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書き言葉に誤解は付き物、甚だ六ツ菓子五猿。

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甚だ個人的な話しで、まことに恐縮なのですが。

母のすぐ下の弟、まつしまからみて叔父にあたる人が亡くなりました。

彼が大学生だった頃、母が実家に里帰りすると、よく自転車の後ろに乗せられて西荻窪寄りの踏切に連れて行ってもらいました。

彼はノンポリでしたが、彼の卒業と前後して、新宿騒乱事件や米軍燃料列車爆発炎上など、中央線では様々な事件や騒動が起きていました。

 ↓ ラジオからこんな曲が流れていた時代。



いま考えると叔父ちゃんと呼ぶには若すぎて気の毒でしたが、まだ小学生だったまつしまには、ほかの言葉を探しだすことができず、二十代半ばの若者を『おじちゃん』と呼んでは苦笑いさせていたようです。

その叔父ちゃんと、高架になる前の西荻窪寄り踏切(正式名称が判りません)で並んで座って眺めた列車たちは、こんな姿で走っていました。

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たまに混じる貨物列車が無性に嬉しかったことをいまでも鮮明に覚えています。

そういえば、初めてタバコを吸わせてくれたのも、大学時代の叔父ちゃんでした。露見して、彼とまつしまと2人、雁首そろえて母と祖母からさんざん油を搾られました…。

冥福を祈らずにおれません。

この記事に

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    ご愁傷さまでした。
    想い出の残る画像なのでしょうね。
    空を塞ぐ高い建物もなく、昭和の風景そのものですね。
    河口湖行のサボを、誇らしげに掲げている湘南顔の編成も凄そうですね。

    mrcbcross14

    2017/2/19(日) 午後 4:56

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    シービーさん:こんにちは。

    ご丁寧に、ありがとうございます。

    叔父に連れられて眺めた中央線の風景は、いつもこんな感じでした。半世紀前の様子ですから、今の姿と違っていても致し方ないとは思うのですが、しかし、冷静に考えると、たった五十年でウシがウマに変わっちゃうくらいまるっきり相貌も性格も変わってしまう街並みって、やっぱり異常なんじゃないでしょうか。ウマの姿を見てウシを懐かしむことは不可能ですもんね…。

    まつしま

    2017/2/20(月) 午前 6:54

    返信する

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