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「書斎から街頭へ」
漱石全集十六巻を読んでいたら、田中王堂なる人物が「書斎から街頭へ」なる書をものしていたことが知れた。
明治四十四年の文章らしい。
漱石全集を読むのは初めてではないが、一度ならず読み飛ばしていて、ふと意識にのぼったということであろうか。
自身のことでありながら、推測にまとめるのは諧謔ではなく、本心から自信がないからである。
さて、今、この句は寺山修司のものと誤解されるにしくはない。
庄司薫の作品では「小林」なる友人が所謂「街頭派」として当時流行のヌーボ・ロマン等を地で演じていたらしいが、「薫くん」はもっぱら書斎派であり、街頭派を羨ましくも思いつつ、なかなか軽々しく行動できないでいた。
「書斎から街頭へ」とは若者にとってはいかにも刺激的なキャッチコピーである。
だが街頭とは一体どこであろうか?
それは恐らく東京のどこかではなかったか。
例えば薫くんは『青』で風月堂や紀伊国屋あたりをうろうろするが、その対面の中村屋だって昔はかなりホットな場所であった。
「新宿中村屋がかくまったもう一人のボース」http://www.yorozubp.com/9808/980826.htm
しかし勿論ただふらふらと新宿で一晩過ごしても何かを得られる訳ではない。
ボウリング、サウナ、カラオケ、ファーストキッチン、そして始発電車…。
そういうお決まりのルートを外れてあちこちを歩けばそこそこ危ない目には遭えるが、どうも効率は良くないような気がする。
若い頃、よく気がつくと歌舞伎町のゴミ箱のそばで寝ていたという女の子と飲んだことがある。
それで大丈夫だったのかと当たり前のことを質問したりもした。
「まあ、そんなに珍しいものを持っているわけじゃないから、たいしたことにはならないよ」なんて陽気に答えてもらっていた。
それでも若い頃というのは礼儀を履き違えていて、少しは話題が下に流れると自分がいっちょまえの関心を示さねばならないと思い、つい突っ込んだ質問を続けると、
「あのね、だからそんな素晴らしいものなんてどこにもないんだって。じっくり見たら、きっと気分悪くするわよ」
…なんてたしなめられていた。
街頭が一箇所に収斂してしまうのがどうも文学的ではないな。
女の子が何か特別なものを持っているわけではないのと同じで、街頭にも特別なものはない。
しかしこの「書斎から街頭へ」というスローガンは何度でも繰り返されるだろう。
携帯パソコンを持って夜遊びをする若者は、世界の果てで女の子以上の素晴らしいものを見つけるに違いない。
未
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寺山修司の書を捨てて町に出よと、薫君のいう街と、この街頭ではそれぞれ意味が違っているのでしょうが、インナースペースと自分意外という括りで、根底にある概念は一緒と捉えるのは乱暴すぎますでしょうか。
2006/1/16(月) 午前 8:54
『赤』シリーズの「小林」はちょっと反サルトル的なんですよね。「横田」は西行→芭蕉ラインなんですが‥。寺山にはどうも虫がいたような気がします。覗きで捕まっていますし。
2006/1/16(月) 午前 10:14