日記
今日の出来事(還暦親父の一日)いつもの様に朝4時に目覚める。(歳のせいではなく若いときからだ)付けっぱなしのラジオスウィッチを切り何と無くニュースを見るつもりでTVを付けるとアメバスをやっていた。ボ〜と見ていると映画だった。本当に見たい訳でもなく何と無くである。面白かった。泣けた朝から。題名は「愛のダンクシュート?」だったと思う。簡単に言うと、人を愛するという事はスタイルとかキレイとか要は外面でなくその内面をどう見るか?ハートの問題だと言う話だが若いときはどうしても・・・それも理解出来る。しかし、歳くってるだけでしたり顔で解った風な説教たれてアンタ何様だ!と、親父も思っていたし、言った事もあった。今、思う。今だから解り、言える事がある。我、息子よ娘よ、年配者の言葉には素直に耳を傾けろ、何時かは役に立つ(本当だ)。愛犬と共に散歩に出た。 今朝の東の山(野根山街道)昨日の雨も上がり青空も覗いていた。
今日は月に一度の定期健診日だった。安芸病院にいく。別に変わった事もないと思うが、検査と薬位は貰っておかないと・・位に思い行く。やはり、あの場所は馴染めない、当たり前か。何とかならないものか病院。鬱の患者がいけば余計に重くなりそうだ。 新しく建設している新生、安芸病院に期待しよう。これからはお世話になる事も多くなりそうだから・・・・・イヤだナ・・出来るなら・・・・みんな、思っている事か・・・・・(笑) まるでベルトコンベアに乗った物のように機械的に順繰りにすべてが流れてゆく。医者の言葉さえも当たり前の事をロボットのように繰り返し、呼び出す看護士の声はやけに甲高く頭に響き、その音が耳鳴りのように渦巻いて聞こえてくる。思わず吐き気を催しそうになり疲れがドット出る。早く、家に帰ろう・・・・・・。 気になっていた事があったので気分転換に済まそうと思った。先日から事務所の玄関脇の「キンモクセイ」の木が枯れかけていた、聞くと、一緒に植えていた「バラ」がほこり過ぎて一緒では無理らしい。植え替える事にして、プランターを作ろうと思い知人の板材を頂きに行ったら捨てていたプラスチックのやつがあった。本当は木製で作ろうと考えていたが「マァ、いいか・・これでも」・・手抜きである。貰って来て植え替えた。 実はこの写真は二度目の植え替えである。一度目はやっと終った。と、思ったら、
「ベキッ」右手の部分が割れてかやしてしまった。捨ててあったハズだ。朽ちていた。 しかたない、動かす為に下手に触ると又割れててしまう。隣みたいな鉢台を作ろう。 端材で作った。色も塗った。立派で丈夫なヤツが出来た。これなら、白鳳が乗っても壊れないだろう。早速、乗せてみた。ついでに、新株も追加した。あとは、在り付くかどうかだ?知人が言った。「アホか、鉢の割には多すぎる。又枯れるぞ」・・・・ガビッ〜ン その後・・・・例の有機農業Uターン青年に貰った(よく色々貰うナ)プチトマトの白?か黄色か?透明か?(とに角、赤では無い)の苗を植えてみた。普通に植えても面白くないので名前を付けその成長過程をレースにして楽しむ事とした。 今日5月22日、午後6時現在、全員、役40センチだ。一番左の昭ちゃんは少しハンデがあるが鉢の大きさでガマンして頂くとする。どんなになるか、楽しみが又、一つ増えた。ところで、プチトマトって何時頃、食べれるの?みんなを呼んで、又、お客だ・・・・
何時の頃からか、還暦過ぎたら、あとの人生はオツリだと思っていた。 残された事はどういった死に様をするか?等とカッコつけて考えていたが、医者には行くし、健康についても考え始めた。次から次へとすべき事とやりたい事とやって置くべき事が日々、生まれてくる。これは、喜ぶべき事なのか?イマイチの天気の中、考えている。 |

