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2008年11月17日

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ハーパーズフェリーの戦い 各論

『Battle of Harpers Ferry』
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是非保存しておきたい記事が多数残っております。
今は枯れ木となりつつある山々でありますが、数週間前訪れた山々は丁度紅葉が深まる頃でありました。
BB先生・A先生ファミリーと訪れた『Harpers Ferry』は、本当に素晴らしい場所でありました。

Harpers Ferry総論はこちら

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南北戦争 背景

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1800年代
アメリカ合衆国の南部と北部との経済・社会・政治的な相違は拡大する。

南部では農業中心のプランテーション経済が盛んで特に綿花をヨーロッパに輸出していた。
プランテーション経済は黒人労働奴隷により支えられていた。

そして、農園所有者が実質的に南部を支配していた。
南部の綿花栽培の急速な発展は、英国綿工業の発展に伴って増大した綿花需要に負うもので、英国を中心とした自由貿易圏に属することが南部の利益だったため、南部は自由貿易を望んでいた。

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一方北部では米英戦争(1812〜14年)による英国工業製品の途絶でかえって急速な工業化が進展しており、新たな流動的労働力を必要とし奴隷制とは相容れなかった。
また、欧州製の工業製品よりも競争力を優位に保つために保護貿易が求められていた。

その結果、奴隷制に対する態度と貿易に対する態度の両方で意見を異にしていた北部の自由州と南部の奴隷州の対立が一層激化する。

しかもこの対立はアメリカ合衆国が思わぬ方法でその領土を拡張してしまった事からより深刻になってしまう。

それは財政難に陥ったフランス(ナポレオン1世)からルイジアナテリトリーを購入した事とメキシコから「独立」したテキサスとカルフォニアをアメリカ合衆国に加えた事によって、今までなんとか上院で保たれていた自由州派(北部)と奴隷州派(南部)の均衡が破られる事となってしまったのである。

そこで、カリフォルニア州を自由州として、ニューメキシコ、ユタについては州に昇格する際に住民自らが奴隷州か自由州かを決定すること(人民主権)となった。

この協定によって、南部は奴隷州が少数派となること(すなわち上院議員の数が自由州側の方が多くなる)に危機感を抱く。
開戦の時点で北部の人口は約2千2百万、南部の人口は約9百万だったとされている。しかも南部のこの人口は約4百万もいた奴隷の人口を含めての数字である。

アメリカ連合国 (Confederate States of America;南部連合)

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奴隷制存続を主張するアメリカ南部諸州のうち11州(ピンク)が合衆国を脱退、アメリカ連合国を結成し、合衆国にとどまった北部(23州)(ブルー)との間で戦争となった。

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アメリカ連合国 (Confederate States of America、CSA、また、南部連合、南部連盟、南部同盟、 アメリカ南部連邦) は、アメリカ合衆国からの分離独立を宣言した南部諸州が構成した国。
1861年から4年間存在したが、南北戦争の敗北により消滅した。

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The United States ; Union軍(北軍)

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南部の奴隷州が脱退した後のアメリカ合衆国の軍隊(陸軍・海軍)を、引き続きアメリカ合衆国にとどまった諸州

アメリカ連合国に対して北に位置したため、日本では北軍といい、アメリカ連合国に対峙した当時のアメリカ合衆国の代名詞としても使われている。

アメリカ史では北軍・南軍という用語の代わりに、この時代のアメリカ合衆国を特にユニオン(Union)、その軍隊をユニオン軍という。(かつて日本ではアメリカ連合国を南部連盟と呼び習わしていたが、連合国と連盟の原語はどちらも「Confederacy/Confederation」であり、「Union」の日本語は通常「連合」であることから、混乱を避けるため、北軍を言い換える際には「連合軍」という訳語を用いず「ユニオン軍」とする。)

なお英語の civil war は「内戦」を意味する語だが、アメリカでは独立後に内戦があったのはこの時だけなので、通常はこれに定冠詞をつけ大文字にして The Civil War と表記する。アメリカ以外の国では自国の内戦と区別するため国名を冠して American Civil War と表記する。


南北戦争・開戦

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1860年11月の大統領選挙では奴隷制が争点のひとつになり、奴隷制の拡大に反対していた共和党のエイブラハム・リンカーンが当選する。

この時点では、奴隷は個人の私有財産であったこともあり、リンカーン自身は奴隷制廃止を宣言していなかったが、南部では大きな不安が広がった。

1860年12月にはサウスカロライナ州が早くも連邦からの脱退を宣言。

1861年
2月までにミシシッピ州、フロリダ州、アラバマ州、ジョージア州、ルイジアナ州、テキサス州も連邦からの脱退を宣言。

2月4日
7州で参加したアメリカ連合国(Confederate States of America;南部連合)を設立。
ジェファーソン・デイヴィスが暫定大統領に指名された。

3月4日
リンカーンが大統領に就任。

4月12日
南軍が連邦のサムター要塞を砲撃して戦端が開かれた(サムター要塞の戦い)。

5月までにバージニア州、アーカンソー州、テネシー州、ノースカロライナ州が連合国に合流。
ただし奴隷州でもデラウェア州、ケンタッキー州、メリーランド州、ミズーリ州、それにバージニア州の西部(後にバージニア州から「独立」してウェストバージニア州となる。Farpers Ferryはウェストバージニア州である。)は合衆国に残った。

4月19日
リンカーン大統領が南部海岸線の海上封鎖を宣言。
この封鎖は大西洋岸からメキシコ湾岸まで徐々に広がり、南部経済を締め付けていった。

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Harpers Ferryの戦い 1862年9月12日から9月15日

ハーパーズ・フェリーの戦い(英:Battle of Harpers Ferry)
は、南北戦争のメリーランド方面作戦の一部として1862年9月12日から9月15日にかけて行われた戦いである。

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ハーパーズ・フェリーはポトマック川とシェナンドー川が合流する地点にある小さな町であり、昔からアメリカ陸軍の弾薬庫と(ジョージ・ワシントン大統領が設立した)、ボルチモア・アンド・オハイオ鉄道でポトマック川を渡るための重要な橋があった。

この町はあらゆる面が高い丘に見下ろされており、事実上防御には不向きだった。
西方は、徐々に標高が上がって約1.5マイル先の標高668フィート (204 m)の高原、ボリバー高地に繋がり、それがポトマック川からシェナンドー川まで拡がっていた。

南方のシェナンドー川の向こうにはラウダン高地が1,180フィート (360 m)の高さから見下ろしていた。また北東のポトマック川の向こうは、エルク尾根の最南端にあたり、標高1,476フィート (450 m)のメリーランド高地の尾根になっていた。ある北軍兵士は、これら3つの高地を保持できなければ、ハーパーズ・フェリーは「井戸の底よりも防御できない」と記していた。

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リー将軍は、ハーパーズ・フェリーの北軍武器庫守備隊がまだ撤退していないことを知り、これを包囲して捕獲し、それによって自軍の供給線に対する脅威を取り去る決断をした。

自軍を4隊に分け、そのうち3隊をジャクソンの指揮下に付けてハーパーズ・フェリーに集中させた。
9月15日、北軍の指揮官ディクソン・S・マイルズ大佐によってまだ適度に防御が施されていなかったハーパーズ・フェリーに対し、南軍の大砲が町を見下ろす高台に据えられた。

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南軍は全面から守備隊に砲撃を掛け、マイルズが12,000名以上の守備兵と共に降伏したときは歩兵による攻撃の準備をしていた。

マイルズは最後の集中砲火によって致命傷を負う。
ジャクソンはハーパーズ・フェリーを確保し、続いてその部隊の大半を連れてシャープスバーグにいるリーの元に向かった。町の占領を完全にするためにA・P・ヒル少将の師団が残った。
(Wikipediaなどを参考にさせていただきました。)

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2008年11月米国史上初の黒人の大統領が選出される。

たった150年足らず前のこと、ワシントンDCから車で1時間のこの場所で、『南北戦争』の激しい戦闘が繰り広げられました。

たった150年足らず前のことでありました。

では、みなさま
今週も素晴らしい1週間を。

ごきげんよう。

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