リハビリスト 波平の日記

男も女も、大人も若者も、涙と笑いに包みたい。健康な人も、そうでない人も…クスん、クスッ!

アンチ・ストレス

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全28ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

口だけ番長

広島県民でありながら、何年か前まで「カープファン」ではなく「表ジャイアンツファン」を標榜して憚らなかった名残で、未だ購読紙は地元の「中国新聞」ではなく「読売新聞」だ。その今朝の一面「編集手帳」は民主党の前原氏の例の騒ぎ(記者会見に産経一社を排除)を皮肉って、そのコラムの最後を「◆前原氏は党代表選のたびに名前の挙がる有力な“船長候補”である。打たれ強さを学んでもいい頃合いだろう。幸か不幸か、うってつけの先生役が閣内にいないわけでもなし…。」と結んだ。

その一件の背景や当の産経新聞の反論も読みたいと思ったので、ネット版の産経「産経抄」を読んでみた。

(承前略)
▼彼のみならず民主党には、他者の批判を極端に嫌う党風がある。野田佳彦首相はたまにしかやらぬ会見以外では、記者の質問には一切答えず、小沢一郎、菅直人の両元代表は、気に入ったメディアしかインタビューに応じない。
 ▼橋下徹大阪市長のように相手を言い負かす自信がないからだろうが、前原氏の言い分も書かなくてはフェアではあるまい。会見に出られなかったので他紙を引用すると、「事実と異なることを人をおとしめるために書き続けるのはペンの暴力だ」と言ったという。
 ▼事実と異なるのなら、新党日本の田中康夫代表が命名した「口先番長」を拝借した小欄も謝らねばと、記事を読み返したが、どの部分が事実に基づかないのか、さっぱりわからない。国土交通相就任時に宣言した八ツ場(やんば)ダム建設中止か。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件での豹変(ひょうへん)ぶりか。まさかとは思うが、在日外国人からの献金か。
 ▼京大法学部から松下政経塾を出てすぐ政治家になった彼には世間知がなさ過ぎる。天下を狙うのなら一度、国会議員をやめ、南京事件の発言で中国から嫌がらせを受けてもぶれない名古屋市長の下で修行し直すことを強くお勧めしたい。


産経新聞には一部偏向が過ぎて辟易する事もあるが、この件に関してはこのコラム氏の言う方に分があると思う。唯最後の「南京事件についての市長発言」についてはその後「外交的非礼を詫びて謝罪の可能性」もあるとの報道もある。

それも世間知と言う物だろうが、最近の民主党の政治家には世間知どころか世の中の常識さえ備えていない人のなんと多いことか。例の「鳩ポッポ」首相からして呆れるほどの非常識ぶりだったし、「法相ほど楽なポストは無い」と言ってのけた法相、それについ最近の国民がハラハラしてその発言を聞かねばならぬ防衛相…。

いやいや、そんな小者ではなく、政界の大立者も非常識ではヒケをとらない。政党をぶっ壊しては新しい政党を作り、その度に政党助成金なるカネを我がモノにする錬金術(天下国家を論じていればそうなるらしい…)の達人。不幸にも大震災発生時に首相だった人の北朝鮮親密政治団体への高額献金もいつの間にかウヤムヤだ。こういう非常識を非常識のママ一向に手を触れぬ大マスコミも不可解な存在だ。

長年ジャイアンツファンを続けながら、四、五年前からカープファンに日和った私には「信念」というものが無いのは自分でも承知しているが、政治家やマスコミに「世間知」だけが蔓延(はびこ)るのもどうかと思う…

閉じる コメント(2)

閉じる トラックバック(0)

美しい英語

今日はイチャモンである。「いちゃもん」とは大辞泉によると「言いがかり。難癖。文句」とある。「言いがかり」とは「口実を作って、難癖をつけること」。要するに893のやりくち、この頃の流行で言えば「モンスターペアレント」等のやり口なので、まともな方ばかりのこのブログの読者は、まともに相手にしない方が良いと思う。

ウダウダとした前置きはこれくらいにして、今日のイチャモンは話題の「モバゲー」である。別にあの会社がどうのこうの、と言っているのではない。今日の日経の《春秋》が書いているように、あの球団の経営主体は捕鯨で有名な水産会社から、映画会社と共同の時代を経て今年までの放送会社に移った。テレビの斜陽に伴い新しくネットが時代の寵児になった。「モバゲー」は楽天に続いてのネット関連である。要するに会社の栄枯盛衰は常に転変するという事だ。

その会社の事業内容が「イチャモン」の対象ではない。ゲームは面白いし本来子供はゲームが好きだ。大人だってゲームには夢中になる。不惑をとうに過ぎた四国のティッシュの王子様は、ラスベガスのゲームの虜になってあたら百億円を水の泡と帰した。そこまで行かなくとも競馬・競輪しかり、株式市場だってスリルとサスペンスに富んだゲームには間違いない。

私の悪癖の長い前置きはこの辺にして、本題に入ろう。私のイチャモンは「モバゲー」という名前なのだ。これは多分「mobile(モバイル)」と「game(ゲーム)」の略だと思う。「モバイル」も「ゲーム」もれっきとした英語だから、その一つ一つには全く問題は無い。「モバイル」など英単語の響としてはむしろ美しい方だと思う。

しかしこの二つの単語をくっつけて「モバゲー」になると、私としては首を傾げざるを得ない。とくに最後の方が「…ゲー」となるのはいただけない。どうも酒を飲みすぎて胃がムカついた挙句に「ゲー」となるのを連想してしまう(笑)。

昔、高校時代に「岩田一男の英単語記憶術」とか言う本があった。確かそこに書いてあった(記憶違いかもしれません)と思うが、英語の中で最も美しい単語は何かと言う話題があった。答えは「pavement(舗道)」と記憶している。また同じ本(これも記憶違いかも)に「英語は犬と話す言葉、フランス語は恋人と話す言葉、スペイン語は神と話す言葉」というのがあって、私はそれを信じてスペイン語を第二外国語に取った(神は愚か、犬とも話せず、今となってはスペイン語の片言隻句も思い出せない…この罰当たりめ…笑)。


冗談はさて置き、日本語が美しい言葉であると信じている私は、日本語がその辺で「ゲーコゲコ」鳴くカエルと話す言葉になってはたまらないと思っている。まあ俳句では蛙が水に飛び込むだけで世界に冠たる短詩と言う評判を得ているのだから、カエルだって「モバゲー」と言う語の響きよりは美しく鳴くのだとカエルから抗議が来るかもしれない。

こんなイチャモンを付けたい日本語ファンはいらっしゃらないだろうか? いや、それよりも「モバゲー」ファンによって私のブログが炎上するかも知れないのでそちらの心配をするほうが先か? ファンの皆様、英語を話す皆様、及びカエル君、他意はありませんのでどうぞ許して下さい。

閉じる コメント(6)

閉じる トラックバック(0)

巧言令色鮮なし仁(こうげんれいしょくすくなしじん)

若い頃の友人にこの言葉を大好きな奴がいた。酒を飲んで調子が乗ってくると、音吐朗々とこの言葉を吐く。「おい○○(私の苗字である)、お前は巧言令色を好みすぎる。ロクなもんじゃあ無い。そんな口先だけ上手い人間は信用できんのじゃ。人間はすべからく『剛毅木訥仁に近し』でないといかん」と、彼の出身である出雲弁でお説教を食らう。もちろん同じ釜の飯を食う気のおけない付き合いだから、こちらもいい加減に聞いている。

そして決まって「男子三日会わざれば刮目して見るべし」で終わる。つまり「人間変わろうとと思えば変わるものだ。お前も変わらんといかん」で結ばれる。これは三国志が出典らしいのだけれど、「呉下の阿蒙」という成句にもなっている。

いきなり中国の諺を持ち出したのは他でもない。民主党の代表選が終わっての感想だからだ。五人の中で演説が飛びぬけて上手いのは前評判どおり野田さんだった。なにしろ原稿に一切頼らず自分の言葉でしゃべれるのは、政治を志して以来一貫して続けた駅前での辻説法の成果だろう。

自分の言葉でしゃべるという点では馬淵さんも上手いと思った。心に響くという点では彼が一番だったかも知れない。前原さんはついに自らの金の言い訳に終わったような気がする。鹿野さんは政治家としての演説は上手いがこちらに響いて来なかった。

私が一番危惧していたのは、海江田さんが選ばれることだった。海江田さんの名前「万里」が万里の長城から取られたように、彼は中国の古典に詳しいそうだ。ただ、彼のこれまでのキャリアを見ていると、タイトルの「巧言令色鮮なし仁」の典型のようにも思える。つまり言葉を飾るのは上手いが徳に欠けるお人で、小沢さんに色目を使うために、再び古い政治に逆戻りする可能性が大きかったからだ。

これまで恒例のように一年前後で変わった日本の最近の首相にない演説の上手さが際立った野田氏。「ノーサイドにしましょう、もう」等は議員にも国民にも受ける台詞だった。しかし演説が上手ければ政治が上手くいくとは限らない。財務省の官僚に洗脳された等と揶揄される増税論者らしいが、首相候補に限らず議員の9割方は増税については「総論賛成、各論先延ばし」だ。景気回復が先決と言いながら、その具体的処方を聞いた試しがない。

民主党に政権を託して自らの不明を恥じている人が多い(私もその一人だ)。かと言って自民党を再び受け皿にする気にはならないし、第一政治のルールとしては今すぐ政権党を変える訳にはいかない。

あの水が流れるように巧みな野田氏の演説が「巧言令色」に終わらぬように祈るばかりだ。

閉じる コメント(2)

閉じる トラックバック(0)

闇を暴け!

日曜日の午後のテレビは『そこまで言って委員会』が楽しみだ。これについては以前書いたブログ記事があるので、ご覧いただければと思う。

20070326  「不都合な真実??」
http://blogs.yahoo.co.jp/rehabilist/MYBLOG/yblog.html?fid=0&m=lc&sk=0&sv=%C9%D4%C5%D4%B9%E7%A4%CA%BF%BF%BC%C2%A1%A9%A1%A9


20100213  「社説&コラム大賞2010」
http://blogs.yahoo.co.jp/rehabilist/MYBLOG/yblog.html?fid=0&m=lc&sk=0&sv=%BC%D2%C0%E2%A1%F5%A5%B3%A5%E9%A5%E0%C2%E7%BE%DE%A3%B2%A3%B0%A3%B1%A3%B0


同番組は最近マンネリ気味で、所詮娯楽番組の限界かと思っていたが、今日は久しぶりに特ダネらしき情報を披露してくれた。菅首相が何日か前の国会中継で追及されてシラを切っていた献金疑惑についてである。大震災当日に発覚した在日韓国人からの百万円余の献金の領収書を廻る問題。もう一つは菅総理の資金管理団体「草志会」から、政治団体「政権交代をめざす市民の会」への6250万円もの献金である。

詳しい事はサンケイ新聞か、今朝の読売新聞「疑惑にフタの延命は許されぬ」という社説をごらん頂きたい。同番組でそれらの疑惑についての特種を明かしてくれたのは、異色のジャーナリスト須田慎一郎氏である。これも政治に素人の私が扱うには難しすぎるので、同氏のHPを参照していただきたい。

『須田慎一郎の政経コンフィデンシャル』「菅首相が手を染めた『政治資金ロンダリング』」
http://blog.livedoor.jp/shinichiro_suda/archives/2939483.html

この記事の裏づけとして、最近菅首相と江田五月法相が二人で飲みに行ったバーを須田氏が実際に訪ねたところ、そこのママが上記の政治団体の設立者の肉親であり、しかもそこの客には大手マスコミの政治部のエライさん方が常連だったというのだ。

これが本当だったらエライことである。総理は辞める条件云々の前に即刻クビが飛ぶだろうし、逆にこれがうやむやに終わるような事があれば、日本のマスコミは列車事故の車両を掘った穴に埋めた中国を嗤う資格は無いといえるだろう。

これらの真相が明らかになるのを期待するしか無いが、これ以外にも今日の同番組にはこの番組で有名になった武田邦彦教授も出演していた。同氏は地球温暖化問題で様々な問題提起をされているし、最近原発事故についての科学者としての知見を真摯に綴られている。
http://takedanet.com/

それ以外にも通産省の現役官僚でありながら、歯に衣を着せぬ言動で現在干されている古賀茂明氏も出演していた。現在の政界や産業界が原発を擁護する最大の理由が判ったし、同時に電力会社が大金とウソで固めたシンポジウムを開催してまで、現在の体制の維持に腐心することも、さもありなんである。今をときめく橋下大阪府知事も、全国的に有名になったのは同番組がきっかけである。そういう事を思い起こせば、娯楽番組とは言えこの番組は希少価値があるだろう。さてどこまで闇を暴けるのだろうか?




話は全く違いますが、私の趣味の俳句は只今闇の中です。それに今朝の『NHK俳句』も、明日の『俳句王国』も休みだそうで、それこそ真っ暗闇です(涙)。調子が戻って、行く手に若干の光明が見えるまで、少しブログをペースダウンます。よって火曜日の『汗駄句駄句』はお休みです。どなたか私の闇を救ってください(笑)!

閉じる コメント(4)

閉じる トラックバック(0)

「借命」と「延命」

今朝の読売新聞《編集手帳》は俳句を取り上げた、

胸を患った石田波郷はある年の七夕を療養所で迎えた。患者たちがこしらえた七夕飾りのなかに、その文字をみつけたのだろう。〈七夕竹借命の文字隠れなし〉(句集『借命』より)

◆「命を惜しむ」と読むのが普通だが、感嘆符を添えて「命が惜しい!」と読んでみるとき、短冊を書いた人の息づかいがいっそう切実.に伝わってくる。恋愛成就、立身出世、商売繁盛、志望校突破…その他どんな願い事も、命あってのことである

◆今宵、多くの人が胸の奥に飾るだろう短冊の言葉も、おそらくは「借命」の一語だろう(以下略)




掲句は余りにも有名な俳句だし、波郷と同じように命に関わる病気を経験したことのある人であれば、誰しも同じ思いが心に滲む(脳出血後に俳句を覚えた私にも同じ感懐がある)。


ここでいきなり話はあらぬ方に逸れる。同じ新聞の4面の政治記事に「満身創痍、刀折れ、矢尽きるまで…首相改めて続投に意欲」との見出し。更にその隣『政治の現場』という続き物コラム「居座り首相」の最後の行(くだり)は『「延命』という孤独なプロジェクトは続く』のコメントで締めくくられている。

「借命」と「延命」、「命を惜しむ」と「命を延ばす」。どちらも本来似たような言葉であった筈だ。それが一方では「尊い言葉」に響き、片方は「見苦しい言葉」ともとられる。

更に今朝のテレビ各局のニュース。九州電力のやらせ番組の同社長の釈明会見で「最終責任は私にあります」と言いながら一向に責任は取りそうにも無い。これは菅首相と全く同じ。責任は形に表して取るもので、口先で謝る事とは全く関係無いはずである。国の最高責任者が本来の重い言葉をますます軽くする。上がそうであれば子供まで真似をする。

話はまた変る。「延命」は辞書にもある言葉だが、「借命」の方はパソコンで一発変換で出てくるにもかかわらず、辞書の何処にも無い。どうやら波郷の造語らしい。あるいは古い話になるが、貴乃花が横綱に推挙されたときに一般的になった「不惜身命」という言葉と関わりがあるのだろうか。

不惜身命 仏語 仏道修行のためには身命も惜しまないこと。死もいとわない決意。「法華経譬喩品などにある語」

本来人の上に立つ人、なかんずく国の政(まつりごと)を与る人にとっては、この覚悟が不可欠の筈なのに、政界は「延命」ばかりを図る人のなんと多きこと、何をか言わんやである。

閉じる コメント(4)

閉じる トラックバック(0)

全28ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.

y_m**ato*11
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

ブログバナー

  今日 全体
訪問者 6 106524
ブログリンク 0 114
コメント 0 17294
トラックバック 0 188
検索 検索

開設日: 2006/3/7(火)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.