リハビリスト 波平の日記

男も女も、大人も若者も、涙と笑いに包みたい。健康な人も、そうでない人も…クスん、クスッ!

秀句探訪

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三の酉

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毎朝ネット散歩で必ず訪れる『清水哲夫「新・増殖する俳句歳時記」』というサイトを開いたら、今日は三の酉だと書いてある。酉(とり)の日は干支の順番に十二日ごとに廻ってくるから、その年によって二の酉までしかない月と、三の酉まである月がある。三の酉まである年は火事が多いという言い伝えがあって、縁起物の熊手にも火の用心のシールが貼られたりする、

尤も大鳥(鳳)神社は関東に多いので、西日本の人にはあまり馴染みがない。私も若い頃東京に出て、はじめてそういうことを知った。そのなかでも浅草の鷲神社が一番有名らしいが、私がチラッと見た記憶にあるのは、新宿の花園神社のそれだったろうか。


たまたまこのブログの直前と同じになってしまうが、久保田万太郎の俳句に「たかだかとあはれは三の酉の月」がある。歳時記にも必ず出ている有名句だ。私もブログで万太郎の事を何度か書いていて、この俳句はその短編『三の酉』の最後に置かれていると書いた記憶がある。

20080506 久保田万太郎 傘雨忌
http://blogs.yahoo.co.jp/rehabilist/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%B5%D7%CA%DD%C5%C4%CB%FC%C2%C0%CF%BA&sk=0


それなのに、その俳句の「あはれは」の部分の意味が理解できないので、改めて本棚から文学全集の「久保田万太郎」を取り出して、その掌編を走り読みしてみた。万太郎はご承知のように、東京は浅草の生まれ。物語は主人公と吉原うまれの幼馴染?の「おさわ」という女性の会話だけで進行する。

関東大震災の際の大火事で焼け出されて運命が転変とする「おさわ」は、戦後も上州の田舎に疎開していながら、毎年の「酉の市」だけは態々(わざわざ)上京してお参りをする。浅草っ子としては一番なつかしい思い出が詰まっているのだろう。

もう既に四十歳を超えている「おさわ」との会話だけだが、ここに全部採録する訳にも行かない。その代り全部で11頁の短編の最終第六章はわずか6行で終わる。しかしこの6行で「あはれは」の意味がおぼろげにわかる。





…おさわは、しかし、その年の酉の市の来るのをまたずに死んだ。…二三年前のはなしである。

 たかだかとあはれは三の酉の月

というぼくの句に、おさわへのぼくの思慕のかげがさしているという人があっても、ぼくは、決して、それを否まないだろう…




写真はネットよりお借りしました。

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梅雨ふかし

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勉強の意味も兼ねて、新しい書庫『秀句探訪』を作った。好きな句を改めて自分の言葉で鑑賞してみようという試みだ。とは言っても俳句六年目の若輩にまともな鑑賞など出来ようも無い。あちこちの入門書、あるいはネットに散在する先達の方々の鑑賞を大いに参考とさせていただくので、大目に見て下さい。

梅雨ふかし猪口にうきたる泡一つ       久保田万太郎


記念すべき書庫第1号に登場していただくのは久保田万太郎。私自身の好みだが、古今に俳句の上手は沢山あれど、酒を市井の哀歓の小道具に使ってこの人の右に出る人はいないだろう。俳句詠み、酒飲みの末座に連なる者としてはまことに名誉なことだ(笑)。

さて掲句。梅雨に入って長い。四十日を超す梅雨の間には晴れ間もあるが、二、三日降り込められている。猪口をじっと見るというのは二人、三人の酒ではないだろう、独酌だ。あるいは小料理屋、居酒屋のカウンターか。

猪口だからもちろん夏の冷酒ではない。まさか熱燗ではないから温め酒というところかも知れない。今と違って酒を飲むといえばイコール日本酒の時代だ(当時焼酎は下賎の酒とみなされていた)。

雨のそぼふる梅雨寒の夜、一人で呑んでいたら猪口に泡が一つ浮いてきた。俳句の中身はただそれだけ。しかし言いようも無い寂寥感が滲む。孤独感を引き出すのは下五の「泡一つ」かもしれない。泡は「泡沫(うたかた)」儚いものの最たるものだ。

もちろん俳句を少しかじっていれば万太郎の生涯について若干の知識はある。小説家、劇作家として功なり名もとげて文化勲章までもらいながら、私生活は恵まれなかった(有体に言えば万太郎は女にだらしなかった)。最初の妻は自分の浮気が原因で自殺せしめたし、二番目の若い妻とはそりが合わず、その間にも女の影は常につきまとった。ようやく三隅一子という芸者上がりの尽くす女性を得たが、十四歳年下の彼女にも先立たれる。彼の晩年はいわゆる孤独地獄に近かったのではないか。文壇での交友関係も芥川との交流など有名だが、どちらかと言えば付き合い下手、あちこちでトラブルを起こし、必ずしも付き合いやすい尊敬すべき人とは言いがたい。

俳句はあくまで余技と言い続けてきたようだが、彼の小説や戯曲には絶版になったものも多い。一方余技の俳句を愛する人は圧倒的に多い。もちろん私もその一人。小澤實著の『万太郎の一句』(ふらんす堂)は常に枕辺にある。

なんでも流行のあるのは俳句に限らないし、「客観写生」や「花鳥諷詠」「人間探求」、俳句の流儀はさまざまだけれど、この一見無内容でしかもじわっと内面が滲んでくる万太郎俳句も所謂「俳句らしい俳句」と言えるのではないだろうか。

「傘雨」という彼の俳号の由来は知らないが、何を詠んでもどこか寂しい、雨の似合う作家であることは確かだ。折りしも私の部屋の窓からは雨しか見えず雨しか聞こえない。まさに「梅雨ふかし」だ。




*ご参考
20080506 「久保田万太郎 傘雨忌」
http://blogs.yahoo.co.jp/rehabilist/MYBLOG/yblog.html?fid=0&m=lc&sk=0&sv=%B5%D7%CA%DD%C5%C4%CB%FC%C2%C0%CF%BA

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