|
来年1月にSMAPの中居クン主演の「私は貝になりたい」の映画が上演される。太平洋戦争中に捕虜を殺害した罪で処刑される兵士の話で、昭和33年に放映されたフランキー堺の主演TVドラマのリメイクである。この映画「私は貝になりたい」は、いまの新潟市東区小金町にあった「東京俘虜収容所 新潟第5分所」の所長であった加藤哲太郎の実話が下敷きとなっている。
地元、直江津には「東京俘虜収容所 新潟第4分所」があった。
日本は、太平洋戦争開始後5カ月でアジア各地の連合軍約26万人を捕虜にし、工場や炭坑などで働かせていた。新潟の直江津では、開戦の翌年(1942年)12月10日、古い塩の倉庫を改造した捕虜収容所(東京俘虜収容所第4分所)に300人のオーストラリア兵捕虜を収容することとなった。その冬、強い寒波や飢えで病人が続出したが、軍は工場に兵器増産を命じた。そのため、1943年3月から翌年の2月にかけて、貧弱な医療も関係して60人の捕虜が病死する事件がおきた。
終戦後、GHQの指示で収容所の看守は逮捕され、BC級の戦争裁判で15人が捕虜虐待の罪でその責任を問われた。そして、8人の看守が有罪となり悲痛な遺書を残し巣鴨プリズンで絞首刑にされた。日本国内に数多くあった捕虜収容所のなかで、8人もの看守が処刑されたのは直江津捕虜収容所だけである。直江津捕虜収容所の看守が、捕虜のために調達したゴボウを食事に出したら「木の根っこ」を食べさせられた〜脚気の治療のためにお灸をしたら「身体に火を押し付けられた」などの捕虜の証言が冤罪の判決につながったとも言われている。
(参考文献 上坂冬子「貝になった男-直江津捕虜収容所事件」)。
直江津捕虜収容所の看守たち以外にも数多くの戦犯が処刑された巣鴨プリズンは、昭和38年にGHQから日本に返還され再び東京巣鴨拘置所となった。その後、新しい東京拘置所が小菅に新設され移転したあと巣鴨拘置所は解体、昭和53年にサンシャインシティーに生まれ変わった。現在ではサンシャイン60が高くそびえ立っている。
ビル建設中も、しばらくのあいだ鉄板で囲まれてそのままになっていた巣鴨プリズン当時の処刑場も、いまは池袋中央公園となっている。絞首刑台のあった場所には平和を願う記念碑がひそりと置かれている。
TVドラマ「私は貝になりたい」のラストシーンで処刑台に向かう主人公のフランキ―堺の台詞である。
ふさえ、賢一さようなら お父さんはあと二じかんほどしたら、とおい とおい とこへいってしまいます。
もういちど会いたい、もういちどいっしょにくらしたい・・・・
おとうさんは生まれかわっても人間にはなりたくありません、人間なんていやだ。
もし生まれかわってもウシかウマのほういい・・
いや、ウシやウマならまた人間にひどい目にあわされる。
どうしても生まれかわらなければならないのなら、いっそふかい海のそこの貝にでも・・
そうだ貝がいい・・貝だったらふかい海のそこでへばりついていればいいから、何のしんぱいもありません。
ふかい海のそこだったら戦争もない、兵たいにとられることもない。 ふさえや賢一をしんぱいすることもない
どうしても生まれかわらなければならないなら、私は貝になりたい・・・
画像
1枚目:直江津捕虜収容所跡地の平和公園の碑。ここで60名ものオーストラリア兵が病死した。
2枚目:直江津捕虜収容所跡地の平和公園にある笛を吹く天使のモニュメント
3枚目:展示資料館内にある太平洋戦争中のオーストラリア軍の軍装。
4枚目:直江津捕虜収容所の看守が絞首刑された跡地に建つ碑。ここでは東条英機首相なども処刑された。
5枚目:処刑場のあった巣鴨プリズン(巣鴨拘置所)は、現在池袋のサンシャイン60ビルのあるサンシャインシティになっている。
直江津捕虜収容所跡地・平和記念公園・展示館の紹介
↓
http://www1.ocn.ne.jp/~seikei/nadachikirai/naoetsu.htm
直江津捕虜収容所
↓
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-3naoetu.htm
|
深い言葉です・・
シベリア抑留の話は知っていましたが・・
日本もやはり・・こういう事があったのですね・・
人が人でなくなる所・・それが、戦争なのですね・・
2008/1/21(月) 午前 5:26 [ TOMO(親父臭に注意) ]
解るような ホントの意味で解らないような.....難しいですね
現代の自分に置き換えると解るような...。
でもホントの意味で当時を知らない私の考えは甘いのかな?とか
人だけでなく動物の命まで奪ってしまう戦争と云うものが未だに
私には理解出来ない物です☆
2008/1/21(月) 午前 6:14
皆様! おはようございます♪ 早起きですね(*^_^*)
経験してないからわからないけれども
もしその当時に存在していたらそう思うかもしれないです☆
2008/1/21(月) 午前 6:36
TOMOさん、NINAさん、ティナさん〜
おはようございます〜☆
「直江津捕虜収容所 私は貝になりたい〜」の記事を書きながら寝てしまいました(^^ゞ
追記して画像UPしました。
皆様へのコメントは用事をすませてからゆっくりさせていただきますm(__)m
2008/1/21(月) 午前 10:11
TOMOさん♪
シベリアの抑留も悲しい歴史のひとつですね。
平和記念公園には処刑された看守の墓碑もあります。
2008/1/21(月) 午後 4:47
フランキー堺のこのテレビドラマは、
私も見ました。いまでも記憶に残っています。
私は貝になりたい・・
あのラストシーンは鮮烈ですね。
2008/1/21(月) 午後 4:51
NINAさん♪
戦争はいけません。なのにいまだに世界では争いが続いています。
2008/1/21(月) 午後 4:51
ティナさん♪
戦争体験者が年々少なくなっていきますが、戦争の悲惨さは後世に伝えていかなくてはいけませんね。
2008/1/21(月) 午後 5:01
ワッキーさん♪
わたしはリアルタイムでドラマを見ていませんが、「私は貝になりたい」はフランキー堺主演で映画にもなりました。
あのラストシーンを見ると、とても悲しくなります。
2008/1/21(月) 午後 5:09
絶対に戦争はしてはいけません。
ラストシーンのセリフ、悲しすぎます。
去年、平和記念公園へ行こうとして、道に迷いました・・・
春になったら、行って来ようと思います。
2008/1/21(月) 午後 7:57 [ flo**n0924 ]
悲しい現実ですよね。。。
二度と繰り返してはならないこと・・・私達も語り継いでいかなくては」ならないですよね。
2008/1/21(月) 午後 9:20
そふぃーさん♪
平和記念公園までの道のどこかで迷われたのですね〜
今は雪が積もっているので春になったら訪ねてみてください。
資料館も見学してみてください。
2008/1/22(火) 午前 7:33
けらさん♪
そうですよね。戦争の悲惨さを語り継いでいかないといけませんよね。
日本がアメリカやイギリスと戦争したことも知らない子供たちがいます。。。
2008/1/22(火) 午前 7:37
戦争なんて絶対にダメですよね・・。
あたしも平和記念公園に行ったことありますよ(^^)
もう何年も前ですけどね(^_^;
2008/1/22(火) 午後 6:44
のらさん♪
戦争はいけません!
のらさんも平和記念公園にいかれたんですね〜
世界の平和を祈ります。
2008/1/23(水) 午前 7:46
「私は貝になりたい」のリメイク版を、幼少期にTVでみました。
(所ジョージさんが主役だったと思います)
最期の言葉は、今でも私の頭に焼きついて離れません。
戦争はよくないと知りながら、堂々と正論を主張すると
私達の親の世代(鬼畜アメリカの世代ですね)に「偽善だ」と
言われます。たしかに、憎しみを知らない私たちの世代には
わかりづらい感情もあると思います。
でも、、、このお話はそういう次元を超えた何かをおしえてくれます。
思い出させてくれて、ありがとうございました。
2008/2/1(金) 午後 3:24
黒猫さん♪
所さんのリメイク版「私は貝になりたい」もありましたね。
多くの人たちの命を奪ってしまう戦争・・
戦争のない世の中にできないのでしょうかね〜
2008/2/2(土) 午前 0:54