魂は彩られる。
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誰かと同じであることを極端に嫌っていた時分は、
自分が変わり者だと言われることを寧ろ良いものだと思っておりましたが、
(アイデンティティが差異化であると信じていた頃……)
高校生時代は浮きこぼれることを避けて、
一般的な、平均値周辺に居ようとして妙に苦労した覚えがあります。
皆と同じくなる、皆と同じ意識になるって、
社会人でいうところの一般人とか常識人とは違う学生時代特有の何かに振り回されていたのかもしれません。
中学生時代、私と同じく「ちょっと変わってるよね」と言われていた男の子は、
「男女の友情は成立しない」という巷の噂の反証になるほど精神的に親しくなれましたが、
彼はその「変わり者」を貫き通した結果、今はスペインで建築家をやっています。
彼曰く「まだ卵」ということで、世界には自分のオリジナリティーをあっさりと蹴散らしてくれる
それこそ筋金入りの「変わり者」がゴロゴロしていると、
久しぶりに帰って来た日本の地で変わり者オーラ全開で話してくれました。
変わり者の道を避け、一般認識の集合体である「世論」を背負ったマスゴミを選んだ私ですが、
彼のように変わり者の道を突き進みたかったかと言われればそうでもなく、
寧ろ私くらいのオリジナルでは返り討ちにあっていただろうと諦めもしていました。
真の変わり者の中に紛れれば埋もれる個性も、
普通の世界でちょっと変わっている方が生きやすいのかもしれないと、
今は中途半端な人生に疑問と肯定を交互に繰り出しながら暮らす毎日。
ただ私は、変わり者の彼が言ってくれた、
「どんなに紛れ込んでいても見つけられる存在をお前は持っている」という言葉を今でも忘れないでいて、
(それが彼の持つカリスマのようなものではないにしろ)
「時々」以上に私の勇気の源になっているということを感謝したいと思います。
……というような事を、「はなかっぱ」を観ながらふと考えていました。
(こども向け番組を真剣に見ている人)
「違わない人なんて居ない」って自信をもって思えるようになりたいです。 |
