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生きることは、とにかくただ生きることである。
それには目的というものがない。
だが、人は他人を自らの手段とするために、
お互いに有用性の衝動を押し付け合う。
それは未来へと目を向けさせる、
つまり、「いまここ」から目を背けさせる。
だから生きるということ、特に、よく生きるということは、
有用性の衝動に反抗し、他人にとっては「不毛」に見える生き方をすること、
あくまで「いまここ」に佇み、刻一刻と自身を表出することだ。
人生に意味はない、あるとすれば、わたし自身がそれを問われているのだ。
わたしはただの観客ではないし、脚本を渡された役者というわけでもない。
わたしは、自分自身と舞台にとっての観客であり役者である。
しかも、即興で演じることを求められているのだ。
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読者です。まったく同感です。使命をもってうまれてきたとか意味があって生を受けたというのは、人の考えであって真理ではないとおもってます。生きる目的もおなじように子孫繁栄こそが自然の摂理にかなう生きる目的なのでしょうか
2012/2/9(木) 午後 10:29 [ 。 ]
コメントありがとうございます。猫たちのマイペースぶりを見ていると、自分の慌ただしい毎日について考えさせられます。
2012/2/11(土) 午前 10:47 [ penguinitis ]