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スポーツの偉人というと誰が思い浮かぶだろうか。
長嶋茂雄、王貞治…。多くの名が挙がるが、社会を引っ張った歴史に残る存在として、「古橋広之進」の右に出る者はいない。
敗戦の痛手から日本国民がまだ立ち直れないでいた昭和23年。
戦後初の夏季五輪、ロンドン大会への参加を希望した日本に英国から届いた電報は、世界の現実を知らしめるものだった。
「われわれは『プリンス・オブ・ウェールズ』を忘れない」
大戦初期に日本海軍が撃沈した英国の戦艦の名を挙げて、日本の参加を拒否する連絡だった。
出場すれば金メダル確実といわれた古橋を擁する日本水連は、全日本選手権を五輪の日程にぶつけて開催する。
ここで古橋は連日、世界記録を上回る驚異的なタイムをマーク。
会場の神宮プールには観客が押し寄せた。
茶の間の人々はかたずをのんでラジオの実況に耳を傾け、記録を聞いては狂喜乱舞した。
翌年の全米選手権で、米国選手を大きく引き離す世界新記録をマークすると、日本での記録に懐疑的だった現地の新聞も「フジヤマのフライングフィッシュ(トビウオ)」と絶賛。
この活躍が日本の国際舞台復帰の後押しともなった。
古橋さんと同世代の人たちは「『古橋』という名前には、当時日本中を元気づけた『リンゴの唄』や『青い山脈』と同じ明るい響きを感じた」という。
24年に日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士、27年に同じく初めて世界チャンピオンの座に就いたボクシングの白井義男選手とともに、世界と戦って敗れ、意気消沈していた日本人に、再び世界に雄飛する勇気を与えた。
それは後の高度成長の原動力となったともいえる。
その数年後に国民的英雄となった力道山が、プロレスの人気を高めるために「世界と戦う日本」というコンセプトを興行に取り入れたのはよく知られている。念頭にあったのは古橋さんの活躍。
古橋さんは力道山から「あなたの活躍が励みになった。
随分刺激されました」と言われたと振り返ったことがある。
「古橋広之進」こそは、スポーツの枠を越えた真のナショナルヒーローだった。
そんな敗戦間もない日本人に自信と希望を与えた「フジヤマのトビウオ」こと古橋広之進氏が8月2日、80歳で死去したことが分かった。
古橋広之進さんは力強い泳ぎで人々を鼓舞し、引退後も日本水泳連盟や日本オリンピック委員会の要職に就いて選手育成に励んだ。
世界水泳選手権を開催中のイタリア・ローマでの客死。
偉大なトビウオは、最後まで水泳から離れることはなかった。
古橋さんは7月24日に開かれた国際水連総会の出席と世界水泳の応援のため、13日にローマ入り。
炎天下の競技会場で連日、声援を送り、メダルのプレゼンターなどを務めた。大会は2日が最終日で、古橋さんは3日に帰国予定だった。
7月29日の会食時に「腰が痛い」と訴えた。
1日は「ちょっと熱っぽい」とホテルで休養。
その後、日本水連の佐野和夫会長らと会食したが「胸がゼーゼーする」と話した。
2日はホテルから姿を現さなかった。
午前10時半ごろに関係者が部屋をノックしても応答がなかったため、従業員にドアを開けてもらうと、パジャマ姿でベッドに横たわっていた。
穏やかな表情で目を閉じていたという。
「フジヤマのトビウオ」と呼ばれたのは昭和24年、全米選手権で世界新記録を連発したとき。勤労動員で左手中指の先を切断するハンディをものともしなかった。
期待を一身に背負った国民的スター。
27年のヘルシンキ五輪400メートル自由形で敗れた際、「日本の皆様、古橋をどうか責めないでください」とNHKラジオが実況したのは有名な話だ。
「ショックとしか言いようがない。まさに巨星落つという感じだ。
今は野球でもサッカーでも世界を相手に闘っているが、世界という物差しを日本に導入したパイオニアだった。
プロレスの力道山が古橋広之進さんにあこがれ、その力道山にあこがれたのが、プロ野球の長嶋茂雄というだけでも、功績がいかに偉大だったか分かる。
戦後、日本が世界に追いつけ追い越せと頑張っているときに、それを具現化した、スポーツ界を超えた戦後日本のヒーローだった」そんな水泳王国「日本」の礎を築いた「フジヤマのトビウオ」古橋 廣之進らの活躍した時代のオリンピック双六をご紹介します。
昭和20年代★オリンピック『スポーツ双六』すごろく。
カゴメ玩具製。幅79センチ×高さ54.5センチ。
組み立てサイコロ付、筒状の袋入。
折れ目が十字に交差する箇所に僅かの破れあるものの、玩具店の倉庫で発掘したデッドストックで遊ばれたものではありませんので60年程昔の品としては綺麗な方だと思います。
野球の藤村、西沢、小鶴選手。水泳の稲爪選手、フジヤマのトビウオと言われた古橋広之進の名前から判断して1948年〜1952年頃のオリンピック開催時に作られた品と思います。
1944年は幻の東京オリンピックと言われ、戦争の為に中止になり、1948年はロンドン、1952年はヘルシンキで開催されました。
筒状の袋(1951の表示あり)は折れ目に沿って開きがありますが、中身の双六自体は非常に美品です。
以前紹介したものは、組み立てサイコロと、筒状の袋が付いていませんでした。
スポーツグッズ鑑定の『流体力学』の前野氏に以前、直接鑑定して頂いたところ三万円との評価でした。
大判サイズですので額装すると見栄えがします。
10500円(税込み)で販売可能。
過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。
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