日本桜宇宙絵物語より 枇杷おどしー2
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恋愛あらがきもの(現代版光源氏=手毬彦)
日本桜宇宙絵物語(やまとみそらえ・ものがたり)より
第45香(こう) 枇杷おどし(びわおどし)ー2
戯香手(げこうしゅ) 桂 川 嵐 (かつらがわ・あらし) 歌 辞(か じ) 瑠璃宮 永遠年 (るりっく・とわね) * 甘いもん処<向こう枇杷>の名物お菓子はー枇杷おどし。会場の変更でお手持ち(手土産)の増加にてんてこまい。跡取り娘の花青楓は質素に育てられた。
若手歌舞伎役者・橘浮世之輔(たちばな・うきよのすけ)は甘いもんも好きで、祇園の老舗<向こう枇杷>もひいきにして知っていた。
跡継ぎの花青楓(かえで)もお店のお得意様のご依頼で幕間に、差し入れのお菓子を、彼に何度か届けたこともある。
橘浮世之輔は歌舞伎界の新進プリンス、白塗りの舞台映えもし美貌からー跡継ぎの無い歌舞伎の幹部の芸養子となり、大役を演じて話題の新進である。
五月公演の舞台を、看板一枚目に名前が上がりー新作<切られ写楽>で、華やかな客席を入手困難な暗黒(ダーク)・シートに変えていた。
しかし最終日曜日・お得意先の団体客の集団キャンセルが起こった。 三日前に起こったー北陸沖大地震の余波である。
石川、福井県の団体客が身内を襲った不幸に、観劇どころでなくなったのである。
そちら方面のなじみも多く、花青楓は不幸中の幸いぶりを何としても、願わずにはいられない。
南御所流の臨時特別公演の代金は、当初はお弁当付の一万円なのだが、舞台を錦座に変更したこともあり、一挙に五万円代に跳ね上がっていた。 五が不幸には縁のないのに加え、見舞金として地震の被災地に贈られる兼ね合いも含んでいた。 ご宗家の紫陽花の葉による殺人未遂中毒事件やら、美女桜朝霧彦氏への狙撃事件など、不祥事の多発により、多くの観客を望まなかったためにー興行側がわざと値を上げたと噂されていた。
横浜の美女桜朝霧彦がー祇園平部に通い、宗家の九品雪句蝶桐山は祇園甲部を愛し、<世界むらさき教会>の大冠主・白鳥城黒蝶天は、先斗町をそれぞれひいきにしていたのも、隠れて有名なのである。
何れにしてもこの三人が、かっての軍隊仲間でありながら、同じ空の下の薪でお能をうつのだから、何か起こらない方が不思議なのである。 本来予定の三人の老主役が、それぞれの血縁の若い孫が代役になったからといっても、劇場の客席千五百人が一気に増えたとはいえ、争奪戦のなわばりを求めて、芸どころの花町・料亭、置屋どころかー市内の一流ホテルのコンシェルジュに問い合わが殺到したのである。
切符を手にできなかったーいやがらせの電話も、全国から通話の切れる順番を多く待っていた。
甘いもん処<向こう枇杷>本店では、公演の変更にともない、お能の老宗家好みの銘菓<枇杷おどし>の数量が間に合わなくなっていた。
当初屋外で三百だったのが、一千八十六席大劇場丸ごと分が追加されたのである。
ご流派の四百年記念である上に、お手持ち祝いの意味もぶらさがり、すぐれたものが欠かせなかったのは当然だ。
古来ー京都の町は売り込みを嫌う。客寄せの配慮の無さ・もろだしも荒っぽさとしてーきらう。
躾も冬の海にうちよせる岩肌の味はきらわれー竹林の微風にしなるその緑の美しさが、影でもてはやされるのである。
いわばそれをーご商売のMiyabiyakasa(優雅さ)ーとでも、申しましょうか?
商売でも配達先のお隣りに挨拶のお声はかけても、手を出さないお行儀のよさがー何よりの美徳と賞賛されるのである。
ここに磨き上げられたー小さくても美しい伝来の世界がある。
儲けのすくなくても箱庭の中の雛人形のようにーゆうゆうとかしこまっていれば、互いの引き立ての伝統がそれなりの結び就きの応分を、もたらしてくれるのだ。
老舗<向こう枇杷>では、本来五個入りを三個にまで減らして急場を、しのぐことになった。これなら追加分も何とかこなせそうな数にはなった。
新たな化粧箱と袋の追加、熨斗紙(のしがみ)の手配に店中が、それこそいるなら冷蔵庫の裏のくもの子一匹まで動員して、この急場をしのぐことになつたのも、当然である。
清らかな白川のほとりの作業場も、朝から賑わいにさぞかし三日前から、急がしかったと思われる。
本店の営業もオープン中なのである。
それやこれやので、小川家の当主・草原彦(のはらひこ)も娘・花青楓(かえで)も疲れてぐぶったりとしていた。
何とか先方さんの顔もたてられて、うまいと心底お茶にたどりつけたのも、公演の一日前の夕刻であった。
京の町は五月だというのに、近年の地球の何とかが原因とかでー大きなゆでうづらの卵にも似た、根も葉もあるみごとな熱い噂の津波に、古典芸能好きな耳隙間を、丸くふくらませ続けていた。
それは夏を告げる祇園祭のお稚児さんー先頭の注連縄切りの胸騒ぎと厳粛さに一種似ていた。
こんなうわさ話に、町中の女達の間に浮き立っていた。
「興行主の御流派のご宗家はんが、お倒れなされてー孫の夢呂地さんが、美女・楊貴妃はんの代役を、お努めになるそうやで?」 「あんたはん、知っていんなさるのかェ?」
「会場が変更になったばかりやおへんェ、それも四条通りに面したー古風な錦座になったんやて」 「お陰であそこは、大っきな容れもんやさかいに、臨時切符が売りにでてるいうやおへんか」
「すぐに、お客さまに手配せんと」 「何でも、最初予定されていた興仁寺さんが、この度の北陸沖地震でー表向きはご自慢の境内の三重塔がぐらりときてしもたとか、もうえらい騒ぎになっとんやで」
「国宝のお寺の改修中の庭の土塀もゆるんで、倒れるおそれがあるさかいゆうて、会場の変更をお家元さんに、潔く申し出られてなー?」
「それに老ご宗家の蝶桐山はんがー例の紫陽花の中毒事件で、舞台に立てられしまへんのやて、もったいない」
「主役(まんなかの)の浦島太郎役・横浜の美女桜朝霧彦はんが、去年の発砲事件の傷がぶり返して、あかんのやがな。
こちらも、急でーお役を辞退、ごもったいないことどすねんわ」
「その御前の代役もこちらはね、新しいご養子さんのーほれ、高階屋デパートの宝石催事場でも見かけたことのある、あのハンサムな手毬彦さんやて。
こちらは、嬉しいわ」 「三番目のシテ役ー<枇杷の精>も、当初<世界むらさき教会>の大冠主・黒蝶天さまが体調悪化でご辞退なされて。
こっちも代役をお立てになさるそうやで、何でも熱を出されたと聞いておりますのや」
「京都のお白さん(京都では神社・仏閣の意味)は、地震の被害はそれほどでもないのに。
何で、あの興仁寺はんーとこだけが?}
「一体、どうないなるのやら、今回の記念公演は気が気でおへんぇ」 京町衆は口が堅くて保身の術あたりが有名なのだが、身の安全な裏側では、口もすべらかに全国どこの市町村の噂話とも変わりはおへんのどす。
花青楓の母・小川舞子は、本店の閉まいぶりを見に行くとつぶやいて、お茶もそこらそこに切り上げて、夫と娘を残して作業所を後にした。
「こんな時にこそ、しっかりご商売せんとあかんのやで。
こしっかりとお店を護らんと」 舞子は夕暮れの客さばきに、元気よく本店に向かった。 「ほな。わしも行ってくるで、先に熨斗(のし)の上書きを頼んであるさかいんにや。
もろうて来るし」 今年五十四の父も、戦後時代から遣われているチャリンコを漕いで、わざわざ自分で貰いに行かないと気がすまない性質である。 父・草原彦(のはらひこ)のある種の几帳面さは、娘の花青楓(かえで)にも受け継がれている。
彼女の小学校の遠足の時に須磨の水族館に遊んだおりに、電車のホームで押されて片方のズック靴を、隙間から落としてしまったことがある。
それで大学をでたての若い女子(おなご)先生が、線路に落ちているぽっかと開いている彼女の靴を拾っては気の毒に思い、新しいそれを後から自分の財布で買って届けてくれた事件があった。
「へェ、先生。
おおきにさんどす、そいでもこの児には、贅沢を教えておらんのどす。 開いた靴先は最初から、物のありがたみを学んでもらうために、最後まで遣わせるつもりどしたんどす」
父である草原彦がやんわりとした地元弁で、東京出身の若い才女らしき担任にわびた。 父のそんにていたんな言葉の中にも、皮肉のお礼をのべていたのを思いだした。 <その3>へ続く。 |
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