☆ちょっと危ない世界を見た!海外旅行記&原発情報

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原発・放射能汚染

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南相馬市が「警戒区域の解除」されたといっても・・

報道各社のニュースで、南相馬市が「警戒区域の解除」と聞いても「解除になって良かったですね」などと決して思えない、思ってはいけない状況にあること、私たちは知らなければならないと思います。
住民の人たちは怒りや不安を覚えているようです。

以下、フェースブックで目にしたので転載します。
皆さんこんにちは!4月16日です。
今日の私は心中穏やかではありません。
立ち入りが禁止され、警戒区域に指定されていた私の地元、南相馬市の小高区で、区域の見直しがされました。

朝から、報道各社がこのニュースを伝えています。
今日から、我が小高区は、
「避難指示解除準備区域」
「居住制限区域」
「帰還困難区域」
の3つに再編されました。

・・・とはいえ、家に住めるわけでもありませんし、
放射線量が減ったわけでもありません。
除染など全然していませんし・・・。

国は、この事件(事故ではない)を小さく見せること、
そして、避難住民に対する賠償を少なくしようとするしていると勘繰られても仕方ないでしょう。

報道各社が、
「警戒区域の解除」・・・という伝え方をしているので、
物事が改善したかの印象を受ける人が多いのでしょうね。

「〇〇さん、帰れることになって良かったね!」
「解除になって良かったね!」
・・・なんて、声をかけられます。

でも、この決定は、私たちにとって、
本当に大事な決定なのに、
国と市が勝手に、「4月16日に警戒区域の見直し」・・・という結論を導き出しました。

双葉郡各町村が行ったような、事前の説明会など一切ありませんでした。
説明会が行われたのは、結論が決まってからで、
区域見直しの前日である昨日の段階でも、遠方避難者に対し、その説明文書すら送付されていません。
住民の意思は全く反映されていない決定です。

双葉郡各町村では、説明会の際に、明らかに「区域見直し反対」を表明する住民が多かった。

よって、小高の場合も、もし、事前の説明会があれば、「区域見直し反対」の意見は多かったと予想されます。

勿論、見直しにより、良い点もあります。
私も、先ほど、小高に行ってきましたが、家の掃除などのために、沢山の人が小高に入っていました。
1年1か月の間、一時帰宅を許されたのは、計3回で、合計の時間はわずか8時間ですから、今日、喜び勇んで、家に戻った人は多いです。

でも、このことと、民主主義のプロセス・・・つまり、行政が、住民の意思を尊重したプロセスを踏むこと、合意形成の努力を最大限にすること・・・こうしたことをないがしろにすることは別物です。

私は、明確に、今回の「警戒区域の見直しのプロセス」に対し反対し、かつ、今後検討される本解除の際に、私たち住民がちゃんと納得する形で、国や東電が説明責任を果たすことを強く求めます。


皆さんにお願いがあります。
今日、これから流れる、報道各社のニュースで、「警戒区域の解除」と聞いても、もし、私のこの投稿を見ている方たちが、何かが改善されて、良かった!・・・などとは思わないでいただきたい。

「解除になって良かったですね」・・・などと決して言わないでください。
私は、本当に、心中穏やかではありません。

福島県二本松市の小学生の通学路です。ガイガーカウンターの数値、地上で8.12μSv/h、1mで1.4μsv/hとの報告です。あのチェルノブイリ原発事故では、町が閉鎖され、強制移住が行われたレベルです。このような環境に国民を居住させ続ける日本政府と公務員組織は狂っています。空間線量を測定するポストも、その周囲だけ除染を施して、さも問題がないように装うなど、確信犯です。この現実を直視して下さい。これが日本の本当の姿です。マスコミに頼らず、真実を探して下さい。

このような高放射線の場所に、平気で子どもを住まわせる、日本の政府は狂ってるとしか思えません。
新聞やニュースではあまり知らされないので、皆さん、まるで原発事故は収束したかのように安心していたり、他人事のように思っている人も多いかもしれませんが、原発問題は、まったく解決していません。

もう1回大地震が来たら、もっと広い範囲で日本中が汚染される可能性もあり、それこそ日本が終わってしまうかもしれない。
今現在も、現場の人たちが必死で事故を抑えてくれています。
これは福島だけの問題ではないことを、しっかり共有しないといけないのではないですよね。。。

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フクシマの真実と内部被曝−くわみず病院 勉強会

元東電の福島第2で働いた経験があり、福島第2原発に5年、本店原子力技術課安全グループに2年の勤務の後、医学部に入学し、現在は医師の小野先生。

原発についての知識も医学の知識の両方お持ちなの方です。

原発や放射能汚染のことが、とてもわかりやすく

­被爆の範囲がすでに全世界に及び、瓦礫の広域処理や食べて応援の­福島の食材を通して、日本人全員が被爆する可能性が高く、政府や­マスコミの言うことを信じてのんびりしていると、将来に禍根を残­すと警告しています。

この勉強会のビデオを観て、全てが100%真実とも思いたくないーー!

「一体どうすればいいのだ!」と、恐ろしくもなり、
「日本から今逃げるわけにもいかない」と、気分がダウンしてしまいましたが、

ほんとにねぇ、少しでも自分の身は自分で守るしかない。。。

ちょと長いですけど、参考に観てください。

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海洋放出されたセシウムは20〜30年で日本沿岸に戻る

世界最長の放射能観測を継続している気象研究所で放射能観測についての話が掲載されています。

ちょっと長いので一部抜粋しましたが、興味深い内容なので読んでみてください。

◆海洋に放出されたセシウムは20〜30年で日本沿岸に戻る-放射能汚染は長期観測が不可欠◆

放射能観測を始めたきっかけは、1954年3月1日にアメリカが南太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験によって、静岡の漁船・第五福竜丸が被曝したことにあったそう。

このとき、第五福竜丸の乗組員が被曝しただけでなく、海洋も大気も放射能で広く汚染され、日本列島にも「放射能雨」が降り注ぎました。このビキニ事件を契機にして気象研究所は1957年から海洋と大気の放射能観測研究をスタートさせたのです。ビキニ事件の当時、気象研究所にいた故三宅泰雄氏や故猿橋勝子氏をはじめとする研究者たちが、ねばり強く放射能汚染の実態を調査した結果によって、核実験による環境汚染の問題が広く認知されるようになったのです。

 ビキニ事件のときアメリカ側は今の東京電力と同じように放射能汚染は海中で希釈されるかのように主張し「安全神話」を振りまいていました。それに対し、猿橋勝子氏らはアメリカの研究者が海洋中から検出したセシウム濃度より50倍も高い数値を日本近海で正確に検出。アメリカ側も核実験による広範な海洋の放射能汚染を認めざるをえなくなったのです。

気象研究所は、福島原発事故で大気中に放出された放射性セシウムは、3万〜4万テラベクレル(テラは1兆)に上ると2月29日時点で試算。大気中に放出されたセシウムは10日間で地球一周し4月までに海に7〜8割、陸に2〜3割降下。これまでに福島原発事故で海に流出されたセシウム137は、黒潮に乗って東へ拡散した後、北太平洋を時計回りに循環し、20〜30年かけて日本沿岸に戻ると気象研究所は予測しています。

 海に直接出たセシウム137は、5月末までに3,500テラベクレル(テラは1兆)と試算し、ほかに大気中へ放出された後に海に落ちた量が1万2,000〜1万5,000テラベクレル程度あるとみており、総量は1万5,500〜1万8,500テラベクレルで、過去の核実験で北太平洋に残留している量の十数%に当たります。

 気象研究所は、核実験後に検出された放射性物質のデータなどを基に、今回の事故で出たセシウム137の海洋での拡散状況を分析しました。福島県沖から北太平洋へ水深200メートル以下の比較的浅い部分で東へ流れ、日付変更線の東側から南西方向に水深400メートルで運ばれることになります。フィリピン付近から一部は黒潮に乗って北上し日本沿岸に戻ります。

 フィリピン付近からはインドネシアを通過してインド洋、さらに40年後には大西洋に到達する流れのほか、赤道に沿って東に進み太平洋の東端で赤道を越えた後、赤道南側で西向きに流れるルートもあります。

 海への流出量は、東京電力が作業用の穴の割れ目などから約1,000テラベクレルが出たと当初発表していましたが、海水で検出された濃度などから流出量を試算したところ、東電発表の3倍以上となっています。

 福島原発事故で放出されたセシウム137の全体像を把握するには、太平洋全域での高精度の測定が必要になっているのです。

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福島はいま、どうなっているのか

日本というのはおかしな国ですよ。
「福島は安全!みんなで食べて応援しよう!」

こんなスローガンを政府やマスコミが声高々にうたっていましたよね。

原発事故の直後から、子どもを守るためにナーバスに食品選びをして、
「ちょっと神経質になりすぎなんじゃ?」と、まるで他人事のように気にしないママ友たちに白い目で見られ。

福島周辺の野菜や肉や米を買わなかった私は、ちょっと自責の念にちょっとかられたものです。
が、私の選択は間違えていなかったと・・

そして最近では福島産の農産物が、安くたたかれて全国の外食産業に出回ってるらしいです。

福島の子どもたちも、早い時期に正確な情報を出して、避難させていたら被爆を、
少なくすることができたはずなのに、ほんとに悔しく思います。

でも、今からだって遅くはないですよ。
ちなみに、1ヶ月でも転地療養すると、内部被爆した体も、かなりリセットされるそうです。

これは、1月17日に行われた中手聖一(子どもたちを放射能から守る福島ネット代表)さんの講演で、
1時間半に及び、事故から現在までの福島の状況が語られています。

oilive newsより
http://www.olivenews.net/news_30/newsdisp.php?m=0&i=0

(以下サイトより抜粋)

中手さん「浪江では333μSv/h、1週間も居れば直ちに健康が影響があるくらい。
     そこで住民は普通の暮らしをしていた。情報の隠蔽、安全デマがものすごい勢いで福島県内に押し寄せ、
     被曝を拡大させた。」

中手さん「中通はたった一回の放射能雲だったがその時雨が降った。学校の側溝では100μSv/h程度を記録した。
     子供の靴に付くとスクリーニングにかかり避難所には入れてもらえない程。
     福島市内でもそのくらいの汚染だった。」

中手さん「事故直後は情報が無かった。ガソリンや買い物、特に店が壊れたスーバーなんかは野外で販売をした。
     子供達も無用な被曝をした。マスコミが報道しだしてから運動会を止めたりマスクをしたりした。
     けど夏以降、危機感はすっかり薄れた」

中手さん「この管理区域並みの所に子供が30万人居た。1割は脱出できたと推測するが、まだ27万人が通っている。」

中手さん「子供の鼻血、体調不良は5月中心に沢山あった。福島の人間はもう被爆者だと思っている。
     ひょっとしてと思う。が、病院に行くと安全キャンペーン。
     その中心は医者。神谷、山下、高村に県の医師会は掌握されている。」

ここで重要な情報は、浪江町では333μSv/hの中、住民が生活していたという事実。

昨年3月12日最初は半径3キロだった避難指示が、次は10キロになり、水素爆発で半径20キロに拡大、15日になって午前11:05分半径20キロ避難同30キロ屋内待避の指示が出されたが間違いだった。
住民の中には、爆発で放射能を被った者、避難した場所に放射能が襲来し被った者、更にようやく避難した場所に15日猛烈な放射能が襲来し被った者がある。
中手さんは、明確に「安全デマが被爆を拡大させた」と話している。

既に全体30万人の子供たちのうち3万人が脱出したが27万人残っていると語っている。
疎開は政府が全く支援しておらず、母子が疎開先で二重生活となる生活費もままならず、疎開を断念するケースが増えている。

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NHKの『追跡!真相ファイル』の「低線量被ばく 揺ら ぐ国際基準」

12月28日に放映されたNHKの『追跡!真相ファイル』の「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」。
ICRPの低線量被ばく国際基準にメスを入れた番組です。

原発を推進してきたシニアの方々から抗議文が送られているという。


低線量被ばくの過小評価せず、追及した勇気あるNHKのディレクターさんがんばれ!!
エールを送りたいです。


NHK『追跡!真相ファイル』の「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」
http://www.dailymotion.com/video/xnb9h8

抗議文の内容は下記です。そうそうたるメンツが名前を連ねていますが、
言葉は丁寧だけど軽い脅しのように感じるのは私だけ?
圧力かけてますよねぇ。。。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/aesj/snw/media_open/document/nhk_kougi120112.pdf

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