リハビリスト 波平の日記

男も女も、大人も若者も、涙と笑いに包みたい。健康な人も、そうでない人も…クスん、クスッ!

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芍薬満開

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1週間前莟だった芍薬(ブログの写真を比較して下さい)をたった今撮ってきました。花の持っている生命力の豊穣、1週間という時の流れの早さを感じますね。



【汗駄句駄句】


ゴロゴロと路面電車の街薄暑


昼酒に足を取らるる薄暑かな



泣きべそを子はすぐ忘れ豆御飯


日曜の笑顔そろへて豆御飯


御代はりの声次々と豆御飯



さざ波もうねりもありて麦の秋


母の字のあれば苺のなつかしき


鄙なれど鄙に無き色桐の花


愛も死も富も名誉も桐の花


女生徒の膝に小僧や更衣


香水らなべて持ちをり危ふき名




本来無粋の極みと言われるかも知れませんが上の駄句のうち、一読意味不明と思われる「愛も死も」の自句自解を(笑)。

桐というのは不思議な植物で、一番有名なのは桐箪笥かも知れません。軽くて虫を寄せ付けず、しかも成長が早い。だから女の子が生れると桐の木を植えて嫁入り道具の箪笥の材料にしたのだとか。

それに桐は昔から高貴なものとされていて、皇室の紋にも使われています。足利幕府以降天皇に代わって政務を執るものに天皇家から下賜されて、豊臣家も現代の内閣も桐を紋章として使っています。

それだけに止まりません。かの源氏物語の出だし「いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき 際にはあらぬがすぐれてときめきたまふありけり…」はご存知「桐壺」の帖。これは言うまでも無く光源氏の母の名であると同時に、その桐壺を愛した父の嵯峨天皇も桐壺帝と言われています。桐壺更衣は光源氏が3歳の頃に亡くなりますがそれだけではちと弱い。舞台はいきなり明治・大正の世に飛びます。

近代の詩人・歌人・童謡作家として有名な北原白秋に「桐の花」という歌集があるそうですが、「桐の花事件」という当時の大スキャンダルがあったのだとか。白秋は隣家の人妻と恋に落ちますが、当時はまだ「姦通罪」があった時代。彼らはその夫に訴えられて監獄に入れられます。その後出獄した二人は結婚しますが、後に離婚…。

実は先日の雨の夜、風呂に入って何気なく白秋の「城ヶ島の雨」の一節が浮かんだのですが、声は出ないは、歌詞は忘れるはで、その中の「利休鼠」を調べるために色々検索していて、ふと浮かんだ俳句でした(笑)。


因みに、「利休鼠」は「りきゅうねず」と読み、その部分のフォントに使った色。#888e7eです。

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薔薇繚乱

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同じ市内、とは言ってもかなり標高のある佐伯町のバラ園に行ってきました。広大な敷地にバラの庭園、その奥に大きい温室が数基あります。温室によっては入室禁止のところがありますが、基本的には見学自由、勿論無料です。

経営されている農家の方に寄れば、今年は若干花期が遅れていて(唯でさえ山間部なので)見頃は六月になってからとのことでした。それでも温室周囲には甘いバラの香りが溢れていました。

花音痴の私はバラの名前、品種などまったく門外漢ですが、それでも素人ながら珍しいバラ、美しいバラに心を癒すひと時でした。

ということでいつものダラダラ長い文章ではなく、写真をご堪能下さい♪

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目には青葉山ほととぎす初鰹

「花火と時雨(季題十二か月)」(大堀柊花)という図書館で借りてきた本を読んでいたら、五月の季題に初鰹が載っていた。以下その本が引いている江戸時代の「栞草」という本の孫引きです。

「松魚性平にして味甘く、毒なし、肉肥色赤くして鮮明なる事、松の節のごとし、故に松魚とす。相州鎌倉或は小田原の辺にこれを釣りて江府に送る。その早く出るものを初鰹と称し賞味す」

西日本に住む現代の我々からすれば漫画の影響もあって、カツオといえば「土佐の一本釣り」という感じだが、江戸の昔に「女房を質に入れても」と称揚された初鰹を水揚げして、江戸っ子が新鮮なうちに食すのは現在の湘南あたりが流通の限度だったのだろう。

この山口素堂の有名な句は、丁度今頃の季節を詠んだ句としても有名だが、同時に入門書等では俳句に普通禁忌とされている季重なり、三段切れの例外として取り上げられる。つまり視覚には沁みるような青葉の色、聴覚には昔から珍重されるホトトギス(その理由がよくわからない)の声、そして味覚からすれば脂の乗った初鰹(これを食わなくっちゃ江戸っ子の名折れだ)、これが五月ってえ気持ちの良い月じゃあねえか、とでもいうべき心意気なのだろう。

ではこの俳句の季題は何かというと、「青葉」でも「ほととぎす」でもなく、「初鰹」なのだ。何故かって? 理論的にそれを説明するのは私の任ではないから答の代わりにやはり江戸川柳を、「目と耳はいいが口には銭がいり」(笑)。

それはともかく、「カツオ」という魚はなかなか面白い。第一に私波平の長男の名でもあるし…と言うのは全くの冗談であるが、その歴史は意外と古い。神社の本殿の屋根にある水平な木の装飾「鰹木=カツオギ」はその形態がカツオ節に似ているからだという。

そのカツオ節も当然歴史は古い。日本人の伝統の出汁(ダシ)は現在一般的に昆布・イリコ・オカカの三種類をベースとする。三つとも海産物であるのは如何にも海洋国家日本だと思うが、以上の三種の中発酵による旨みを加えるのが鰹節だ。因みにオカカというのは女房言葉だというから、平安時代から鰹節の旨みは知られていたということになる。足の早いカツオを鰹節にしてその旨みを固体にして利用するというのはいかにも日本人の知恵だと思う。

何事にも流行はあるもので、魚にもハヤリ・スタリがある。現在は鮨屋の花形はなんといってもマグロだろう。しかしマグロもつい明治時代、いや先の戦争までは下魚とされてきたようだ。鰹も江戸時代には掲句のようにもてはやされていたが、「徒然草」によれば「此の魚、おのれら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出ずること侍らざりき……」と鎌倉時代には下魚扱いをされていたのだとか。

現在マグロと比べれば人気では一寸押されているようだが、その足の速さをカバーするためにその食べ方は多彩でマグロの比ではない。タタキはカツオ独特のものだろうし、醤油に添える薬味も山葵以外に生姜、ニンニク、それに新タマネギのスライスも行ける。

食味以外にもカツオは中々粋だ。映画やテレビでしか知らないが一本釣りで次々釣り上げられるカツオたちは、縞の背広を着たようにお洒落でしかも脂がのって銀青色に光っている。ああ、この辺の魚屋さんに初鰹が届くのは何時ごろだろうか。

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立てば芍薬 座れば牡丹…

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今朝の『NHK俳句』のお題は「牡丹」だった。生憎我が狭庭には牡丹などと言った豪奢な花はない。しかし数日前に家内が芍薬の鉢を買ってきたので、写真だけでもせめて牡丹の替わりに…(笑)。

昔から「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」と言われる。無論美人の例えだ。この「立てば云々」の成句は我が日本の江戸時代に出来たものらしいが、百合の花はともかく、牡丹も芍薬も原産は中国らしい。

牡丹が花の王様「花王」と言われるのに対して、芍薬は花の宰相「花相」と呼ばれる。では美人に例えられるのだからそれぞれ誰が相応しいのだろうか。牡丹は多分豊満な美人であった楊貴妃だと思う。調べたら果たして李白に「清平調詩」という楊貴妃を称えた三部作があるようだ。そういえば今朝のNHKの番組にも「落日は長安の果て白牡丹」という入選句があった。

一方芍薬の方に相応しい美人は誰か。中国のそれも数千年前の美人など知る由も無いが、いつも楊貴妃に対比されることの多い西施はどうだろう。西施とくれば日本では「合歓の花」だが「立てば芍薬」の措辞はほっそりした美人に良く似合う。こちらも調べたら芍薬に「西施粉」という薄紫の品種があるのだという。

ところで歳時記によれば牡丹も芍薬も同じ「ボタン科・ボタン族」ということらしいが、ビックリしたことに前者は「木」後者は「草」なのだそうである。花音痴克服の道は長い…。



写真の芍薬はまだ莟です。西施のような綺麗な花が咲いて欲しいですが…(笑)。



【汗駄句駄句】



大輪の牡丹尺余の揺るがざる


牡丹園遥かに阿蘇を望みつつ


母の日の朝の厨に母が立つ


おもむろに白湯を冷まして新茶かな


庭日傘少しく色を失ひぬ


母校へと指月山より青嵐


短夜や二階に妻の起きる音


明易や駅に人々用持ちて


墨滴の乾く半紙や風薫る

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プラタナス

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写真はネットよりお借りしました



珍しく昨日の日経1面コラム『春秋』からその出だしだけを借ります。

20120517 『春秋』

都市の街路樹で、世界で最も多いのがプラタナスだそうだ。少しくらい土の栄養が足りなくても、空気が悪くても、しっかり伸びて大きな木に育つ。人と時間を共有する身近な存在だからだろうか。どちらかといえば無個性な木なのに、小説や歌に登場することが多い。

和名はスズカケノキ。「涙とめどなくあふれくる、ひとりすずかけの並木道。君と幸福になると信じてた」。サザンオールスターズの「別離(わかれ)」で、男がとぼとぼ歩く。「沢山(たくさん)の豆電燈がついて、ほんとうにそこらは人魚の都のように見えるのでした」。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」では、この木が祭りの夜の背景となる。(以下略)



生憎サザンのその歌詞は全く知らず、銀河鉄道のスズカケノキも記憶は朧の彼方です。ただこの「小説や歌に登場することが多い」というところが引っかかって試みにウィキペディアで調べてみました。

すると流石というか前述のサザンも賢治も載っていました。他にもはしだのりひことシューベルトの「風」、松任谷由美の数曲、他にも私の全く知らない歌多数。その中で皆様や私らにお馴染みといえば佐伯孝雄作詩、灰田由紀彦作曲、灰田勝彦歌の「鈴懸の径」でしょうか。

いかに植物音痴の私でも、あの枝からボンボンのように垂れる真ん丸い実が「鈴」であろうと想像できますが、鈴懸というのは山伏の装束についている大きな丸い房の事を言うのだとか。山伏云々というといかにも古臭いのですが、街路樹としての名前は「プラタナス」。

この「プラタナス」という言葉は非常に涼やかな語感をもたらします。加えてこの季節、青々とした葉を茂らせ初夏の強い陽射をさえぎってくれます。このプラタナスの花は知りませんが、花言葉は「天稟(てんぴん)・天才・非凡」という如何にも青春、若さ、未来を象徴する言葉とのことです。

老人趣味との偏見の付きまとう俳句ですが、そうではない、俳句は人生のあらゆる断片を切り取って、閉じ込めることの出来る文芸なのだと言う証左です。作者がこれを詠んだのは24歳とのことです。



プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ     石田波郷(句集「鶴」)

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