風のとびら

宇宙が始まった時、どんな風が吹いていたんだろう?

あの日より半年

私の中で神話が崩れた「熊本地震」。

前震といわれる最初の揺れでは、食器や本などが壊れたり散らばったり。
びっくりはしたけど、後始末が面倒だなぁ〜というかんじだった。

しかし、翌日の本震では深夜のことだったので、何が起きたのか???
とりあえず、外に避難するしかなかったのだけど、停電で真っ暗な中。
足の踏み場もなく、懐中電灯を頼りにモノを乗り越えて外に出る。

外に出るのにも、玄関ドアは開かない。
息子が体当たり!!!
どうにか外の階段を一段づつ・・・。
我が家はマンションの7階。

とりあえず、車で前のショッピングモールの駐車場へ。
続々と車が避難してくる。
約、1200名ほどの人々が避難していたと、後で知った。

直下型の地震というのは最初に「ドンッ!」と突き上げるような体感と音。
その後で揺れがくる。
嫌な感じだ!

その後、車中泊2週間。
電気はすぐについたが、水はそれから1ヶ月かかった。
その間、個人・自衛隊・熊本市等の支援で助けられる。
わがマンションでも炊き出ししたり、支援物資の分配をしたり・・・なかなか忙しい日々だった。

夜は小さなラジオに耳を傾け、大笑いしたこともあった。
毛布、1枚を持ち出せたので、息子と二人包まって眠った。
その間も余震は続く。
ちなみに余震の数は2000回を超え、ギネス並み(笑)

不思議なことに私は「恐怖」と言うものは感じなかった。
結構、平静で・・・どこかで面白がってたような気がする。
もう一度、体験するかと問われたら、もちろんお断りするけど。(笑)

避難生活で一番困ることはトイレ事情。
ショッピングモールが仮設トイレを設置してくれたのは嬉しかった。
それまでは10〜15分ほど歩いて、熊本日赤病院まで借りに行った。
仲良しさんと「そろそろ、行こうか!?」なんて誘い合って行ったのも懐かしい。

非常時というのは人間性が垣間見える。
人の暖かさや醜さ。
そういうのを経験すると、日常と変わらない自分で居たいとつくづく思った。

お風呂を貸してくれた友人知人(郊外の被害の少なかった人たち)。
温泉に連れて行ってくれた友人。
給水車からの水を貰って、一度沸かして冷まして持ってきてくれた友人。
その人自体も被災していたのに、食べ物を持って来てくれた友人。
心配してお見舞いを遠くから送ってくれた友人たち。
このような暖かさに包まれ、支えられた日々。
一人じゃないんだと心強く思えた日々。

ここから、私の新たな神話が始まる。

テレビでは放送されない多くの被災者や被害があります。
復興もまだまだ始まったばかりで、何も出来ていない家屋もたくさんあります。
我がマンションも何も始まっていません。
玄関ドアの鍵がかけられず、チェーンで凌いでいる部屋もたくさんです。
我が家では開閉時すごい音がするけど、どうにか鍵はかけられます。
他所に比べたら、まだマシな方。
なんせ・・・大規模半壊だったのですから。
何年かかるかわからないけど、基礎部分は大丈夫だったので修復していきます。

長々と書いてみましたが、書き足りないことがいっぱいです。
今まで、テレビの中で見てた避難生活というのを体験して、やっとその大変さを知りました。
実際に経験しないとわからないものです。

支援物資の中には東北の方々からのもあり、的を得たモノでした。
支えて下さった皆様、本当にありがとう。心より感謝しております。

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