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2011年12月6日にセヴェロモルスク(ロシア北西部)を出港し、12月23日に地中海入りし、2012年1月8日にシリアタルトゥースへ寄港したロシア海軍重航空巡洋艦「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ」ですが、予定よりも1日早い2月16日にセヴェロモルスクに到着しました。


セヴェロモルスク沖に投錨する「アドミラル・クズネツォフ」
イメージ 1

左側はアナトーリー・セルジュコフ国防相
右側は「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ」艦長セルゲイ・アルタモノフ
イメージ 2

「アドミラル・クズネツォフ」航空機格納庫内
イメージ 3

セルジュコフ国防相のスピーチ
イメージ 4

記念撮影
右端はアルタモノフ艦長
イメージ 5

イメージ 6



動画ニュースサイト『TV-Zvezda』より。
2012年2月17日22時10分配信
(動画あり)

今回の「アドミラル・クズネツォフ」遠距離航海には、『TV-Zvezda』(「ズヴェズダー」テレビ)のコンスタンチン・イサーエフを始めとするスタッフが同乗し、随時ニュースを発信していました。
(『TV-Zvezda』の動画に登場している眼鏡をかけたリポーターがコンスタンチン・イサーエフ氏)

『ズヴェズダー』スタッフは、Su-33の主翼下パイロンにカメラを据え付けて空中撮影していたようです。

「ズヴェズダー」テレビでは、近い内に今回の「アドミラル・クズネツォフ」遠征の特番を放送するようです。

2012年2月17日22時05分配信
(動画あり)

空母「アドミラル・クズネツォフ」の遠距離航海は終わりを迎えた。
乗組員は、最後に彼の家族や友人と会った。
数分の間、巡洋艦の格納庫は、恋人や友人のキスの為の巨大なプラットフォームになった。

現在、乗組員は、合計で3日間の休暇を取っている。
月曜日には、再び勤務を始める。艦は新たな航海を準備する。


この動画を見る限り、「アドミラル・クズネツォフ」セヴェロモルスクを離れ、ムルマンスク郊外の係留地(第35艦船修理工場「セヴモルプート」岸壁)に戻っているようです。
(Google Earth「アドミラル・クズネツォフ」が停泊している場所)

0:21辺りから写っている士官は、「アドミラル・クズネツォフ」艦長セルゲイ・アルタモノフです。
0:33辺りで、息子と再会しています。
0:58からは、アルタモノフ艦長の妻(スヴェトラーナ)が登場しています。

今回の遠距離航海は、セルゲイ・アルタモノフ「アドミラル・クズネツォフ」艦長に就任してから初めてのものでしたが、41歳の若い艦長は、それを立派にやり遂げたと言えるでしょう。


今回の地中海遠征は、「アドミラル・クズネツォフ」にとって4度目になります。


第2次遠征を除き、全てシリアタルトゥース(ロシア海軍補給拠点)まで行っています。
そして、いずれの場合も、12月初頭に出港し、翌年2〜3月に帰港するというパターンを取っています。

第1次遠征と第2次遠征の間が随分と空いていますが、これは、第1次遠征から帰港した後の1990年代後半以降、当時のロシア海軍の極度の財政難により「アドミラル・クズネツォフ」の整備が満足に行えず、地中海まで行ける状態に無かった為です。
(地中海遠征自体は、2000年以降に何度も計画された)
この当時、「アドミラル・クズネツォフ」は、ウラ・グバ港で放置されていました。

第3次遠征と第4次遠征の間も数年間空いていますが、これは、この間に随伴艦給油船の都合が付かなかったのと(北方艦隊バルト艦隊からアデン湾海賊対処部隊を出していた為)、「アドミラル・クズネツォフ」ムルマンスク郊外ロスリャコヴォ浮きドックで修理を行なっていた為です。


今回の地中海遠征を、シリアのアサド政権支持の為の意思表示だと見なす者も結構いますが、これは、純粋にロシア海軍の都合(より正確には台所事情)だけで実施された遠距離航海である事を覚えておく必要があります。
「では、何故この時期に行ったのか」って?
ただ単に、これまでの地中海遠征のパターンを踏襲しただけです。
ロシア海軍常設補給基地でもあるシリアタルトゥース港まで行って帰ってくる事も含めて)
旧ソ連海軍時代にも、北方艦隊の艦艇が地中海遠征を行なう場合、「12月出港、翌年2〜3月帰港」というパターンは多かったものです。

ただ、昨年11月末に、ロシア国防省関係者が「シリア訪問は計画されていない」と発言した事が報じられているので、国防省内部でシリアへの寄港は止めた方が良いという意見も有ったようです。

しかしロシア海軍側にしてみれば、タルトゥースが占領されたとか破壊されたとでもいうのならともかく、「ロシア海軍補給物資供給所」として正常に機能しているのなら、寄港を取りやめる理由は無かったという事です。

第一、今回の遠征は、シリア情勢が不安になる以前の2010年に計画されたものです。

軍は、ロシア艦艇のシリアへの航海は、1年前から計画が立てられてる事を理由に、現地の事件とは何の関係も無いと反論した。
「タルトゥースへのロシア艦艇の航海は、シリアで発生した事件に対する意思表示として認識されるべきではありません。
この航海は、何も事件が無かった2010年に計画されました。
その活発な訓練を、延期したりキャンセルする理由はありません」
海軍総司令部の代理人は述べた。


上でも触れていますが、「アドミラル・クズネツォフ」は、2010年6月から9月までムルマンスクの艦船修理工場でオーバーホールを行なっていました。
つまり、2010年から(地中海への)遠距離航海の為の準備を行なっていたという事です。
これを、(2011年春以降)政情不安に揺れるシリアのアサド政権支持の為に計画したというのならば、ロシア海軍総司令部や北方艦隊司令部の方々は予知能力を有するエスパーという事になりますが・・・・

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