北の大地の文人

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小さな幸せ

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(日常を語る)

世紀の天体ショーともいうべき金環日食はあいにくの曇天にもかかわらず、リングの間から洩れた瞬時の閃光に息をのみとても幸せな気持ちに浸ることができました。貧者も富者にも等しく訪れるこの現象には、自然の持つ神秘の世界がまだまだ私たちの想像力を超えたものだということを知りました。そしてひと時の優雅な気分から、気負って政治や経済を批判する自分の日々の姿を振り返りながら、淡々と過ぎゆく日常を語ることこそ森羅万象の深遠に近づくことができるのではと自問しています。

力任せにキーボードを叩き駄文を連ねて主張することにいかほどの意味があるのか、・・・・46億年の地球の歴史から考えてみると、大仰に理論を振りかざす「政治や経済」などというものは、所詮人間の社会にしか通用しない狭隘なものでしかないのでは・・・・

単調な日常生活から溢れ出る言葉が人間の本性そのものを示すのであり、虚飾にまみれ奇を衒う難解な表現などは、何の意味も持たず他者の心にも響かない。そんなことは解りきっているはずなのにと日々臍を噛む思いで過ごしています。

「ブログ掲示板」で「されどわれらが日々」(柴田翔 著)の興味ある書評を発見しました。

「けいこの広場」  http://8605.teacup.com/keikoto/bbs

私のテーマである「林白言」氏の思想の系譜と深く関連する「六全協(第六回全国協議会)」を取り扱った「挫折文学」の書評です。
この小説で取り上げているのは青春の挫折と虚無感で「人はなんのために生きるのか、どう生きるべきか」というのは人間の普遍的で永遠のテーマだ。  (前記「けいこの広場」より)
と書評者は書いています。「六全協」が果たした役割は、「党の無謬性」を絶対化し、都合の悪いものは切り捨てた歴史だったということも指摘しています。

そしてこの書評者の末尾の文章
・・・・わたし達の楽しくもほろ苦い青春とは。「老い易い世代」などというものはありません。「節子はまだ老いることを拒否している」と本文にはありました。老いとは何でしょう。世代を突き抜ける情熱。節子とはわたしであり、あの時代を生きた全ての人なのではないでしょうか。  (前記「けいこの広場」より)
に、私は最も共感しました。

この書評を読んで、「科学的社会主義」、「歴史の必然性」などという甘美な言葉に魅了され、前衛党の無謬性を疑いもなく信じていた若い時代を想い出しました。「社会主義の核は善で資本主義の核は悪だ」という根拠のない言説にも真剣に聞き入っていました。このような偏狭な事態に陥らないために自らの防衛本能を「悟性」と呼んで、自我の亡失を防ごうとしたのが「されどわれらが日々」を書いた作者の意図ということなのでしょう。

「ドグマなき信仰」などというものが存在しないと同じように、「ドグマなき思想」もありえません。ドグマの大海に身をゆだね浮遊する人々の姿は、あたかも「科学」という言葉を身に纏った宗教者のように見えるのは私の偏見でしょうか。

シュンペーターが「管理された資本主義は社会主義だ」と主張したというのは、経済構造のあり方のみを捉えて定義しているのにすぎず、人間社会の究極のあり方は、古典的な資本主義対社会主義の対立構造の止揚ではなく双方の試行錯誤の結果としての「新たな存在様態」なのかもしれません。

私の敬愛する北の文人「林白言」氏は、「飢える人のいない平和で豊かな人間社会の在り方」について、文学というジャンルを通して問い続けていました。残念ながら、私は彼の革命家としての生き方である「思想の系譜」を追うことに、これまで重点を置いてきたため、文芸北見11号の「私と文学」以降の作品の大部分を読んでおりません。6年前、札幌に住んでいたときに、労働運動やイデオロギー分野以外の作品収集を積極的に行わなかったので、政治的文人の林白言氏を語ることは多少できても、文人たる文人林白言氏を語ることはできません。

「じゃがいもの花」、「こぶしの花」の二冊の作品から醸し出される「文学性」なるものは、優れて彼個人の「人格や感性」に大きく依存していることを示しています。物事の多面的な捉え方の一方で政治や社会の在り方にある種のこだわりをみせ自分の背負った過去の重さを異常に軽く表現しようとする「反骨と自在」が同居する難解な作家です。

ただ、その経験は私には全くないのですが、「美酒」を手元に置いて仲間と酌み交わすほどに、政治や芸術を論じる言葉に力が入る作家と漏れ聞いております。豪放磊落な文人の姿が眼に浮かびますが、彼と対面で議論するという機会は今の私には叶えられない夢のようなものです。

それゆえ週末に一人淋しくSt.Emilionが注がれたワイングラスを傾け、手元にある随筆のいくつかを声をあげて読みます。

「どうしてこう感じたのか、どうしてそう考えるのか、・・・」と問いを発し、「それはあの時・・・・」と自分で答えてみるのですが、そのときにどうしても心に沁み入る答えが得られないとき、自分が果たし得なかった事の大切さを思い知ります。

なぜあの若い時にもっと真剣になって大事なことを聞き出さなかったのか、自分が悔やまれます。知識や経験のないことが、発すべき問いさえ解らなかったのですから、・・・恥ずかしい話です。

それでも幸いに彼の残してくれた文章、作品があります。眼を皿のようにして、丹念に文章を読み、提示された主題に想像力を目一杯働かせ、文人「林白言」氏が指し示すものを見つけたいと・・・・それは私が果たせなかった夢の答にも繋がっていることを信じて・・・

注1)孤高の革命家「林白言」氏
 戦前、朝鮮で生まれ、故あって、両親とともに五歳で玄界灘をわたり終戦を陸別駅で迎える。戦後の労働運動が盛んなときに、国労中央執行委員を務めるが、合理化の嵐の中で解雇され、北海道に舞い戻る。差別と苦難を乗越え、北の大地で文化活動を起こし、自らもペンを取って「人間の本質」を照射していった。既に、彼は鬼籍に入っているが、「ペンは剣よりも強し」のごとく、彼の残したものが今も光り輝いているのは事実です。
 このブログの目的も「林白言氏につながる過去」から、私たちが現在を生きるために大切な「啓示」を探り当てようとしています。

注2)画像と今回のブログ内容とは直接の関係はありません。

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