paris
「東京Jajouka」単独ライブ#3 @銀座TACT, セルフ・リポート le 11Mai 2012
昨年(2011年)7月3日に原宿「La Donna」で1回目のライブをスタートさせた「東京Jajouka」は、
「The Rolling Stones」 のファウンダーであり、天才的ロック・デコレーターであり、
マルチ・インストルメンタリストであった
故ブライアン・ジョーンズ(1969年7月に27歳で夭折)の存在をリスペクトし、
その音楽的足跡を風化させないために、
彼がStonesに在籍していた時期にレコーディングされたの楽曲だけを
60年代復刻を踏まえてリメイク・カヴァーするというコンセプトのバンド。
初回ライブの時は、レパートリーが10数曲しかなかったが、
3回目の今回のライブ前には、レパートリーがほぼ30曲に増えて、
セットリストには7曲もの新レパートリー曲が加わった。
レパートリーの新曲が加わることはバンドとしてセットリストに幅が出るので喜ばしいことであるが、
このバンドに参加するまで、どちらかというと「Stones 聞かず嫌い(?)」というか、
あまり詳しくなかった僕には、全く知らなかった数曲へのチャレンジは、なかなかのプレッシャーである。
なにしろ、東京Jajoukaのライブには、Stones偏差値高いオーディエンスがステージ下に控えている。
でも、その緊張感は嫌いじゃない。
5月11日の銀座TACTでの3回目の単独ライブの<フォト・レポート>
今回はリハーサル時のショットも加えた。
photos by Mr.B.J & Mio san
今回のライブから新たなインストルメントとして加わったキーボードをチェックする
ブライアン片山は、Tシャツの柄もブライアン・ジョーンズ。
さすがにライブに対する気持ちの入れ方が熱く、真っ直ぐである。
そう言えば、ギターの美歩もリハのステージに上る前に、
「私はキース、私はキース」と唱えていた。
彼女も熱い。
ドラムスのTAKAは、「オレはチャーリー」とは唱えていなかったが、
当日の朝早く、スネア、シンバル、コンガなどを車に積んで、熱海から銀座までやって来ている。
彼も気持ちが熱いのだ。
僕はなぜか、「The Doors」のTシャツを着てリハに臨んでいた。
でも、ライブに対する姿勢に問題はないし、それなりに熱いはずだ。
ベースのTOBYもStonesに熱い男だ。
Tシャツの柄は「T-REX」だけど・・・。
不思議なことに、Doorsのジム・モリソン、T-REXのマーク・ボランも、
ブライアン・ジョーンズ同様に夭折だった。
<ACT-1>
01.南ミシガン通り 2120 (インスト曲)
02.(I Can't Get No)Satisfaction 03.Come On 04.19th.Nervous Breakdown 05.I Can't Be Satisfied
06.Ruby Tuesday
07.Lady Jane 08.Let's Spend The Night Together
・・・・ブライアン片山がキーボード演奏 09.Not Fade Away 10. The Last Time BRIAN KATAYAMA
TOBY MIHO
TAKA
PAUL OKADA
<ACT-2>
1.Gomper 2.Paint It Black 3.Mother's Little Helper 4.She's A Rainbow
・・・新加入曲。低視聴率で早々に打ち切りが決まったオダギリジョー主演のテレビ・ドラマ
「家族のうた」の挿入歌として使われていた。(ちょっと複雑な気持ち)
5.Get Off Of My Cloud
6.It's All Over Now 7.Tell Me
8.Street Fighting Man
9.No Expectations <ENCORE> 2.Jampin'Jack Flash 3.Time Is On My Side アンコールの3曲の演奏でライブが終わった。
TJ (東京Jajouka)のメンバー全員が、
60年代Stonesに熱いオマージュを捧げたライブであったと思う。
ただ、アンコール時に、ブライアン片山がブライアン・ジョーンズのTシャツではなく、
彼がサポーターを続けるJリーグ「ガンバ大阪」のユニフォームを着ていたのは微妙だったけど。
ま、ヒトのことを言える身ではないね・・・・。
終演後、HAIRトライブの深水龍作も姿を見せてくれた客席のオーディエンスから
「楽しかった!」という声をもらったが、
ライブでミスしたシーンのフラッシュ・バックが脳裏をかすめて心苦しい。
「もっとライブを重ねて、レパートリー楽曲を身体に染み込ませないといけない」と、
また、いつものライブ後と同じことを思う・・・・・。
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