☆ちょっと危ない世界を見た!海外旅行記&原発情報

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福島はいま、どうなっているのか

日本というのはおかしな国ですよ。
「福島は安全!みんなで食べて応援しよう!」

こんなスローガンを政府やマスコミが声高々にうたっていましたよね。

原発事故の直後から、子どもを守るためにナーバスに食品選びをして、
「ちょっと神経質になりすぎなんじゃ?」と、まるで他人事のように気にしないママ友たちに白い目で見られ。

福島周辺の野菜や肉や米を買わなかった私は、ちょっと自責の念にちょっとかられたものです。
が、私の選択は間違えていなかったと・・

そして最近では福島産の農産物が、安くたたかれて全国の外食産業に出回ってるらしいです。

福島の子どもたちも、早い時期に正確な情報を出して、避難させていたら被爆を、
少なくすることができたはずなのに、ほんとに悔しく思います。

でも、今からだって遅くはないですよ。
ちなみに、1ヶ月でも転地療養すると、内部被爆した体も、かなりリセットされるそうです。

これは、1月17日に行われた中手聖一(子どもたちを放射能から守る福島ネット代表)さんの講演で、
1時間半に及び、事故から現在までの福島の状況が語られています。

oilive newsより
http://www.olivenews.net/news_30/newsdisp.php?m=0&i=0

(以下サイトより抜粋)

中手さん「浪江では333μSv/h、1週間も居れば直ちに健康が影響があるくらい。
     そこで住民は普通の暮らしをしていた。情報の隠蔽、安全デマがものすごい勢いで福島県内に押し寄せ、
     被曝を拡大させた。」

中手さん「中通はたった一回の放射能雲だったがその時雨が降った。学校の側溝では100μSv/h程度を記録した。
     子供の靴に付くとスクリーニングにかかり避難所には入れてもらえない程。
     福島市内でもそのくらいの汚染だった。」

中手さん「事故直後は情報が無かった。ガソリンや買い物、特に店が壊れたスーバーなんかは野外で販売をした。
     子供達も無用な被曝をした。マスコミが報道しだしてから運動会を止めたりマスクをしたりした。
     けど夏以降、危機感はすっかり薄れた」

中手さん「この管理区域並みの所に子供が30万人居た。1割は脱出できたと推測するが、まだ27万人が通っている。」

中手さん「子供の鼻血、体調不良は5月中心に沢山あった。福島の人間はもう被爆者だと思っている。
     ひょっとしてと思う。が、病院に行くと安全キャンペーン。
     その中心は医者。神谷、山下、高村に県の医師会は掌握されている。」

ここで重要な情報は、浪江町では333μSv/hの中、住民が生活していたという事実。

昨年3月12日最初は半径3キロだった避難指示が、次は10キロになり、水素爆発で半径20キロに拡大、15日になって午前11:05分半径20キロ避難同30キロ屋内待避の指示が出されたが間違いだった。
住民の中には、爆発で放射能を被った者、避難した場所に放射能が襲来し被った者、更にようやく避難した場所に15日猛烈な放射能が襲来し被った者がある。
中手さんは、明確に「安全デマが被爆を拡大させた」と話している。

既に全体30万人の子供たちのうち3万人が脱出したが27万人残っていると語っている。
疎開は政府が全く支援しておらず、母子が疎開先で二重生活となる生活費もままならず、疎開を断念するケースが増えている。

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