PENGUINITIS' Blog

個人的なメモブログ。仕事とかCAEとかのグチとか。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全203ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

考えること

最近、あるテーマについて毎日考えている。
ふつうはある程度まとまったら文章にまとめるのだが、あえてそれをせずに、
毎回最初から考え始めて、昨日と同じ思考をたどろうとする。

これだけ聞くと無意味な行為に聞こえるが、おかしなことに、
同じことを考えているつもりなのに、毎回結論が変わるのである。

議論が練られていっている、という感じでもない。
ある日、すっきりとした結論を得た、そろそろ書いてもよい頃だろう、
そう思ったがあえて書かずにまた翌日同じことを考えてみると、
昨日の確信をすっかり覆す結論に達してしまう。

これはどういうことなのだろう。
要するに、求める結末によって採用する証拠が変わるから、
たどる道筋も異なり、結論も異なってしまうのだろうか。

物事はどうとでも言える、ということだろうか?
そしてたぶん、もし明日またこれについて考えてみたら、
また違った結論が導かれるのだろう。

ならば「理解」とは何か?
数ある思考の道筋のひとつを「好む」ことだろうか。
それなら、「理解」は人の数ほどあることになる。

閉じる コメント(1)[NEW]

閉じる トラックバック(0)

帰省

金曜日、会社からの帰還指令により、北九州に出張。
そのまま東京に戻るのもなんなので、実家に帰る。

イメージ 1

母の日に送ったミッフィー。
うしろもちゃんとある (はりぼてではない)。

母親に東京生活を語る流れで、北千住に行ったことを思い出し、
わたしが生まれたときにに住んでいたアパートを Google マップで探してみたら、
なんとまだ残っていて、盛り上がる。

それならと、つぎに住んでいた草加のアパートも探してみたら、
こちらも健在で、さらに盛り上がる。

うん十年も経って残っているアパートもすごいが、
わざわざ現地に行かずとも思い出の場所の姿を確認できるという、
うん十年間の技術の進歩もすごい。

などとやっているだけではヒマなので、博多に行ってみる。
ヨドバシの中の本屋で『塑性の物理』という本を衝動買いする。
最近、流体の勉強に飽きてきたので…。

夜、静けさに気が付く。
自宅の騒音は気になっていなかったが、
実はちょっとうるさかったことに気が付いた。

イメージ 2

同じ年の姉妹猫。なのに大きさが…。
帰る前に恒例の猫と遊ぶ。

イメージ 3

カメラに猫パンチされる。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

論理的真実

論理的真実は、たいてい、人がよく言うところの反対を示す。

なぜなら、人は真実よりも装いを好むからであり、
装う必要の少ない人間はめったにいないからである。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

シミュレーションへの期待と課題

今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループ(第1回) 配付資料
「資料9 産業界における計算科学 シミュレーションへの期待と課題」が興味深い。

今後の CAE を考えるよいヒントになるかもしれない。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

大エルミタージュ美術館展

土曜日、国立新美術館の大エルミタージュ美術館展へ行った。

乃木坂へ行くために原宿で降りたが、
ここは自分が来るところではないなと思った。
渋谷のほうがまだ馴染めそうだ。

絵を見るといつも、「この絵の何が評価されているのか」と悩む。
今回もそうぼんやり思いながら見て行くと、
ひときわ輝かしい絵を目の端に見つけ、はっと振り向く、
「ダ・ヴィンチだ!」
レオナルド派の『裸のモナ・リザ』を見つけて、
これはもう、遠目からでも、他の作品と違う光をはなって見える。

16 世紀から 20 世紀までの西洋絵画が時代を追って紹介されているが、
その中で、レオナルド派、ルーベンス、ユベール・ロベールなどは、
「なぜなのか」などと考える暇もなしに迫ってくる感じがある。

絵画は、音楽とともに、言葉とは別の独立した「言語」のように思う。
言葉は、それを聞く人の経験から精神に感覚を形成させるが、
絵画は目と肌に対して直接感覚が提示されるように感じる。
言葉は引き出すが、絵画は与える。
それは言葉では与えられないものを与える。

だから、絵画は、考えなければ理解できないようでは、
つまり、言葉で再構成しなければ理解できないようでは、
その表現において肝心なものが欠けている気がする。

20 世紀の「芸術」(キュビズムなど) は何度見てもほんとうにわからない。
何においても、進歩というものは、前のものを否定する。
否定の否定のそのまた否定の…と壊していくと、
最終的にバラバラになって、わけがわからなくなっていく。
20 世紀の「芸術」とやらは、そういう進歩の末路に見える。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

全203ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.

penguinitis
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

検索 検索
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
  今日 全体
訪問者 28 26784
ブログリンク 0 2
コメント 1 152
トラックバック 0 4

開設日: 2008/3/2(日)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.