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ず~っと休んでて、すみません。近況です。

ず〜っと、休み続けている、ヤフーブログ。どうも、すみません。

本業の仕事の方は、ごっつい普通にやっています。

私は、主に、内勤というスタイルはかわらずって感じです。

ただ、ここ一年くらいは、ヤフオク、アマゾン出品も頑張っています。

そもそも、物がありすぎな我が家ですので、子どもたちは、大きくなっていくしで、なんとかせなあかんということで、ぼちぼちと、売ってます。

とにかく、サイズが大きく変わり、どうしようもないのが、シューズ。

それも、サッカーシューズには、頭いたくなりますよ。

でも、多少、中古品でも、結構、お使いいただけているようで、落札していただけるのは、
本当に、感謝、感謝です。

一時期、シューズばっかり、売っていたので、これが、靴屋へ行くと、とても、親近感♪を感じていました。

落札されて、送る前には、中古といえども、綺麗に綺麗にということで、磨きをいれています。

洗うのは、もともと、洗ってあって、綺麗なんですが、各所のチェックを行い、どうしても修繕が必要そうなら、修繕して、説明文にものせています。

皮のシューズは、皮専用のクリーナーで磨いて、綺麗になって旅立っていきます。

本当に、北は、北海道から、南は、沖縄まで、シューズだけじゃなくて、ウェアや、バッグなども、送りました。

私は、中古品は家に山とあるので、仕入れることはありませんが、仕入れて、中古を売っていらっしゃる方の苦労は計り知れないだろうと、つくづく、思います。

とまあ、あまり、面白くもない、出品裏話でしたが、また、時々、出没していこうと思っています。

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久し振りのブログです。〜PTA広報誌

ヤフーのブログもちょっと様変わりしましたね。
 
そういえば、昨年末以来、更新していないです。
 
とても長いお休みでした。
 
ツイッターの方はほぼ毎日呟いています。
 
また、よかったら、そちらでもよろしくです。
 
ツイッターについては、また、書くとして。
 
近況を順々に書いていくことにします。
 
昨年、PTAで広報部部長だった私ですが、2年間やっていた広報誌作りも、次の方へ引き継ぎをしないといけなくて、今、やっています。
 
次年度広報部のみなさんとも、会いました。
 
最初に会った時は、次年度の部長副部長を決める会でした。
 
みんな、その会に出てきた理由「なんとか、自分の事情を言って、わかってもらって、部長にならなくてすむように。」ということだそうでした。
 
みなさん、仕事もされているし、そりゃ、広報部の場合は広報誌を発行しなくてはならないから、その発行責任を負うのは当然、いや。大変。したくない。ということだったのだと思います。
 
出席者は8人中、4人。
 
最初、出席している人の中から、8人でくじ引きをひいて、部長、副部長を決めるといわれました。
 
その日、前年広報部からは、私と、会計を担当してくれていた人。
 
二人とも、子どもはもう、高校生になった卒業生の母です。
 
くじ引き案、よく、使われるのは事実です。
 
しかし、くじ引きで決めても、今日の大事な会に来ることもできない人が、くじで当たって、さあ、部長、副部長の仕事ができるのか考えてみてほしい。
 
もし、できない場合は責任感を感じたみなさんが、結局、やらないといけない。
 
と、説明して、どうやら、なんとなくわかってくれたみたいでした。
 
そして、実際に編集を担当される方は副部長に、部長は、別の方がすることに気まり、最後の、もう一人の
副部長だけ、じゃんけんで、決めていました。
 
その後、初の部会にお邪魔し、なんと、パソコンで文字入力、つまり、メールを打ったりとかも含め、文字を入力するということができる方が、編集を担当する副部長以外、どうもいないようなんです。
 
あと、デジカメの所持、これが、ほとんどいない。
 
しかし、この二つ、中には、多少できていても、自分の仕事を増やしたくないという気持ちから、言わない人や、
デジカメも家にはあれど、使いたくないとかだろうと、部長副部長は、にらんでいるとはあとで聞きました。
 
おおお、なんという、読み。
 
そんなもんなんかな。言っていることは、そのまま信じちゃだめってことでしょうか。
 
最初から、疑いを持ちながら、スタートというのもなんですが、一応、私は、以上の広報部としては、重要な要素の2点を現在満たしてないという観点から、解決策を提示して、帰ってきました。
 
 
 
文字入力・・・これは、PTA室にもPCがあるので、これで、私が、教えるということ。
 
ただ、現実的には最初から、入力済みデータでもらえばいいんです。
ですので、生徒の書いた文章については、先生に頼んで、データにしていただけないかと依頼。
そもそも、生徒の方が、絶対、PCで入力するのや、操作そのもの、よくわかっていることでしょう。
 
※しかし、これは、別の意味で部のメンバーが楽すぎて、やることがなくなるんじゃないかという、仕事の分担、参加という面でもう一つと、部長、副部長。
 
じゃ、がんばって、パソコン操作、覚えさせるしかないで!と、思う。
 
デジカメ・・・これは、1台はPTAのがあるから、これを使えばいい。数台いるときは、とりっきりカメラを買い、現像の時に、CDに入れてもらう。問題は、費用がかなりかかる点。
 
あと、デジカメは持っているけど、デジカメのデータはSDカードにいれっぱなしでパソコンに取り込むという作業自体しないし、できないし、中には、PCなしですという人がいること。
 
これも、学校のパソコンでやってもらう。
 
以上、学校のパソコンは大忙しだが、ふと、忘れていることが。
 
管理上、やはり、誰か、できる人がいないと無理ってこと。
 
1回でできるようになればいいけど、そこはなかなかね〜。
 
難航しそうな、今年の広報部。
 
 
よくある切り貼りで制作する広報誌。
 
もちろん、検討しましたよ。
 
でも、結局、部長、副部長が、結局、忙しくなるだけの状態が思い浮かぶんですよ。
 
それは、当の部長、副部長にも同じようでした。
 
そもそも、かなりの回数、学校へきて、部会をそれも、発行前は毎日のように、やらないと無理で、
それを印刷するのも自分たちでとなると、これまた、1日がかり。
 
文字修正が入ると、やり直し作業が待っている。
 
実は、切り貼りでやるって決まったら、私は、もう引き継ぐこともほとんどないので、どうぞご自由にと
お任せしようと思っていたんですけどね。
 
さすがに、その選択はしなかった彼女たちでした。
 
風邪をひいていたため、まだ、引き継ぎも途中。
 
そろそろ、また、再開しないといけないです。
 
ちなみに、前年副部長をしていた二人は、今年も、なんらかの委員を引き受け、がんばっています。
その点は、よかったなと思う私でした。            

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伯父が亡くなりました。

白血病で闘病していた伯父が今月初めに亡くなりました。

79歳。

夏休みの終わりごろ、伯父は、自宅近くを歩いていて、つまづいてこけて、顔を打って腫れあがっていると聞き、様子を見に行くと、競馬場へいっていたりと、まだ、元気でした。

うちにも車で来ることができました。
ただ、携帯電話の操作がわからないということで、来て、ちょっとおかしいなとは思いましたが。

9月、調子が悪くなり、再入院しました。

入院時は、4人部屋で歩くこともできていたようです。

それから、癌の治療があったのですが、そのあとから、トイレにもいけなくなり、食べることも無理で、点滴となり、どんどん病人化していきました。

でも、少し、よくなってきていました。

ただ、病院というところは、治療をするところで、これ以上、癌治療をしない方がいいということになった伯父は、ホスピスへ行くことをすすめられました。

11月中ごろ、転院。

ホスピスでは、治療がありませんでした。

食事も病人食をたとで食べられなくても、点滴で栄養補給などもなしでした。

病院で点滴をしていたころは、朝、点滴をすると、昼からそこそこ元気になっていた伯父でした。

食べられないわけですから、それが命の綱だったのでしょう。

ホスピスでどのような話になっていたかはわからないですが、決して、治療が全くできない環境ではなかったのですが、おそらく、家族の同意により、特別な治療なし、点滴なし、自然にまかせる方式が採用となっていたんではと思われます。

自然死の選択をしたということでしょうか。

これは、見ていて、つらいものがありました。

確かに、管だらけにはなっていなかったわけですが。

点滴で、栄養補給しているうちに、もしかしたら、多少起きられるようになったりできるんじゃないかと淡い期待を抱きたかったです。

自分の父や、母に同じ選択を私はできないなあと思います。

多少、管だらけになろうが、多少は点滴で、栄養をつけて、食べられない部分は補ってあげたいと思うんです。

自然に死ぬこともそれはそれで、一つの選択ではあるのでしょうが、私は、親にその選択をようしないです。

伯父については、誰が、どう選択したのかは知らないですが、伯父はホスピスでゆっくりすることもなく、死に急いでしまいました。

昨日、伯父と行った市役所の前を通り、ああ、数か月前、伯父ときたなあと思いだしました。
市役所の人に、「俺は癌なんだ!」と叫んでいたなあと。

近くに住んでいて、非常に身近な存在の親戚で亡くなったというのは、祖父母以来なのですが、結構つらいです。

子供たちも、お葬式に行くというので、連れていきましたが、よく会っていたあの伯父さんが・・・という気持ちだったのでしょう。

大きな比較的太った人だったのに、ずいぶん小さくなって亡くなったのですが、次男には同一人物に思えなかったようで、あとで、聞いていました。「なんで、あんなに小さくなったちゃったの?」って。

息子たちは、私の父と一緒に、棺を持つ役割も果たしていました。
お花でいっぱいにしてもらい、好きだったコーヒーをお棺の中にいれてもらって。

伯父はもっと何か、私に言いたいことがあっただろうに聞いてあげればよかったなって、あとからでは
遅いですね。

あまりにも早く天国に行ってしまった伯父でした。

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長男、新型インフルエンザでリレンザ処方

イメージ 1

11月の始め、学校行事がたてこんでいた。
一通り、終了したある日、中三の長男がいまひとつ調子がよくないとは言っていた。

学校へ、PTAででかけ、帰ってきたら、長男が発熱したという。

夕方5時ごろからと。熱は、37.8度。

夕飯を食べさせ、なぜか饒舌な長男。ん?

ボケっと聞いていたんだけど、なんか、言っていることがおかしいぞ。

いつもと違うという気がした。脈絡というものがない。



で、「病院いく?」と聞くと、「行こうかな。」という。

かかりつけの小児科(といっても、あまり病院にいかない我が家は、その先生のところで、毎年、インフルエンザの予防接種をするくらいである。)に電話をしてみる。

「お母さん、まだ早いです。今、こられても、インフルエンザの結果が検査をしてもでませんよ。明日まで待ったら。」

と、言われたが、夜間救急の病院名を聞いて、行ったことのある病院だったので、ちょっと安心しながらも、長男に再度、「いくなら○○病院にいかないといけないけどいく?」と聞いてみた。

私も、どうしようかと結構悩んだが、最終的には、旦那に電話をして、やはり今夜のうちにいっておく
ことにした。

長男はそのときも、「ああ、おれはしあわせや。病院いけて。連れて行ってもらえなくて、死ぬ子もいるといってたからな。」とか、いつもの生意気な言動とは、違っていて、はっきりいって、きしょい。

これは、ますます、おかしいぞ。



タクシーで病院へいったころには、熱も、39度をマーク。

やはり、行ってよかったなとは思った。今晩、薬なしで過ごすのと、ありで過ごすのとでは、雲泥の差。

病状の悪化もこわいし、夜中に動くことの大変さは、子どもさんのいらっしゃる方にはよくわかってもらえると思う。



長男は小さい頃から、高熱を出すタイプで、とにかく手のかかる子だったが、もはや持ち上げることもできないくらいの巨体なわけだから、熱のあまりでないうちに、自分の足であるけるうちに、医者にはいかなくてはならない。

今回は、周りの状況から考えても、間違いなく、新型インフルエンザ。

季節性はすでに、今年の予防接種まですんでいる。

中学生くらいでも、脳症のケースも結構きくし、やはり油断はできない。

菌の増殖を、今回は、早めにとめないと、あぶないんじゃないかと思った。

検査では、インフルエンザとはでなかったが、リレンザの処方。

長男は、ぐったりと、病院のベンチで、完全に横になっている。

りレンザの吸入の仕方を看護婦さんが教えてくれる。

わかったつもりの私。

翌朝、実は、私も調子が悪くなってきた。朝、息子にりレンザを吸入させようにも、説明書を読んでも
さっぱり理解できない。

まあ、それでも少し教えてもらっただけましという感じで、なんとかやり終える。

これは、自分に処方されたものだったら、吸入できなくて、おわっているなと思う始末。

その日一日、長男も寝ていたが、私も、半分寝ていた。

りレンザのおかげで、多少、長男が頭おかしくなることは避けられたかしらと少し安堵しながらの
一日。

私もここで、高熱になったら、医者に行こうと思っていたが、麻黄湯という漢方薬を飲んで、なんとか
もちなおしていった。

翌日、次男が調子悪いと言い出す。結局、熱は、37度台ですんだが、3日ほど、家にいた。

旦那も具合悪かったが、仕事があり、麻黄湯で切り抜けていた。


ということで、やがて、長男も治ってきたが、家族全員を新型は襲ってくれた。

中学生あたりというのは、自分の体力への過信が一番あるときだから、極限まで、遊んだり、勉強したりとやりたいことをやってしまう。

だから、おそらく、重症化するんじゃないかと思う。

麻黄湯はググったところ、さほど副作用のきつくない漢方薬で、インフルエンザのような、悪寒がしたり、ふしぶしが痛くなったりなど、葛根湯より少し、きつい感じだが、結構効く感じ。

体力のない時は、あまりすすめられないようだ。

病院にすぐ行けない場合には重宝で、漢方薬で、ゆったり効く系が好きな方は常備しておくといいかもしれない。

わたしも知識としては知っていたけど、飲んだのははじめて。

薬局で葛根湯などと、今は、一緒に並んでます。


長男は、結局、学年閉鎖の真っただ中でインフルエンザにかかり、寝込んでいた。

あまり、まだ、体調がもどりきらないまま、大事な実力テスト。今一つの成績。

しかし、本番は、これからだし、気をつけていれば、インフルエンザのような大病はおそらく避けられそうだから、なんとかやりぬけるだろう。

人生は長いから、ゆっくりすすめばいいか。


※リレンザの写真はちょっとお借りしてきました。こんな形態をしています。薬剤は、銀色の円盤みたいなところにはいっていて、この半分ブルー色の器具の中に、セットして、使います。なかなか、精巧な作りの器具ではありますが、最初は、??でした。

セットしてその薬剤に穴を一つあけては、吸い、吸い口を引っ張って元に戻すと、円盤がまわり、未使用の薬剤のところが吸い口に近いところに移動、また、穴をあけて吸う。朝晩2回、一回に2錠分。円盤一枚が2回分にあたります。リレンザで調べると、動画で使い方の説明などもありますので、元気なうちに見ておくといいかもしれないです。

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ただ今、twitterで話題:生活保護受給の母子家庭の生活実態

イメージ 1

中日新聞でとりあげられた「母子加算復活 違和感残る予算論議」の記事が現在、twitterでも
盛んに話題になっている。



何が問題と思うのかは、人それぞれだと思うけど、やはり、この母子家庭の家族さんは何か勘違いしているんじゃないかと思われる。

記事自体の焦点はそういうことを意図して書かれたものではなくて、母子加算が復活するにあたっての諸々を書いているのだけど・・・。


携帯代3台で25000円+電話(ネット代)9000円とか支払いながら、食費は節約していて、
支給前はつらいと書かれている。(給料日前はそりゃ、皆そんなもんだよ。うちなんて、自営だから、月の初めから、真っ青って時もあるさ。)

体操服も買えないと。(体操服も、制服も、息子の中学では、リサイクルも行われている。)

自分たちは、とてもつらい生活をしているんです・・・と思っているようだが、
どうも、同情や共感の声は聞こえない。

私はかえって、この記事は、

すべての母子家庭が生活保護を受けているわけじゃないのに、誤解をまねくんじゃないかと思う。

この記事を最初に読んだときは、これは、ちょっと、おかしいんじゃないかと単純に思った。
生活保護費って、こんなにもらえるなら、みんな働かなくなるよって。

私も、母子家庭になろうかしらとかさ。思うよね。たぶん。だれだって。

24万円は決して、少ない金額じゃないって。

ただ、実際の母子家庭の人は、朝に晩にと働いているんだな。そういう人たちが、携帯代に25000円使おうとたぶん、誰も何も言わないと思うよ。

記事の内容からだけだと、24万円は全額生活保護費のようじゃない。

やはり、みんながまじめに働くのがあほらしいと思うのはそこだよね。

また、彼らは節約の仕方自体を知らないんじゃないかという意見もあるみたい。

なるほど。そういう見方もあるかもなあ。

本当に、体の調子が悪くて働けないで生活保護を受けている人もいるだろうし、
みんながみんな、こういう調子とは思わない。

でも、父母が懸命に働いていても、中学生くらいでも、携帯どころか、おこづかいすら、月に1円ももらわずに生活している子供が結構いる事実を知っているだけに、なんだか違いすぎじゃないかいと思いたくもなるね。

「受ける側に何が必要かを考えてほしい」

「とにかくうれしいです」。金沢市の佐藤洋子さん(45)=仮名=は、年内の母子加算復活が決まり、安心した表情を見せた。

 毎月、生活保護費など約二十四万円で暮らす。育ち盛りの小中学生の娘三人との四人家族で、五万円弱の食費は増える一方だ。支給日前の夕食は、具がモヤシだけのお好み焼きやふりかけご飯でしのぐこともある。「ごめん、もうお金ないから」「いいよ」。素直に納得してくれる娘たちには感謝している。

 節約できるのは洋服代ぐらい。今年四月に中学校に入学した次女(12)には、体操服を一枚しか買ってやれなかった。「これでもう一枚買えます」

◆    ◆

 母子加算の復活に伴い、代替措置の「ひとり親世帯就労促進費」は廃止が決まった。所得に応じて月額最大一万円を支給し、就労による自立を支援する制度だ。九月に仕事が始まり、十一月分から受け取る予定だった佐藤さんは、「一万円がなくなるのは大きい」と残念そうに話した。

 一方で、参考書の購入などに使える「学習支援費」は継続される見込みに。三人分で約九千四百円と少ない額ではなく、「もしなくなったら、生活費に食い込んでいた」と胸をなで下ろした。

 当初「十月にも」としていた母子加算の復活時期は十二月までずれ込み、代替措置の扱いが継続と廃止に分かれた。要求額が過去最大に膨らんだ来年度予算の編成をにらんだ財務省と厚生労働省が“綱引き”した結果だ。「学習支援費は教育のためのお金で、母子加算とは趣旨が違う。まず、受ける側に何が必要かを考えてほしい」。当事者よりも予算ありきの議論に、違和感を隠さない。

母子加算では子ども一人に約二万円が支給されるが、二人目以降の上乗せ分は千円ほど。「子どもが三人いれば、お金も三人分かかるのに」。復活自体は喜ぶものの、仕組みには釈然としない部分も残る。

 「母子家庭のみ」という条件にも疑問がある。「大変なのは父子家庭も一緒では」。この機会に「ひとり親加算にした方がいい」と提案する。

後略



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開設日: 2008/1/6(日)


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