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ガラスのない時代の窓

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写真は、日本の建築としては壁が重装備な
「蔵」の開口部の様子です。
建てられているのは、北海道余市。
日本海側の海岸沿いに点在したニシン漁の網元の建築。
江戸から明治に掛けて、
北海道で獲れたニシンは、それでひとつの産業構造を形成するような
大きな素材資源産業だったので、現地にいる経営者というのは
大きく言えば、日本最先端の産業人だったわけです。
なので、遺されている建築も豪勢なものが多い。
その時代の建築技術でも、かなりの水準の仕事が残っているのだろうと
考えられますね。

で、窓なワケですね、本日は。
この建物はまぁ、100年は経過している建物を修復復元したもの。
ガラスが導入されていたのかどうか、
この建物の年代特定まではわからないのですが、
ここでは窓にガラスが使われていない。
で、心理的結界装置としては、なぜか木組み格子が使われています。
京都の町家でも、このような形式が取られている。

京町家に特徴的な格子。接道部に用いられる。光を採り入れ、中からは外が見えるが外からは中が見えにくい。ガラスの登場により衰退しつつある。
多くは、紅殻(べんがら)と呼ばれる酸化第二鉄(赤サビ)を主成分とした粉末にエゴマ油などを混ぜて塗られているため、紅殻格子とも呼ばれる。紅殻には防腐、防虫効果がある。顔料の紅殻(紅柄、弁柄)は、産地であるインド北東部の地名ベンガルに因んでいる。
格子の形は構造、形態、職業などによって分類できる。(Wikkipedia)

っていうことなのですが、
通風を確保しながら、泥棒などの侵入を防ぐ装置なのでしょう。
町家などでは、対泥棒の要素が大きいのでしょうが、
ここでは外側に更に鎧戸が設けられているので、
そこまでは必要ないけれど、
湿気を逃がすときに開口させる時間の防犯というのが要件だったと思います。
開閉装置は、このような鎧戸のように
観音開きが多く、建具としての造作仕事のレベルも高かったと思われます。
ここではこういう状態で仕上がりですが、
居住用の住宅では、光を透過して取り入れるために
さらに内側に障子建具を配するのが一般的。
まぁ、ガラスの代わりに紙を使っていた。
いずれにせよ、建具職人の仕事が非常に多く、
まさに手業の世界が豊かに広がっていたのですね。

現代では、自由に工業製品となったサッシが使われ、
比較的安価に窓が造作されていくわけですが、
先人たちの窓への思いと比べて、
たぶん、希薄な思いのまま、無感動に窓を考えていると思います。
こういう時代のことを考えてみたら、
窓の開け方とか、
もっと深く大切に考えてみたいと思ってしまうものです。




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