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2001年12月、あの9.11衝撃のナイン・イレブンの惨劇の余燼覚めやらぬ厳戒のボストン・ローガン空港に降り立ってから、早5年の月日がたってしまった。2001年のアイザック・ソジャナー選手を擁してのアメリカ遠征から4回目、浜松大学バスケットボール部のヘッドコーチ・木宮も、ここアメリカ・ニューハンプシャー州の顔になってきた。
今年はクリスマスに入ってからの遠征になってしまったので、いつものニューハンプシャー工科大学へも迷惑をかけるので、お願いも控えめになっていたのだが、偶然ホテルで州議会のロビーストの一人に会ってしまった。
すると、早速、ホテルの私の部屋に一本の電話が入った。
「州議会」に来る予定は入れてなかったのか?」
「州知事に会う予定は?」
「とんでもない。ハーバード大学の体育部長に会う程度です。」と応えた。」
私の返事に対して「ナシュアのダニエル・ウェブスターに行くだろう。」彼らはすでに予定を知っていた。
そういえば、昨夜試合を見学に来ていたダニエル・ウェブスターカレッジのコーチがニューハンプシャー工科大学の副学長に話をしていたのを思い出した。ダニエル・ウェブスター大学の体育部長は、ニューハンプシャー大学の元バスケットボールコーチ/フィル・ロー氏だ。彼がNCAA・DIバスケットチームの監督の時、森下雄一郎を入部させようとしてずいぶん時間を費やした。彼は今回、その義理に応えてくれたのだ。
アメリカも人脈とアイデアが物を言う実力社会だ。浜松大学バスケットボール部もそろそろアメリカにその力を認められた始めた。
喜ばしいかぎりだ。1991年から始まったHISAの架け橋大学事業。このレインボーブリッジを今後も又、たくさんの若者が「挑戦チャレンジ」の夢を膨らませて渡っていった。
これからも浜大バスケットボール部・ランブラーズの子羊が、思う存分、アメリカン・ドリームに暴れまわることを期待している。
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