富士山の写真
三つ峠からの夕焼けの富士山 10月15日
パノラマ台、山中湖、河口湖と車を進め、河口湖畔でホウトウ鍋の昼食、夕焼け撮るにはまだ登山は早いので河口湖畔で富士山と紅葉を撮った。
河口湖畔の紅葉、紅葉が最盛期とあってたくさんの人がモミジ狩りに来ている。夜にはライトアップされ紅葉祭りが行われているようだ。
紅葉撮影も一段落させここからは137号線を走り御坂トンネル手前で旧道に入り峠の茶屋、太宰治が逗留した事もある天下茶屋に向かった。ともかく車がいっぱいで車のU-ターンも出来ない状態だったので車を道路の真ん中に止めてぱちぱちと2枚ほど撮影。
ここは紅葉の時期には富士山の撮影場所として”河口湖と富士”カメラマンの集まる有名な場所だ。紅葉はとっくに過ぎていて見られなかった。
天下茶屋前から撮影、手前は河口湖と河口湖町、右側の木はすっかり葉が落ちてしまっている。この木の紅葉と富士山は特に絵になります。
インターネットより、 【太宰治と天下茶屋】 天下茶屋が建築されたのは、昭和9年秋のことである。木造2階建で、8畳が3間あって、富士見茶屋、天下茶屋などと呼ばれていた。「天下茶屋」と呼ばれるようになったのは、徳富蘇峰が新聞に紹介した記事がきっかけである。 太宰治が、はじめて天下茶屋を訪れたのは昭和13年9月13日である。それまでの生活に区切りをつけ、思いをあらたにする覚悟、での天下茶屋滞在であった。 11月15日までの3ヶ月余りを、2階の一室ですごすわけであるが、ここでの生活は、太宰に大きな転機を与えた。その第一は、未完ながら「火の鳥」を執筆した ことである。作品の評価は別として、作家としての意欲に燃えるのである。第2に 結婚である。前年、小山初代と離別し、不規則な生活を送っていた太宰にとって、結婚は安定への1歩であった。天下茶屋滞在直後の9月18日に、甲府清水門町の石原美知子(現夫人)と見合いを行い、結婚を決意している。 「富士には月見草がよく似合う」の名作「富獄百景」は、当時の作者の心境を表現した作品である。
車を登山道入り口に戻して三つ峠登山の準備を進める。駐車場付近の道路には今日の登山者の車がたくさん置かれていた。午後の登山なので戻ってくるグループにたくさんすれ違い、夕焼けの撮影ですかと度々聞かれた。
1時間30分ほどで山頂に到着。 三つ峠はロッククライミングのメッカで今日も岩登りをしている人が見かけられた。
今日は天気が良いが風が強く狭い山頂では飛ばされないように最新の注意が必要だ。暖かいとはいえ風は冷たく手袋なしではとても撮影は出来ない。三脚が風で揺れて撮影のブレが心配だ。
夕日が落ちてからの下山は真っ暗でヘッドライトを頼りに足早に駐車場に向かった。
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池に浮かんだモミジがとても綺麗に
絵馬に願いをこめて
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