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「アベノミクス」とブラック企業
 
・経済再生と「アベノミクス」
安倍政権が発足し、雇用問題に積極的な姿勢を打ち出している。いわゆる「アベノミクス」である。財政支出の増加とインフレ政策、さらにこれに規制緩和を組み合わせることによって経済成長を促進し、雇用を増大させるというのだ。だが、「アベノミクス」が即座に本当の経済再生を実現するとは考えられない。
少なくとも、財政支出が政策経済再生つながるためには、今話題の「ブラック企業」への対策が不可欠である。
 
・ブラック企業の特徴
私はこれまで1500件以上の若者の労働相談に関わってきた。その中で、ブラック企業の労務管理の特徴は、①「選別」、②「使い捨て」にあると考えている。①「選別」とは、必要以上に多くの学生を正社員として採用し、その後、「使える者」以外をいじめやパワーハラスメントで「自己都合退職」に追い込むやり方だ。いじめは凄惨で、「生まれてからこれまでの反省文を書け」、「会社に貢献できないのは、人格に問題があるからだ」などと毎日のように罵倒され、大半が鬱病に罹患してしまう。
 ②「使い捨て」の場合は、過労死を引き起こすような長時間労働を強要し、多くが鬱病などの病気にかかる。こうした企業では、そもそも「基本給」の中に100時間近くの残業時間が組み込まれている。例えば、月給20万円の場合、それは月に100時間した金額。本当はもっとずっと安いわけだ。長時間労働で鬱病や病気にかかっても、企業は「部品を交換する様に」自己都合退職に追い込み、また新しい者を採用する。
 
・日本の「コスト」としてのブラック企業
 上記からわかることは、ブラック企業が日本社会にとって明確に「コスト」であるということだ。鬱病になった若者は就労できず、税収は減る。逆に医療費の負担は増えてしまう。場合によっては、生活保護を受けざるを得なくなるケースも存在する。こうした費用は国家や社会が負担しなければならないのである。
 また、一部の企業の悪行によって労使の信頼関係が揺らぐことで、社会全体の労働モチベーションも低下してしまうだろう。「人材育成が困難になっている」ということが話題になっているが、このことも、ブラック企業の存在と無関係ではあるまい。「厳しい教育」と「ブラック企業の使い捨て」がなかなか区別できない中では、仕事に没入することが、若者にとっての「リスク」になってしまうのだ。
 さらに重要なポイントは、これら「ブラック企業」は、有名大企業を含む、業績が良い企業だということである。不況のためにやむを得ずに「ブラック化」しているのではなく、労務管理戦略の中に「使い捨て」が含まれてしまっている。もちろん「使い捨て」は他の日本企業を含む、日本社会全体の圧迫の上に行われている。
このように、財政支出で好景気になったからといって、ブラック企業が減るわけではない。それどころか、増加してしまう可能性すらある。そうすると、せっかく財政支出で雇用が増えたとしても、より多くの若者が「ブラック企業」に入社し、鬱病の被害者になってしまうかもしれず、その結果、医療費が増大し、就労人口も減少する。さらには、長時間労働や鬱病による少子化は、長期的には国内市場の縮小をもたらす。ブラック企業の蔓延は、経済再生の最大のアキレス腱になり得るのである。
 
・解雇規制の緩和
 一方で、安倍政権の政策では、財政支出と規制緩和がセットで主張され、中には解雇規制が含まれている。規制緩和によって経済成長が促進するというのだが、野放図な規制緩和は、ブラック企業を増加させ、逆に日本社会のコストを増加させてしまう恐れがある。
 解雇規制の緩和が現実に行われれば、ブラック企業によるサービス残業強要を促進してしまうだろう。ただでさえ「せっかく入った正社員」にしがみつくために、彼らは鬱病になるまで働く。解雇が自由であれば、そうした傾向に拍車がかかることは容易に想像がつく。
また、経済の拡大と解雇規制の緩和は若者に対して「チャンス」を増やし、労働者が転職しやすくなるとも言われる。だから、解雇規制の緩和こそがブラック企業をなくすのだ、と。
だが、そのような事実は確認できない。これまでも派遣労働や有期雇用法制などの規制緩和がたびたびおこなわれてきたが、ブラック企業は、まさにそうした文脈の中で発生している。労働相談の中では、「正社員になれるかもしれない」という競争状態の中で、サービス残業を受け入れている様子が多々見られる。これと同じように、「解雇されるかもしれない」となれば、やはり、サービス残業が増加するだろう。
さらに、転職の可能性が高まるといっても、そもそも増加する部分がブラック企業ばかりであれば、その効果も乏しいものとなる。実際、相談者の中には何社ものブラック企業を経由している者もみられる。
 
・規制緩和の意味
 雇用ルールの在り方を論じるとき、規制の緩和ではなく、規制の内容が重要だということを強調したい。今現在でも、そもそも、解雇は禁止されてはいない。法律には、ただ「合理的ではない解雇は無効」とされているだけで、原則として解雇は自由だといってもよいのだ。
 解雇の自由化とは、「不合理な解雇を認めろ」といっているに等しいのである。
 民法をはじめとした、私法(市民法)の存在意義は、取引の安全の保護にある。ルールがあるから、安心して人々は取引関係に入ることができる。詐欺や強迫による契約が無効になることは、そうした「取引の安全の保護」のためだ。
 同じように、「不合理な解雇」が規制されていることで、はたらく側も安心して取引ができる。無茶なことがされないとわかっているからこそ、頑張るということもあるわけだ。このように、モチベーションの上がる仕組み・ルールを作らなければ、結局は生産性を下げてしまう。
 労働を行うのは人間なので、ただ組み合わせが柔軟になったり、流動的になったりしても即座に「最適」にはならない。現状の日本型雇用のルールに問題点があるとしても、規制の緩和をキャンペーンのようにあおるのではなく、どのような「ルールをつくるか」を議論しなければ、意味がないのである。
 つまり、「規制緩和」ではなく、「規制改革」を求める姿勢が必要である。そして、それが実質的な効果をあげるものであるためには、イデオロギーを廃し、徹底的に現場に根ざした分析をする必要がある。
 その意味で、濱口桂一郎氏の『日本の雇用終了』(できれば私の『ブラック企業』(文春新書)も)は、ぜひ多くの方にごご覧いただきたい。
 
・必要な対策
 逆に、こうしたブラック企業をなくすために必要なことは、長時間労働の規制である。それによって鬱病は減り、少子化にも歯止めがかかり、国内市場も拡大する。医療費が減って労働力が増えるのであるから、社会全体のコストも低下するだろう。こうしたブラック企業の規制が、日本の経済再生のためには不可欠なのだ。
 それは、長期的な視座で考えると、さらにわかりやすい。安倍政権が短期的な雇用の「成果」を出したとしても、ブラック企業が増えて、鬱病の若者が長期的に増加し、日本が衰退したら、意味がないだろう。
 安倍政権に対する評価は、こうした長期的な日本の「経済再生」からする必要があるし、彼らの政策が、ぜひ長期的視座に立つ、日本社会にとって有益なものになるように、問題提起していきたい。

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