邪馬壹国

すべて表示

1里=300歩 じぁ1歩は何センチ? 邪馬壹国はどこ?

魏朝時の寸法
1里=300歩  1歩(現代1歩の2歩分の歩幅)=6尺  1尺=24cm  こんな寸法規定だった。

で!
洛陽からの使者が楽浪郡・帯方郡・倭に赴く道中、定規やメジャーで測距しながら行ったのか?
とある楽浪郡第19守備隊のこんな↓やりとりがありましたとさ(嘘です)笑
「めんどくせーですぜ隊長、300歩/1里でいいじゃないすっか」
「んなぁこと分かってるって。とりあえず歩数でいいってばよ。それよりお前は歌が上手いよな?」
「へい、京で5本の指に入りますぜ」
「じぁ歌いながら歩け」
「へ?」
「1曲歌い切るまで何歩かかるか別の測距係が数えっから」
「そりゃナイスなアイデアですぜ♪隊長♪これだと曲数から距離を割り出せて勘定がかなり楽になりますなぁ♪」
いずれにしても歩数で距離を割り出すの一番手っ取り早いの確かだと思う。
で、こんなのんびりした第19守備隊だが、300歩で規定上の1里=432m(1魏尺x6x300)を正確に歩けたのだろうか。
実を言うと現代人も大凡300歩で432m以上を歩く。
現代人の歩幅は「身長x0.45」だとある。
ちなみに赤ペガでは「身長167cm x 0.45」=75cmになる。古代中国では「現代1歩x2」なので1歩1.5mですな。
1.5m x 300歩 = 1赤ペガ里=450m
で、実は赤ペガ足サイズは24.5cm。これは魏尺とほぼ同等。この赤ペガ尺は当時の成人男性平均の足サイズとも言えるので1歩=6尺=6足とも言える。
で、しかし、実際のところ1赤ペガ里を赤ペガは300(600)歩で移動できるのだろうか?
やってみた。
普通に歩いた結論から言って「無理」です!
東京暮らししていた時は300(600)歩で行けたでしょうが、山形の車必需な田舎暮らしに慣れきり鈍った脚の赤ペガでは4百数十(約900)歩かかります。
これって1歩1m(50cm)有るか無いか←1歩4足(98cm)程度といったところです。
イメージ 1

もちろん健脚であれば300歩=450mは楽勝ですな。
古代人も歩きは移動手段の根本だからもっと健脚だったでしょう。
が、しかし、次の条件が付加されても1歩=6尺(6足)で歩けるのだろうか?
※武器・食料・その他装備で比較的重い荷物を運ぶ。
※未舗装地を行く。
※起伏が頻繁にある。
※賊等の奇襲に備えながら歩く。
※上記条件で数十日工程を日半日歩く。
※更に上記条件で、役割分担した複数人複数班が同時に移動する。
他にも川を越えたり藪かけ分けたりと歩幅制限がありますな。
現代でもハイキング等では歩幅1足分以上小さくし、足腰に負担かけないように歩きます。
なので仮想第19守備隊は現山形人の赤ペガ歩幅程度になるんじゃないのかな(笑
なので、古代中国の「京から遠く離れた場所に行くときの1里」は↓
1歩=4足の「実1赤ペガ里=約290m」。
もうちょいのんびり行きたい赤ペガの1我儘里=260〜280m←このへんです。
(笑
これであれば、読解にもよりますが魏志倭人伝の工程途中に「古田氏の短里」を置く必要などありません。

         続く

.


みんなの更新記事