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南九州まで梅雨入りしたニュースを聞いた後、天の配剤か前線は南に下がったまま海の上。梅雨の晴れ間と紛(まが)うような一週間に恵まれた。お陰でリハビリ散歩も順調、海の見える私の定番公園コースも、初夏の色んな表情を楽しめた。ここからは対岸の宮島まで約1里(古いなぁ)、夏特有の青から藍色に煙っているが、大鳥居の朱色はよく判る。
宮島は貝拾いなり大鳥居 みやじまはかいひろいなりおおとりい
藍の紗の透けておぼろに朱鳥居 あいのしゃのすけておぼろにあけとりい
厳島神社の手前の山手に、豊臣秀吉が造営したと伝えられる、千畳閣(実際に畳を敷けば857畳とか)という広い伽藍の大甍(いらか)も見える。子供たちが幼いときには、その板敷の大広間を走り回ってはしゃいでいたのが昨日のようだ。
涼風の千畳閣を吹き渡り りょうふうのせんじょうかくをふきわたり
瀬戸の海はあくまで穏やかで、白い波頭の見えることは無い。これから盛夏に向けては所謂「瀬戸の夕凪(なぎ)」といって、風の無い熱い午後、夕方が続く。しかし、まだ初夏の海は爽やかな風が吹き抜ける。そう言えば青春の名作、若杉慧の「エデンの海」の舞台は、この海の続き遥か東の忠海(竹原市)だが、この季節にはレモンのような爽やかな読後感のみ思い出される。そうそう、若き山口百恵の映画も懐かしい。
初夏の海金波銀波の二三閃 しょかのうみきんぱぎんぱのにさんせん
紫の島影ゆらめきヨット出ず むらさきのとうえいゆらめきよっといず
藍の紗の海が煌き風涼し あいのしゃのうみがきらめきかぜすずし
目を海から自分のいる公園に転じると、緑鮮やかなもみじの葉、ホバリングする蜂に似た虻、いと面白。名前の前者は枝に掛けてある説明の札で、後者はネットで知ったが…。
もみじ葉の緑名づけていろはと言う もみじばのみどりなづけていろはという
花虻は吾に戯れ急旋回 はなあぶはわれにたわむれきゅうせんかい
やれ疲れた。気取ったタイトルにしたばかりに、汗駄句駄句で肩は凝る。その上宮島から忠海まで海上空想散歩、足もクタクタだ。家に帰れば、後の楽しみは季節に関わらず食べる事だ。どうせなら旬を味わい、飲ん兵衛としてはいささか物足りないが、日本酒でも、麦酒でもなく、麦の焼酎健康夏好み、アァ喉が鳴る。まあ、取りあえずはお茶を一杯先に飲もう。
空茶にてよしとりあえず喉湿す からちゃにてよしとりあえずのどしめす
厨房にオクラ冬瓜夏は来ぬ ちゅうぼうにおくらとうがんなつはきぬ
焼酎に氷と水と柚を割る しょうちゅうにこおりとみずとゆずをわる
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宮島を臨む公園が定番のお散歩ーコースとは、贅沢ですわね。それにしても、ちょっとのお散歩の合間にこれだけの作句をなさるとは、お見事。涼風の千畳閣を吹き渡り・・・素敵です。
2006/6/4(日) 午前 11:24
イエイエ、とんでも8分、歩いて16分(古いなぁ)!の誤解ですよ、金目鯛さん。告白すると、1週間くらいの間のを集約しただけです。その間例の携帯俳句ノートは結構役に立ってくれました。自分の駄句を褒めて頂き嬉しいです。ありがとうございま〜す。
2006/6/4(日) 午後 0:10
波平さんは、広島にお住まいですか、それも厳島神社が朝夕に見える辺りとは、結構な処ですね〜、1950年ごろ、広島の市内をよく歩きました。ようやく廃墟から復興する広島でした、駅前には、まだバラックの闇市が並んでいました。私にとっては、青春期の特に濃密な時期の一年間、懐かしい思い出の街でもあります。波平さんの「ひろしま物語」(自分で勝手に名付けてゴメンナサイ)これからも読ませて下さい。
2006/6/4(日) 午後 3:13
楓秋さん、広島はそうだったのですか?それは特に懐かしいでしょうね。私の「ひろしま物語」ですか〜?西条の日本酒、大野町にはサントリーの工場、現在はありませんが府中町には麒麟麦酒の工場ありと、私の場合は「ひろしま酒物語」になりそうですので…。
2006/6/4(日) 午後 3:41
きっと素敵な所でしょうね、紅葉谷へは数年前に行きました。広島市内へは、お好み焼きを食べに行ったり、カープの応援に行ったりしましたよ。
2006/6/4(日) 午後 4:30
「広島が勝った日の新聞」が好きと仰るなにわさん、有難うございます。広島県民を代表して?お礼申し上げます。では阪神(タイガースだけではなく)地方の方に「エール」を。村上ファンドに負けるな〜!!(良かったデスか?)
2006/6/4(日) 午後 5:33
宮島の近くにお住まいなんですね。是非、行きたいと思っている所です。俳句で宮島を楽しませてもらいますね。お気に入りにポチッとします。
2006/6/4(日) 午後 9:20
初めまして。俳句もサッカーも幅広いですね。いよいよ近づいてきましたが、日本どうでしょうか?
2006/6/4(日) 午後 10:07
>涼風の千畳閣を吹き渡り 姿のすっきりとした爽快な句ですね!悔しいが傑作ポチ(笑) そう言えば、もう長いこと、もみじ饅頭食べていないなぁ(爆)
2006/6/6(火) 午前 0:38
昨日は梅雨を忘れたような青空の中、またT作業所に行ってキャッチボールしてきました!! このまま夏になって欲しいんですが… (子供時代の「長崎大水害」のトラウマもあり、梅雨は大嫌いです)
2006/6/6(火) 午前 1:07
誠に爽快な誉め言葉を頂き、有難うございます。でも、るしゃなさん、それってポチともみじ饅頭のバーターと言うことですか?ムフフフフ!お主も♡じゃのう!
2006/6/6(火) 午前 7:53
そうでした。長崎大水害ありましたね、たかびごんさん。大丈夫でしたか?このまま夏に!と思いますが、美味い米が穫れないのも困りますよね。
2006/6/6(火) 午前 8:02
1950年の夏、広島県自動車学校へ通って、免許を取得しました。当時は確か、「大芝公園?」の近くに、その学校がありまして、木炭自動車(ご存知ないかも)で、練習をしました。生徒数は20人ほどだったと思いますが珍しく女性の方も一人通っていました。朝鮮戦争の影響で景気が上向きの現象が見えた頃でしたよ。東洋工業(マツダ)は、三輪自動車を製造する小さな工場だったけれど、見学した記憶もあります。
2006/6/6(火) 午前 9:45
1950年といえば私がまだ3歳、可愛い可愛い?赤ん坊でした。楓秋さんはいろいろよく覚えていらっしゃいますね。木炭自動車は朧に記憶が。三輪自動車はなんと言ってもマツダでした。
2006/6/6(火) 午前 10:52