地方不動産鑑定士のデータバンク

ファンの皆様のお知恵・ご質問によって、個人を超えた知恵袋的な存在にこのブログが成長していることに感謝申し上げます。

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なぜ若者にクルマが売れなくなったのか?

右肩下がりの時代に育った若者が主役となる時代。

そこでは、クルマや服で、間接的にアピールして来た時代ではなく、
考え方や人柄を直接的にアピールする時代の到来を意味するのではないでしょうか。
その流れを決定づけるのが、FACEBOOKなどのSNS技術文明の進歩だと思います。


基本的に物欲がゼロなんてありえないとは思うのですが、経済成長が望めない昨今は、別のやり方で心の満足を得ようとしている動きが主流になってきていると思います。偽ブランドも限られた資金の中でやりくりしている様子が伺えます。

驚いたのは、週末農業を志向する若者が増えてきているということ。薄っぺらなかかわりに飽き飽きして、ホンモノ志向、ナチュラル志向とでも言うべき、新しい潮流だと思います。

ただ、若者層も同質ではなく、どの方向に進めば良いのかわからず、漂流している人たちも沢山いると思います。

次の主役となる世代には、我々現場第一線の現役世代の生き様は常に見られていることは事実だと思います。



さて、私たちが車を買わなくなったことに対して「近頃の若者は欲がないね〜。」などとぼやく人々がいるのですが、それに対して「とんでもない! あなたと同じように私たちもすごく欲深いのですよ、ただしその欲深さを表現する場所はあなたと異なりますけどね。」と申し上げたいと思います。

 消費社会について分析したジャン・ボードリヤールは、「消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない。」とはっきりと述べています。人々が物を消費するという理由には「私って他の人と違ってちょっとはイケテルでしょう?」という人々から承認されたいという、自己顕示欲があります。では、この自己顕示欲が今の若者にはなくなったのか? と言うと、「とんでもございません!」と私は言いたいのです。その自己顕示欲を満たす行為が、「車を買う」ことではなく、「言葉を発する」ことになってきているのです。

 物質空間が、インターネットによって情報空間に拡張されていない時代には、自らのセンスをアピールする方法は、誰からも見られる「モノ」に求める必要がありました。

 車や家や服などはわかりやすい、アピールポイントになるわけです。みなさんも記憶にありませんか?

 中高と、制服指定の学校に通っていると、自分のセンスをアピールするために、指定された制服の中で少しばかりの差を周りとつけて、「イケテル」奴と認定されるゲームに参加しませんでしたか? このような心理は消費生活の至るところで発生していて、車であっても、微妙に差をつけることで、自己顕示欲を満たすことがおもしろい時代があったわけです。それが高度経済成長を牽引したとも言えましょう。

自己顕示欲を満たしてくれる露出社会
 しかし、私たちは今、その「自己顕示欲」を「モノ」に求めなくなっているのです。

というのも、物質空間を情報空間に拡張した「露出社会」では、自分の頭の「中味」を表現することができるということが決定的に重要なポイントになります。

 物質空間のみに拘束されていると、なかなか人々の頭の「中味」を知ることはできません。街を歩いている人々がなにを考えている人なのか、わからない。だから、服装や話し方などで判断したりするわけです。でも、それが最近変化してきたわけです。ツイッターやブログのアカウントさえ知っていたら、人々の持ち物や外見だけでなく、頭の中味で人を判断できます。

 そして私たちは、病みつきになってしまったのです。もはや中毒かもしれません。

「車なんて結局はどっかのメーカーがつくったもんだよな、所詮は自分とは関係ない他人のモノ。でも、自分の頭の中味は、自分のモノだ。これで、自己顕示欲を満たせるじゃないか!」

 私はよくこんな質問をバブル世代の人々からされるのです。

「今の若者は心配になるくらい欲がないね〜。」

 それに対しては、今まで述べて来たとおり、とんでもない勘違いです。私たちはバブル世代のみなさんと同じ人間です。自己顕示欲をもってしまう、オバカな人間なのです。そんなオバカな私たちは、車を買うことに熱狂することから卒業して、露出社会で表現活動を行うことに熱狂を始めてしまったようなのです。

 そしてその熱狂を後押しするような、仕掛けが露出社会には仕組まれているのです。

 「評価」の可視化です。「いいね!」「フォロワー」「ブックマーク」、人々の頭の中味について、互いに批評し合うような、道具が揃えられつつあるわけです。ここで熱狂できる人々は、もう「車」には興味がないわけです。

 車は、私たちにとっての自己顕示欲の発露となる媒介としての役目を終えてしまったのでしょう。

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区画整理の原点

読者の方のコメントでご紹介いただいた、後藤新平氏について検索してみたところ、都市計画や区画整理の原点を知ることができましたので、紹介させていただきます。

 

http://nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2008/06/nozawa22_3.html

その時歴史 後藤新平 大風呂敷

Kif_0024 帝都=東京の都市計画のプランを考えた人、ということは知られているか、どうして歴史の上に出てこられたか。長く、疑問であった。
NHK「そのとき歴史は動いた」最初、医師だったのだそうだ。岩手県水沢の武士の家の子だ。寺子屋で勉強していたが、栴檀は双葉よりかんばし。で秀才だったと。
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Kif_0029後藤新平 - Wikipedia  岩手県奥州市水沢区出身。後藤実崇の長男。江戸時代後期の蘭学者・高野長英は後藤の大叔父に当たり、甥に政治家の椎名悦三郎、娘婿に政治家の鶴見祐輔、孫に社会学者の鶴見和子、哲学者の鶴見俊輔、演出家の佐野碩をもつ。
医師になって、岐阜で病院勤めだったとき、「歴史的な大事件に遭遇」
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Kif_0034 後藤新平医師24歳 「板垣死すとも、自由は死せず」と名文句を吐いた。名文句を言ったくらいだから死んだんだと思うと、さにあらず。ケガは治って、その後も、板垣の政治活動は続く。その時、派遣されてきたのは、24歳の後藤新平だった。
岐阜で後藤の診察を受けた後、後藤を評して、板垣は「彼を政治家にできないのが残念だ」と口にしたという。
Photo 板垣退助は、以前は百円札の顔だった。後藤新平は、医師として日清戦争から帰国する兵士20数万の検疫所を強引な手腕で三ヶ月で建設。やり手である印象を与えたので、軍幹部から目を付けられた。大阪府知事の橋下徹、宮城県知事そのまんま東(東国原英夫)が成り上がって、国会議員になり、大臣を務める、そんなような出世ぶりを見る思いだ。東国原英夫 - Wikipedia 橋下徹 - Wikipedia
Kif_0052 時は、軍人こそが偉い時代、人材も集まっていた。そこで児玉源太郎 に見出されて、台湾衛生局の責任者に任ぜられて、台湾で都市の設計にまで手を染める。植民地になったばかりの台湾へ統治者として君臨する日本の有力者、それが後藤新平である。だから、医師、衛生関係の領域を超えて都市計画を始めて、才能を発揮していく。その占領地、植民地を日本政府の出先機関で、仕事があり、仕事場で後藤新平ブレーンを育て、仕事集団をこの段階で造り上げている。
Kif_0056 10年くらい台湾にいて、思い切り都市計画の成果を上げた。一番いい台湾揺籃期を後藤新平の才能が開花し、かなり自信を持った。次の転勤先が朝鮮の南満鉄総裁初代に就任。彼は、満鉄の方向を決める仕事をいくつかやっている。
Kif_0063_2Kif_0065_2Kif_0062_2 満鉄の主要駅の周辺のインフラを充実させることで、発展して人が集まる。そのために、先ずホテル(帝国ホテルのような)を建てた。図書館、公園など、日本でもめったないような立派なけい建築物を建てた。その充実振りは目を見張る。これは、外地であり、地主の権利がうるさくないし、植民地として宗主国日本がかなり自由にできたからだろう。と推測している。まあ、作ったもの、建設したものは、昭和20年(1945年)以後、向うに全て贈り物になってしまったが。
後藤新平 - Wikipedia 台湾時代の人材を多く起用するとともに30代、40代の若手の優秀な人材を招聘し、満鉄のインフラ整備、衛生施設の拡充、大連などの都市の建設に当たった。また満洲でも「生物学的開発」のために調査事業が不可欠と考え、満鉄内に調査部歌手の東海林太郎も在籍を発足させている。
Kif_0033  この後、拓殖大学の学長になって日本に戻る。帝都復興院総裁、東京市長、鉄道院総裁、逓信大臣、内務大臣、外務大臣・・・総理大臣はやっていないが、あらゆる要職は歴任したといわれるくらいである。
江戸時代と少しも変わらない、狭い道路、道路の悪さは、台湾や朝鮮を見できた後藤新平には、母国がこれでは、と思ったにちがいない。東京を大改造を考えた。政府も台湾や朝鮮で都市計画を実行した実績と手腕を買われて、推挙されたのだろう。その計画は、大胆で、50年後、100年後を見据えて、プランを立てた。
幹線道路を幅、75メートルで、今の高速自動車道を同じ程度のことは考えていた。しかし、日本の土地の狭さ、土地所有権で実行ができない。占領地、植民地のの台湾や、朝鮮とちがって、土地収用がはかどらないし、費用が高騰して実行できない。そこで、考えついたのは、土地の区画整理という、事業者の費用負担が少ない方法を編み出した。
関東大震災では大災害で、死者10万人、先頃の中国の四川大地震よち死者が多い、そんな大震災を受けた。多くの外国から支援物資で助けてもらえた。両国の震災記念堂へ行くと、いろんな国から支援してもらった記念品がのこっている。
従来の都市計画プランは吹っ飛んでしまった。それから6年、震災復興計画が続いた。その間に後藤新平は死亡したが、台湾、朝鮮で後藤新平が育てた若い頭脳が、彼の意思をついで、継続発展させている。

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唯一無二の自分

(引用の続きです)
 
同イベントはミスコンではないので、「ミス」「準ミス」は存在しないが、当日はイベントの参加者が、5名のファイナリストの中から、最も賛同したプレゼンに投票を行なった。その中で、最も多くの投票を得て「事実上のグランプリ」に輝いたのが、法学部4年生の坂庭美香さんである。 
 坂庭さんが取り上げたテーマは「子どもと教育」。もともと社会貢献には関心があり、大学入学当初から地域のゴミ拾い活動に参加したり、2年生の時には児童養護施設支援のボランティア団体に所属し、小学校低学年の子どもたち相手に手巻き寿司を作ったり、ドッジボールをして遊ぶなどの活動をしていたという。
 
このような経験を元に、最終プレゼンでは児童養護施設の子どもたちの現状を伝え、子どもの教育の重要性を訴えた。慶應大学の学生は比較的恵まれた環境にあるが、世の中には大学に行きたくても行けない人たちがいる。そのことを、慶應生にぜひ知ってもらいたかったという。
 実は筆者もこのイベントに参加し、坂庭さんに投票した。教育支援は社会貢献の最重要テーマだと考えている立場なので、彼女の主張に大いに共感したわけだが、その坂庭さんが「事実上のグランプリ」に選ばれてうれしく感じている。
 大学4年生の坂庭さんは、大学院への進学が決まっている。将来は、子どもの権利を守る弁護士になりたいという。
 また、同イベントを主催した学生団体EPA代表で法学部2年生の金子広夢君はこう語る。
 「多くの人に社会問題を知ってほしい。自分も、子宮頸がんや格差の問題など、このイベントで知ったことも多く、(イベントを)やってよかったと思います。ただ、社会貢献は継続しなければ意味がないので、今後もこのイベントを続けていきたいと思います」
 確かに、社会貢献活動は続けなければ意味がない。しかし、実際にはNPOでも企業のCSR活動でも、継続していくことは困難だ。学生団体ともなれば、さらに継続することが難しい。団体を設立した学生が卒業してしまうと、急速に活動が低下して解散してしまう学生団体も多い。

ミスキャンパスが選んだ
NPOガイドブックも登場

 昨年1月に第12回記事で紹介したミスキャンパスによる社会貢献団体「Sweet Smile」も、創設者で代表の山崎ひな子さんが昨年3月に大学を卒業。しかし、このまま自分が「Sweet Smile」を抜けてしまうと活動が低下してしまうのではないかという危機感を感じて、就職せずに活動を続けることにした。まさにリスクを取った生き方でカッコイイのだが、その反面、ホントに大丈夫なのか? と心配にもなる。しかし、そんな大人たちの危惧をよそに、活動は順調に拡大しているようだ。
 昨年11月には、単行本「ミスキャンパスpresents 世界を変える仕事44」をリリース。「ミスキャンパスが働いてみたいと思って選んだ44団体に突撃取材!」ということで、多数のNPO、NGOが紹介されている。
ミスキャンパスによる社会貢献団体「Sweet Smile」代表の山崎ひな子さん(写真左)。大学卒業後も活動を続け、単行本(写真右)の執筆も手掛けた。(写真提供:Sweet Smile)
 NPOを紹介している書籍は数多いが、同書が興味深いのはミスキャンパスが掲載する団体を選んでいるという点につきる。「なぜ、あの団体が入ってないのだ?」と疑問に思う人もいるだろう。しかし、ここで掲載されている団体こそが、彼女たちの「評価」なのである。どのような取捨選択も、なんらかの意味を孕んでいるのだ。
 同書の帯には「就活する前に読んでほしい」というメッセージが載っていて、これが大学生向けに書かれたことが分かるが、筆者はむしろ若者をターゲットにしている企業、特に若い女性向けにマーケティングしている企業のCSR担当者やマーケティング担当者に読んでほしいと思う。特に、どこかのNPOとコラボする必要が生じたときには有益だろう。
 
 
 ミスコンと社会貢献をつなぐ「仕組み」作りにも取り組んだ。ミス・キャンパスがメニューを考え、学園祭で販売。売上げの一部を、アフリカの子どもたちの給食支援を行なっているNGO「TABLE FOR TWO」に寄付するという仕組みだ。昨年は、学習院大と埼玉大で実施。今年はさらに広げていきたいという。
 山崎さん自身の活動も広がっているようで、最近ではソーシャル系のイベントに行くと、彼女が司会をしていることも多い。この12月だけで6本ものイベントで司会をこなしたという。社会セクターでの存在感が増しているということだ。その山崎さんは、同世代の女の子にこんなメッセージを送る。
 「唯一無二の尊い自分という存在に気付いてほしい。私はこのことに気が付いてから、他人と比較しない生き方ができるようになりました。自分に対して自信が芽生え、心にゆとりをもてるようになる。そして、ゆとりから他者への思いやりも生まれてくる。つまり、ゆとりが視野を広げ、社会貢献も当たり前のように考えることができるようになると思います」。
 現代女性の美しさとはどこから生まれてくるのか。その答えが、山崎さんのメッセージに内包されていると思う。ラニア王妃の凛とした美しさも、その美貌だけが生み出しているのではない。高いキャリアゆえでもない。唯一無二の尊い自分への自覚、他人と比較しない生き方、そこから生まれる「世界を変える」という意志の力と行動力。それらが結晶してあの美しさを生み出している。
 「Girls Social Movement 2010」のファイナリストたちや、「Sweet Smile」のメンバーは、そのことにいち早く気づいた女の子たちだ。だから彼女たちは、凛々しくてカッコイイ。「美しいだけは、もう終わり」なのである。

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謹賀新年

あけましておめでとうございます。
 
旧年もお立ち寄りいただき、大変お世話になりました。
 
従来、このブログでは、地価下落や雇用問題など、ややマイナス的なキーワードが多かったのですが、できるだけ前向きな希望を持ってもらえる話題を紹介したいと考えています。
 
9.11テロ以来、経済的な豊かさ、「消費こそ美徳」を志向してきたアメリカ人の考え方が、心の豊かさ、貧しくとも自然回帰への志向へシフトしつつあるように思います。その典型例がアバターのヒットではないでしょうか。
文明社会の敗北を是とするこの映画、9.11テロで受けたアメリカ人の心の癒しになっているのでしょうか。
ライフスタイルの変更をやむなしと思っているのでしょうか。
 
そんなことをもやもや考えているうちに、アメリカ政府による50兆円もの国債買い入れにより、大量に資金が市中にだぶ付き、株式市場に流れ込んできた。相変わらす消費刺激策だ。株高こそ消費刺激の特効薬であるためか。その影響は日本の株式市場にもやってきて、1万円の大台を回復しました。
 
株式を保有する富裕層による消費が景気刺激策として効果的であるというのは、言うまでもない。
日本人だけではなく、中国人富裕層の大量お買い物需要で、大阪駅周辺デパートが潤っているという話を聞いたが、手っ取り早く富裕層頼みというのは、安易な解決策だと思います。
 
成人となったばかりの大学3年生が今から就職活動をしていて、「いまからじゃ遅いんですけどね・・・」と話している様子をみて、つくづく、人手を取らない企業経営形態へのシフトがどこまで進むのかと思ってしまいます。
 
片や耕作放棄地を耕す農業ボランティアを学生が組織して行っている様子などを見ていると、自分達としてどうしたら世の中に役立っていけるのか模索している試みも行われていて、そこで、頼りにされている感覚こそ、もっとも大切なものではないかと思います。
 
助け合い、互助の精神は、心のやすらぎを覚えるのではないか。
 
日本は経済大国の座を滑り落ちつつあるが、それは経済的発展の影で失われた何かを思い出させるチャンスではないかと思ったりする。
 
伊勢神宮参拝客が過去最高の人数となるそうだ。お伊勢さんに参拝する人よりも、おかげ横丁やおはらい町に多数のリピーターが訪れる。若い人たちも。人懐かしさ、互助の精神、こうしたキーワードが開発のコンセプトだ。
 
不動産の世界も、弱肉強食的な、無知に付け込む的な商売方法は自然に廃れ、貸す人も借りる人の大切な人生の一部を貸し部屋で過ごしていただく、借りるほうも大切に住むなどの意識にあふれるような、共存共栄を志向する賃貸関係が成功する貸家経営となっていくような気がする。間違っても高圧線下のアパートを提供するようなことは避けていくのではないか。
 
土地があまり、安く借りることも可能となった昨今、こうした心の渇きを癒すようなビジネスを展開する人にとってはチャンスとも言える。
 
高齢者介護ホームでも、規則に縛りつけるタイプではなく、住む方が自由に起き、自由にご飯を食べて、外出もできるようなタイプが、利用する側にとっては理想的だが、こうした観点で高齢者介護の経営を実践している経営者がいる。またシングルマザー向けに24時間保育を可能とする保育園を経営する若い女性経営者もいる。
 
各々が、こうしたらもっと便利なのに、お役立てできるのではないかという視点で仕事ができるような環境になってきたのではないか。
 
そんな職場ではきっと従業員も経営者もお客さんも笑顔であふれているのではないか。
 
町の地価はそんな人たちが多く集まるところには自然と下落が止まり、出世率の向上などによってややもすると上昇に転ずることもあるかもしれない。
 
必要に応じて行政を動かして、第3子目からの学校費用などの無料化など創設するように働きかけることもあるかもしれない。
 
大手スーパー依存型の買い物スタイルから脱却して、地元商店を中心とする青い市場が地産地消を合言葉に、地元若手農業経営者をバックアップするべく、隆盛となるかもしれない。
 
そんな町では経済の自然循環が維持される。つまり毎日の食費代が町の経営者の懐に入り、そのお金が地元の飲食店街で使われるという自然循環です。その根底には目先の便利さよりも互助の精神が横たわっている・・・。
 
だらだら初夢のごとく、書きました。
 
本年もどうぞよろしく御願いいたします。
 
○○○○○参考記事○○○○○
コメント欄をご参照。
ちなみに記事は全部で4ページあるのですが、ここには1ページと2ぺージの途中まで転載しています。
残りは次の記事で紹介しています。
 

「かわいい」「キレイ」だけはもう終わり。
社会貢献が女性を美しくする「美女3.0」の時代

 今回のテーマは「美女と社会貢献」である。筆者の本業であるマーケティングにおいては、美女の動向は非常に重要なテーマである。こんなことはおそらく、どこのマーケティングの教科書にも書いてないはずだが(少なくとも筆者は見たことがない)、消費トレンドを知るためには美女の動向を探るのが一番手っ取り早いし、的確でもある。
 簡単にいえば、ある生活シーンに美女が突如として現れ始めたら、それは大きな消費トレンドが生まれる前兆である。実証された理論でないが、経験則的にはそうである。読者もなんとなく納得できるのではないだろうか。
 たとえば、ゴルフ、カラオケ、温泉などがそうである。かつて、これらはオヤジの専売特許、ダサイ遊びの代名詞だったが、若い美女が進出するようになって、一気に国民的なブームになった。バブル期のゴルフブームは凄まじく、都内のゴルフ練習場では、夜中の12時を過ぎても若者や怪しげなオヤジで溢れかえっていたし、温泉は今でも若い女性に大人気だ。

社会貢献が放つ「色気」。
それを嗅ぎ分けるセレブたち

 昔から「新しいことは女性と若者から始まる」と言われるが、特に美女には新しいトレンドを察知する独特の嗅覚が備わっていると思われる。美女がどこかに集まったり、何かを始めれば、女性もそこに憧れ、男も集まってくるからブームになる、という考え方もあるが、ことはそう単純ではない。
 何事もブームになるには、そのモノやコトや場所に、独特の「色気」が生じるものだが、美女はその「色気」に敏感なのだと思う。最近は、チャリティイベントやボランティアの世界に美女やカワイイ女の子が集まっているのも、社会貢献が独特の色気を醸し出しているからだろう。
 こういう色気に最も敏感なのは、セレブと呼ばれるような人たちで、アンジェリーナ・ジョリーやマドンナなどハリウッドスターやポップスターが社会貢献活動に情熱的に取り組んでいる。90年代に「世界で最も美しいボディを持つ」と称されたトップモデルで、現フランス大統領夫人のカーラ・ブルーニもセレブアクティビストとして有名だ。いまや、世界のセレブ業界では社会貢献活動をしていないと、そのソサエティに入ることすらできないような状況だ。
世界のセレブ界の頂点に立つ、ヨルダンのラニア王妃。世界を舞台に社会貢献活動を行なう。ツイッターのフォロワーは約140万人を超える。(Photo:Aflo)
 その世界のセレブ界の頂点に立つのがヨルダンのラニア王妃である。完璧な美貌と抜群のファッション・センス。MBAホルダーであり、グローバル金融企業で働いていた元キャリアウーマン。現在は四児の母。非常に高い社会意識を持ち、自分自身のNGO「ヨルダン・リバー財団」を設立してヨルダンの貧しい女性や子どもたちを支援するほか、国連財団が行なっている「ガール・アップ・キャンペーン」の推進リーダーに就任するなど、女子教育を最重要テーマとしてさまざまな活動を国際的に行なっている。イスラム社会において、王妃の立場にある人間が女子教育の重要性を説くことは、社会的なインパクトも大きく、非常に先進的なことだと考えられる。
 社会貢献に関する受賞歴も豊富で、2010年の「James C. Morgan Global Humanitarian Award」も受賞している。また、ビル・クリントン元米大統領が推進する「クリントン・グローバル・イニシチアブ」や、ダボス会議の主催団体である「世界経済フォーラム」のボードメンバーも務めている。
 さらにラニア王妃は、ソーシャル・メディアを活用して世界の人々に直接メッセージを発信しており、ツイッターのフォロワーは約140万人(アカウントは@QueenRania)。公式ウェブサイトも運営している。
 
 
 このような女性が、世界中から賞賛を浴び、その生き方に多くの女性が憧れ、ファッション雑誌のアイコンになる。アカデミー賞やグラミー賞を獲るよりも、ダボス会議でスピーチする方が名誉だしカッコイイ。そんな時代になっているのだ。

かわいい、だけはもう終わり。
ミスコンに代わる、学園祭の新たな動き

 日本の若い女性の意識も変わってきた。当連載でも、そのことを何度も伝えてきたが、その動きはさらに加速している。昨年秋の学園祭シーズンでも、象徴的なイベントが開催された。
 学園祭の華といえばミスキャンパス・コンテスト。そのミスキャンパスの頂点に君臨していたのがミス慶應だった。しかし一昨年、主催団体が不祥事を起こし、このイベントは昨年から休止に。惜しむ声も多かったのだが、学校側は公にミスコン禁止としたらしい。
 そこで代わって出てきたのが「Girls Social Movement 2010」である。慶應大学の女子大生が参加して、それぞれが関心のある社会問題をテーマとしてプレゼンを行なうというイベントである。
廃止となった「ミス慶應コンテスト」に代わり、新たに登場した「Girls Social Movement 2010」。まさに、「社会貢献する美女」を競うコンテストである。(写真提供:学生団体EPA)
 「事実上のミスコンではないか?」という意見もある。そうとも言えるし、違うとも言える。「ミス慶應」というものをどう捉えるかによって、「Girls Social Movement 2010」の捉え方も変わるだろう。いずれにせよ重要なのは、このイベントのキャッチフレーズ「かわいい、だけはもう終わり。」である。世界のセレブが社会貢献活動無くして成り立たないのと同様、かわいいだけでは慶應女子の頂点には立てないことを宣言している。これは重要なメッセージである。
 「Girls Social Movement 2010」が正式に開催決定となったのは、三田祭の1週間前だったらしい。それまで、毎日のように三田祭の実行委員会と協議を重ね、単なる「新手のミスコン」ではないことを説明していたという。競合も多かった。ミス慶應はある種のブランドでもあるので、数多くの学生団体がミスコンを開催したいと申し込んでいたという。しかし、それらの企画はすべて却下。それだけ、学校側も実行委員会も、ミスコンに対する警戒心があったということだろうが、「Girls Social Movement 2010」だけが開催できたのは、そこに社会貢献というテーマがあったからだろう。
 もっとも、5月頃にはイベント開催許可の感触は得ていたので、その頃から参加者募集は始めていた。主に口コミで募集。120名ほどが応募したという。その後、面接やグループディスカッションなどの選考を経て、ファイナリストの5名が11月21日に開催されたイベントに進出。1人5分のプレゼンを行なった。
 プレゼンは、それぞれが関心をもつ社会問題をテーマに、NPOに取材したり実際にボランティア参加して経験したりしたことを元に行なわれた。取り上げられたテーマは、「海外における女性の地位向上」「女性の病気」「女性と育児」「病気のこどもたちと心のバリアフリー」「子どもと教育」の5つ。いずれも女性らしい視点で選ばれたテーマだ。 
 
 
 
 
 
 

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草食男を肉食女が食べる時代の背景

世間では草食系男子が話題である。
http://event.partner.yahoo.co.jp/love_sousyoku/column/
上記ヤフーのサービスによると、「女性と一晩過ごしても添い寝だけ」「男の本能に欠けている」「出世にも興味がない」など、多くの定義があるようです。個人的な趣向は大した問題としないが、最も大切な問題点は、結婚したがらないことである。

少子高齢化は女性側からの視点で、やれ独身を謳歌したいとか、やりたい仕事があるからという言い訳を聞くことが多いが、実は男性側の方が結婚をしたがらない。いや結婚したくとも自信がないという実態が見えてくる。

結婚して、配偶者を得て、子供を何人かもつということは将来に渡る経済的基盤に自信がなければできないことである。

情けないやつらだ!自分で事業を起こせばいいじゃないか!という厳しい言葉を経営者仲間から聞くこともあるが、私自身サラリーマンの家庭に育ち、サラリーマンとして10年過ごしたあと、脱サラして自分で会社を持ってみて、起業すること、自分一人で社会に立ち向かっていくことの大変さは想像以上であった。

現に競売事件を担当して、企業破たんの現場に日常的に立ち会っていると、安易に起業せよとはとても言えない。

わたしは学生時代に、「企業家サラリーマン」(安土敏著)という書籍に出会い、将来はどんなにつらくとも経営者として生きていきたいと志向して、一貫して脱サラの道を模索して、資格商売に出会い、鑑定士としての道を見つけたのであるが、大学の同窓会で出会うほとんどの友人は官公庁や大企業のサラリーマンだ。

つまり、勤労のパターンとして経営者として生きていきたい方向と、労働者として生きていきたい方向とに2分されるということだ。

大手会社に就職すれば一生安泰といわれた時代は、過ぎ去ろうとしている。上司・同僚・部下との人間関係でトラブルが生じて、心の病となる方も数多くいる。

日本の雇用の9割以上を担っている中小企業に勤務していて、それぞれの中小企業自体が、日本経済の没落とともに、その存在すら脅かされる昨今、労働する身としては、不安でしょうがないというのが実態だ。

今後、女性に対して自信を持ってプロポーズできる男性は、将来を見据えた経済的基盤がしっかりしている数少ない希少価値として、多くの男性にうらやましがられるだろう。

「いいなあ、あいつ、結婚できる身分で!」いわばアッパーグレードか?

不安でしょうがない男性は草食系を自称することになる。
方や子供が欲しいし、世間体もあるので、結婚したい女性は、自ら肉食系と変貌して、経済的なことはともかくその他の部分で惚れた男を無理やり・・・して、「でき婚」で自慢する・・・。

そんな未来が見えてくる・・・。

何より問題なのは、働きたい人が結婚をためらうような不安を覚える雇用政策の無さが最大の問題点であり、かねがね主張しているライフニューディールなどの政策をいち早く打ち出すことが急務であり、抜本的に男性側の意識を変えるきっかけになると思うのです。

ライフニューディールについては過去記事をご参照願います。

http://blogs.yahoo.co.jp/pma100percent/58686716.html
http://blogs.yahoo.co.jp/pma100percent/58713875.html
http://blogs.yahoo.co.jp/pma100percent/58741075.html
http://blogs.yahoo.co.jp/pma100percent/58901455.html

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不動産鑑定士1級FP 田中 利彦
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