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いつの間にやら僕らも若いつもりが歳をとっていた。。そんな セガ 人向け仕様( Punk & SEGA & Looseなブログ)

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北米で販売された「GAME GEAR」だ。
日本版GAME GEARとスペック的に違いが無いのも当然だが、エリアプロテクトも無いので
本体自体は日本のものとほとんど同じものと考えてよいだろう。
#一般的にGAME GEARに限らず、携帯用ゲーム機にはエリアプロテクトが無いものが多い。
違うのは電源端子。日本のゲームギアはメガドライブ1と同じ規格のアダプターを使用するが、
海外版GAME GEARは、メガドライブ2と同じ規格のアダプターを使用するのだ。
画像のパッケージは後期販売のもの。GENESIS本体のパッケージを意識したデザインとなっている。
初期のパッケージは、MASTAR SYSTEM本体のパッケージを意識したデザインであった。

海外におけるGAME GEAR事情は概ね順調だったといえる。
GENESISの大ブレイクによるセガブランドが確立されたのも相成りつつ、
何よりもビジュアルのダイナミックさに拘る海外では、"カラー"であったことが評価されている。
ソフトコンテンツも、日本同様、Mrk3からの移植、MEGA DRIVE(GENESIS)からの移植が好評を博した。
そして、MASTER GEAR CONVERTER(マスターギアコンバータ)の存在も大きい。
このMASTER GEAR CONVERTERを装着することにより、GAME GEARでMASTER SYSTEMのソフトを
稼動することができるのだ。
MASTER SYSTEM(海外版Mrk3)とGAME GEARのアーキテクチャがほぼ同一であったが故の裏技だろう。
海外においてこのコンバータの存在が、MASTER SYSTEM市場とGAME GEAR市場との相乗効果を起こさせ、
市場を振るわす要因の一つとなっていた。
尚、MASTER GEAR CONVERTERはセガ非公認のコンバータではあったが、
セガ社自身もその存在を決して悪くは思っていなかったようだ。

海外での好調ぶりもあってGAME GEARは6年以上という長期間を家庭用ゲーム市場で生き長らえた。
「普及台数の割には長生きなハード」として世間では認知されているがそれは大きな間違いだ。
日本を含む世界販売台数は、1,400万台を越えている。
つまり、マーケットとして成り立っていたからこそ長期間GAME GEARは供給され続けていたのだ。
企業として、利益のでる商品を易々と手放したりはしない。
特にセガは見切りの早いメーカーであることは、セガファンにも良く知られているとこだろう。
家庭用ゲーム市場において伝説にもなっている1億台販売を果たしているGAME BOYと
単純に比較するのは決して賢いとはいえないのではなかろうか。
GAME GEARがGAME BOYに惨敗したのも事実だが、GAME GEARが決して失敗したハードではないのも事実だ。



【マシン名】
 GAME GEAR (1991年4月発売)
【価格】
 不明
【メーカー】
 セガ
【スペックは日本版GAME GEARと同等】
【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難)
 ≪やや難≫
 日本にもそれなりの量が輸入されたのもあってか、
 たまに日本市場でも見られる。
 特別にプレミアが付いている様子も見られない。

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任天堂のゲームボーイに対抗すべく開発されたセガ初の携帯ゲーム機「ゲームギア」である。
任天堂と差別化を図るべく、携帯ゲーム機として国内初のカラー液晶モニターを採用。
メインCPUにZ80Aを採用し、ハードパワー的にはセガ マーク3とほぼ同等。
以外にもスペック上、発色能力においてはセガ マーク3以上に優れている。
別売りのテレビチューナーパックを装備すれば、
テレビの受信やゲームギアをモニターの代わりにすることも可能だった。

バックライト付カラー液晶モニターの採用は、ゲームギアにとって最大の武器であり、
それと同時に最大の弱点でもあった。
スペック上では優れた発色能力を有していたがモニターのSTN型液晶が原因で効果的に機能せず、
また残像も酷いため、シューティングゲームやアクションゲームに適さないハードとなった。
また、消費電力が大きい為、乾電池を大量に使用。その結果、本体が極めて重量化する。
その上、乾電池だと連続稼働できるのも3時間程度で非常に短いといった弱点があった。
その他にも本体サイズの大型化(※)、コストの上昇を招く要因ともなっている。
ちなみにゲームギアで使い切った乾電池をゲームボーイに再利用すると更に数時間プレイできる。

ゲームギアの供給が停止したのが1996年。そして、ゲームボーイがカラー化したのがその2年後の1998年と考えると、
「カラー」に拘ったが為に色々と欠点の目立つゲームギアであったが、
先進的で意欲的なマシンだったといえよう。
そして、先進的で意欲的なマシンの割には、「ソニック」や「ぷよぷよ」などの優秀なコンテンツの後押しも
あって、成功した部類のマシンといえる。
ソフトコンテンツとしては、セガ マーク3移植、メガドライブ移植が多くなかなかの出来栄えの作品も多々あった。
ゲームギア オリジナル作品においても特にRPGが豊富でその花を飾っている。
8BITマシンと考えた場合、ソフトラインナップの充実したかなり優秀な環境のハードであった。
ゲームギア版「テトリス」が『テトリス事件』の影響でポシャってしまったのが悔やまれる。

※本体サイズの大型化
初代のゲームボーイと比較するとゲームギア自体は実はそんなに大きくはない。
発売以後、徐々にコンパクト化していったゲームボーイと違い、
カラー液晶モニターの採用のゲームギアのコンパクト化は、技術的/コスト的に難しかったのだ。
つまり、「コンパクト化しにくいのが欠点」という表現が相応しい。



【マシン名】
 GAME GEAR(HGG-3200) (1990年10月6日発売)
【価格】
 \19,800
【メーカー】
 セガ
【CPU】
 Z-80A(3.58MHz)
【MEMORY】
 RAM 64Kbit
 VRAM 128Kbit
【GRAPHIC】
 VDP セガカスタムLSI
 ディスプレイ バックライト付 3.2インチ カラー液晶
 画素数 480×146ドット
 発色数 4096中32色同時発色(ゲーム時)
     4096同時発色(TV時)
【SOUND】
 PSG音源3音+ノイズ1音
【ETC】
 カートリッジ用スロット×1
 ヘッドホン端子
 拡張端子(対戦ケーブル取付け可)
【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難)
 ≪易≫
 市場価格的には状態に拘らなければ比較的安価で入手できる。
 中古の場合、バックライト液晶モニターは消耗品なので注意したい。

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1993年に発売された幼児用コンピュータのPICO(ピコ)である。
幼児用コンピュータ業界においては後発ながらも、ほぼ寡占・独占的に市場を完全支配。
出荷台数は約340万台超、専用ソフトも300タイトル以上。世界的にもヒットとなった。

ピコは、メガドライブのアーキテクチャを応用して設計されたマシンだ。
つまりハードパワー的にはメガドライブとほぼ同等の性能を持っていると考えてよい。
しかし、ピコにはFM音源が非搭載で、メガドライブよりサウンド面が劣っている。
(メガドライブではFM音源の制御用に積まれていたサブCPUのZ-80AもPICOには無い)
代わりにPCM音源がメガドライブよりも強化されたもの(ADPCM)が積まれている。

アナログ音声の再生に強いADPCM音源を採用したピコは、その特性を生かし、
幼児にも理解しやすいよう『文字』よりも『音声(フルボイス)』を重視したソフトが多い。
ピコのソフトはROMカートリッジ(の亜種)の為、CD-ROM媒体に比べてそのデータ容量に制限があるはずだが、
終始しゃべり続けているフルボイス系のソフトも存在する。
メガドライブにも『スポーツトーク フットボール』シリーズのように実況音声が、
ふんだんに使用されているソフトが存在するが、この点においてはピコソフトには及ばない。
尚、音声を重視しているピコには、音声認識ソフトが幾つか存在することも追記しておく。

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その他ピコの特徴としては、タッチペンを主体に操作するそのユーザーインターフェースにある。
タッチペンは本体のタブレット部、もしくは絵本ソフトへ触れることにより画面のポインタを操作できる。
絵本ソフトというのは、ピコの一般的なROMカートリッジの形状で、
ROMカートリッジに絵本状のページが付いたもの。
どのソフトも大体5ページで構成されていて、このページをめくることにより、
画面のステージが変わる等のギミックになっている。

周辺機器が多いのもピコの特徴だろう。まず、家庭用ゲームマシンで発売されているような周辺機器は
光線銃のような殺伐としたものを除いてほぼ全てピコでも発売されていると考えてよい。
釣りコン、マウス、キーボード、ダンスマット、ハンドル、ツインスティック型コントローラ、、etc
また、家庭用ゲームマシンには無いような興味深い周辺機器も多々ある。
オママゴト、電話(擬似)、トミカ、コスメセット、楽器型コントローラ、、etc

今回、紹介したピコは、初期出荷版のピコ本体 HPC-0001で、メガドライブのコントローラパッドが接続できる
端子が備わっている。
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メガドライブで使用できるパッド類(マウス等)は全てピコでも使用できたようだ。
しかし、このパッド端子は、次期ピコ本体のマイナーチェンジの際に削られてしまった。
パッド端子に対応したソフトもこの時期に発売されたもの極少数しかないようだ。
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HPC-0001の取扱説明書において、このパッド端子は「拡張コントロール端子」とだけ
書かれており、それ以上の説明は載っていない。尚、同説明書の型番表示は「HPC-0100」となっている。

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HPC-0001のもうひとつの特徴としては、拡張スロットの存在にある。(取説画像にもチラッとあるが)
この拡張スロットも次のマイナーチェンジで早々に姿を消す。使用用途は不明。ヤマハのコペラにも搭載されていた。



【マシン名】
 KIDS COMPUTER PICO(HPC-0001) (1993年6月発売)
【価格】
 \16,000(普及版)
【メーカー】
 セガ/セガトイズ(1998年以降)
【CPU】
 MAIN:68000(7.67MHz)
【MEMORY】
 RAM 64KB(68000用)
 VRAM 64KB
【GRAPHIC】
 GRAPHIC 512色中60色同時発色可能
 スプライト80個・スクロール2枚搭載
【SOUND】
 PSG3音+ノイズ1音
 ADPCM音源
【ETC】
 コントロール端子 1ヵ所
 タブレット/タッチペン
 スロット カートリッジ 1ヵ所
 拡張スロット 1ヵ所
【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難)
 ≪やや難≫
 中古ピコ市場というものが確率していないのでマメにリサイクルショップを
 捜す他ない。最初期のピコなので苦労はすると思われる。
 値段はお手頃価格で入手できよう。

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それまでも度々マイナーチェンジを行ってきたピコだが、2001年6月、大幅にモデルチェンジされる。
それが「KIDS COMMMUNICATION PICO HPC-0009」である。
基本の性能は、従来のピコとまったく同じでソフトの互換性もある。
(物理的な問題で、「みんなできょうそうアンパンマン!」だけは不可となっている)

ハードデザインに関しては、一から練り直され、非常にスマートな本体になった。
ハードカラーの異なる本体が、オレンジ、スカイブルー、ピンク、グリーンと順次発売。

この新しいピコで注目したい点は2点。
まず、ひとつは画質のクオリティが向上した点だ。
ピコはメガドライブアーキーテクチャーの申し子であることは、以前に紹介したが、
このアーキーテクチャーの特徴である「画像のにじみ、ぼやけ」を改善したのだ。

そしてもうひとつは、ネットワークへの接続である。
専用接続ソフトを使用することにより、インターネットへの接続を可能にしたのだ。
メガドライブのメガモデムがパソコン通信であった事を考えるとなかなか感慨深い。
このネット接続サービスこそが新しいピコの目玉であったが、
サービス開始から一年半後には終了してしまっている。
オンラインサービスを必要とするユーザが少なかった事と、ピコのハードスペックでは通信技術の進歩に
ついていけないことが理由だ。もっともな理由だ。


90年代、急進的にその売上を延ばしてきたピコであったが、
2000年代に入るとその売上は小康状態となってきてしまった。
新しいピコはその小康状態を打ち破るべく登場した部分もある。
しかし、ピコの延命処置的な効果はあったものの、かつての勢いを取り戻すまでの効力はなかったようだ。
そして、2005年4月に絵本ソフト「甲虫王者ムシキング あつめてあそぼう甲虫図鑑」という大花火なタイトルを
最後にピコの絵本ソフトの新作供給はストップする。

同年8月6日に次世代ピコの「Advanced PICO Beena」を販売開始。
Beenaは、ピコとはまったく違うアーキテクチャーの32Bitマシンで
セガトイズとアプローズテクノロジーズの共同開発のものだ。
(セガサミーグループ、唯一のコンシューマハードで、且つ、スーパー32X、セガサターンに
続く第三の32Bitマシンともいえる)
この次世代ピコは、旧ピコとの互換性はまったくない。
インターフェースこそ同じだが、中身はまったく別物といってよい。
幼児用コンピュータの性質を考えると下位互換は確かに不要である。
しかしこれで、GENESIS、業務用ぷよぷよ、プリント倶楽部、そしてピコといった数々のヒット商品を
生んできたメガドライブアーキテクチャーが事実上、お役御免になったかと思うとやはり寂しいものだ。
※尚、MEGA DRIVE PLAY TV2〜3がセガトイズより限定発売されたのも、
 最後のピコソフトが発売された時期と同じ2005年4月であり、意図的かわからないが因縁を感じる。

実は、最後のメガドライブアーキテクチャーとして今でも細々と生き残っているマシンがある。
それは旧ピコの業務用マシン「ピコランド」だ。今でも一部、大型スーパー、大型玩具店に設置されている。
この業務用マシンに関しても、「ビーナランド」という次世代マシンに後を追われている状態で、
いつまで設置されるのか定かではない。
少しでも長生きして欲しいものだ。



【マシン名】
 KIDS COMMMUNICATION PICO(HPC-0009) (2001年6月発売)
【価格】
 \12,800
【メーカー】
 セガトイズ
【スペックはKIDS COMPUTER PICOと同等】
【ETC】
 タブレット/タッチペン
 スロット カートリッジ 1ヵ所
【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難)
 ≪易≫
 中古市場ではよく見かける。値段は今でもそれなり価格。

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画像は、北米版のPico MK49002である。本体の形状的には日本のHPC-0007に当たるもの。
※MK49325というモデルも存在するがそれは別記事にて紹介。
欧州ではMK-49002-50という型番で投入された模様。
(末尾の50という番号はイギリスに割り当てられた国番号と思われる)
本体のカラーリング以外は、日本のPICOと同一のものといってよい。
※細かい所の違いでは、日本では「PICO」と全部大文字表記なのだが北米版では「Pico」と表記される。
また、タッチペンを海外では「Magic Pen」と称していた。

海外におけるPico情勢だが、詳細はよくわかっていない。
北米、欧州、中国(当初は香港のみ)、韓国で販売され、90年代末の時点で100万台出荷されたらしい。

北米、及び、欧州で発売されたソフトタイトル数はそんなに多くない模様。(多くて20本弱か?)
少なくとも欧米ではかなり苦戦をしたようだ。


日本のPICOと、海外版のPicoのソフトの互換性についても、調査不足で詳しくは不明。
以前にPICOソフトの開発者とコンタクトをとれる機会があったのだが、
その際に「海外版PICOとの互換性は低い」というコメントを頂いた。
その理由は「NTSC、PALのTV信号の違いが主な原因」とのこと。
当時の私はあまり海外ゲーム事情に詳しくなかったので、そのまま鵜呑みにしたのだが、
今になって思うと、映像方式が同じ地域なら互換性があるのではないだろうか。
つまり、エリアプロテクトの判別をしているのか いないのかがキーポイントになる。
幸い今現在、テストする環境は揃っているので、機会があればいずれ確認してみたい。

海外版Pico本体で日本のソフトが稼動するかの検証は行っていないのだが、
逆に、日本版PICO本体で海外版のソフト稼動するかの検証は少し行った。
自分が所有している海外版ソフトに関しては全て日本のPICO本体で稼動した。



【マシン名】
 SEGA Pico MK49002(1994年発売)
【価格】
 不明
【メーカー】
 セガ
【スペックはKIDS COMPUTER PICOと同等】
【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難)
 ≪かなり難≫
 日本の中古市場ではまず見つけられないだろう。

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