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震災・原発・復興関連

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よくぞ言った





昨日のテレ朝の震災番組の最後に古館伊知郎が発言した言葉。

「原子力村の存在を追求してゆく」

「もし圧力がかかって番組を切られても私は本望」


もし彼の想いが本気であるならば、全面的に応援します。

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1年前の新聞

イメージ 1



本日は3月11日の大震災1周年を前にした3月10日。
世の中がまだ平穏無事だった最後の日(3月10日)から1年、とも言い換えられる。
3月10日がどんな日だったかなど覚えているはずもない程、普通に普通の1日だったはず。
そして翌日の震災を経て様々な事象と共に私たち日本人が歩んだ1年間。
月並みな書き方だけど、本当に時間が経つのは早いものだよね。


震災翌日(3月12日)から4日間の読売新聞の朝刊、夕刊を今でも保存してある。
保存、といってもこれまで殆ど読み返すこともなかった新聞紙だが、
1年経ってせっかくなので1日ずつ細かく開いて端から読んでみる。


12日朝刊の時点ではまだ当然ながら被害の全容は掴めておらず、
膨大ではあるが断片的な情報が全頁に亘って載せられている。
13日朝刊では前日12日に発生した福島第一原発の爆発事故が1面。
14日以後も計画停電をトップにして原発事故の続報、被災地各地の状況、
生存者の救出その他の情報に紙面が割かれている。


震災以後は政府や大手メディアの情報の伝え方にもいろいろ疑念が生まれてしまい、
額面通りに受け取ることも出来ないような記事もたくさんあったけど、
発生直後に関しては伝える側も受け取る側も何処も彼処も混乱の極みだった。
仕方の無い部分もあったかと思う。


救出された赤ちゃんを笑顔で抱き上げる自衛官の方の、心を打たれる写真もあった。
この時の赤ちゃんは元気で健やかに育っているのかな。

イメージ 2



もちろん時間を取り戻すことも歴史を変える事も出来ないが、
あの日のあの時にあの地震や津波がもしも無かったら。
今日も明日も1年前の3月10日のように、当たり前に過ぎ去ってゆく普通の日々だったのだろう。


あまりにも失ったものが大きかった3.11だったが、私などができることは
志半ばにして不幸にも亡くなられた方々の分まで今を精一杯生き尽くしてゆくこと、くらいしかない。
そして直接でも間接でも被災地や被災者の方々の役に立てることがあれば自分なりに考え、
これからも実践してゆきたいと思う。決して自分の気持ちの中で風化させないためにも。


改めて亡くなられた方へのご冥福と、被災された皆様へのお見舞いを心より申し上げます。

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FROM 3.11

せっかく自由に書けるブログなので自分なりに今年も1年を総括しようと思うが、、
やはり今年は震災とそれ以後のことを避けて通ることは出来ない。今日は少し振り返ってみたい。
ちょっと長くて真面目にダラダラと書くが、自分自身のまとめとして残しておく。


3.11、当日。
皆さんと同じように、あの瞬間のことは今でもまだ鮮明に記憶の中に残っている。
職場内に居た人と手を取り合って外に逃げた。気が遠くなるほど長く揺れ続けていた。
通りを走っている車は止まり、商店街中の人たちが表に出て不安気に様子を窺っていた。
落ち着いてからTVをつけると東北がとんでもないことに・・・なっていた。


3月当時のこのブログを覗いてくれてた方々は少し覚えてくれてるかもだが、
私が幼少の頃から世話になり懇意にしてもらっている親族が多数、岩手の宮古に居る。
その宮古も含めた東北沿岸部を襲った甚大な津波被害。連絡は途絶え、当初は全く安否も分からず。
最悪の事態も覚悟し、藁をも掴むような思いで様々な方面から情報収集をした。
そして宮古市全体の安否情報としてまとめ、しばらく毎日ここに記事を載せ続けた。
私がここで出来たことは断片的にSNS等に寄せられてくる情報の交通整理のようなものでしかなかったが、
「宮古 災害」などの検索で引っ掛かりやすかったらしく、同じように宮古に身内・友人がいらっしゃる
多くの方々が訪れ、切実なコメントを沢山頂いた。

「宮古に住む○○という者の身内です。ほんの僅かな情報でもいいんです。お願いします。」

「○○町に住む○○の安否はご存じないでしょうか、もし分かったら教えてください。」

そうした方々にどれだけお役に立てたかは分からない。というか実際には何の役にも立てはしなかった。
中には私とのやり取りではなく、身内が見つからずどうにもならない思いを吐き捨てるように、
独り言として声にならない声をコメ欄に書き綴った方もいらっしゃった。言葉の掛けようが無かった。
本当に不幸中の幸いとして私の親族は全員被災したものの、誰1人欠けることなく無事だった。
それでも日々伝えられる悲惨なニュースを目の当たりにして、気が晴れることなどあろうはずもなかった。
あの時コメントを頂いた皆さんのお身内はご無事だったのだろうか。
やはり亡くなった方も多くいらっしゃるのだろうか。それを思うと今でもやりきれぬ気持ちになる。


9月になってようやく宮古へ見舞いに行くことが出来たが、被災の爪痕はまだ色濃く残っていた。
そこにあった街並みは消え、壊れた建物は数多くそのままになっていた。
親類からは学校体育館での不自由な避難所生活や、半年に及ぶ被災地の現状の詳細を聞いた。
身内だけでなく現地の方々も避難所生活を経て、仮設住宅や自分の家から元の生活へと戻っていたが、
そこにはあまり外側から窺い知ることの出来ない様々な現実も横たわっていることを知った。
彼らにとってはこれからがそうした現実との戦いの始まりであり、かろうじてやや外側に居る私たちは
可能な限りいつまでも見守りつつ、応援してゆかねばと思った。
しかしそういったものを見聞きしながら少しは何かを自分の肌で感じたり、
何とかしなきゃと頭では思いつつ、結果的には自分の生活や身の回りのことで精一杯の毎日だったり。
この1年間はそんなジレンマな日々の繰り返しだったような気もする。


イメージ 1


とにかく今年は震災を軸にして、時間の進み方が全くこれまでと異なる様相な年だった。
日が経つにつれ、今度は原発事故の収束を巡る状況の中で様々に伝えられる情報を頭で処理しきれず、
この先どうなってしまうんだと不安な気持ちばかりが先立った。
果たして原発って本当に必要なんだろうか。この国の経済は原発がないと回らないものなんだろうか。
一度事故れば人々の生活を一変させるほどの影響力があるものを使い続けなければならないのだろうか。
誰かが泣いている陰で誰かが私腹を肥やしてほくそ笑んでいるのではないだろうか。
そして私たち国民1人1人はどれだけ本当のことを知っているのだろうか。或いは知らされているのだろうか。
考えるほどに不確かで理解できないことばかりだ。もちろん今でもその答えは分かるはずもない。
でも私たちはそんな社会の中でこれからも生きてかなきゃならない。


震災も原発事故も時間がどれだけ経とうが、決して風化させることなんて出来ない。
近い将来でも遠い将来でも、その時点できっとまた様々な問題点が新たに沢山出てくるんだろう。
3.11以後のそうした新しい時代、環境の中で、何を考えて一歩前に進めばいいのか。
また来年も足りない頭で想いを巡らせてゆきたい。
そして考えるだけでなく少しは行動に移せる人間でもありたいと思う。


改めて犠牲になった方々のご冥福をお祈りすると同時に、被災された皆様へ心よりお見舞い申し上げます。


イメージ 2

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「 blind 」

一部で話題になっており、もうご覧になった方もいらっしゃるかと思う。


たった5分少々で終わってしまうショートムービー。
物語は2016年、今から5年後の東京が舞台・・・とのこと。


防護マスクでの外出が日常となった世の中。
電車内のモニターに映し出される放射能の拡散予測。
そして、マスクを取った女の子。


その5分間に描かれた光景は衝撃的であるが、
製作者の伝えんとする意図は充分に伝わってくる内容だった。


観る側によってかなり受け止め方に差が出るのではないかと思われる。
かなりデフォルメされた表現もあるし、何を大袈裟な、とみる向きもあるだろう。
或いは現実に起こっている事象について、改めて深く考えるきっかけとなる人もいるかもしれない。
全く無関心で何も感じない人だって大勢いるだろう。それはそれで良しかと。考え方は自由だ。
私の感想はただひとこと。


 「大袈裟で誇張された絵空事で、あって欲しい。


物語の最後には 「現実に目を閉ざすものは、未来に盲目である」 と書いてあった。




※ 一応貼っておくけど、軽い話ではないので観たい人だけどーぞ。積極的にはオススメしません。

ショートムービー「blind」

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ドイツTV局の番組より

今回の震災・原発対応に関しては日本の大本営発表大手メディアより、
一部国内ネットメディアや海外メディアの伝え方に信頼性を置きながら、情報を仕入れていた。


この番組は、ドイツのTV局ZDF「フロンタール21」シリーズがつい先日の 8/26 に放送した番組。
それをさっそく誰かが翻訳してこうしてUPしてくれているので有り難い。
もし関心があれば、お時間ある際にでもご覧なってみてください。でも必見ですよ。


しかしどうしてこうも、国内・外で伝え方にここまでの温度差や見方の角度の違いがあるのかね。
自分の国のことなのに。正しいことを伝えない側の連中たちは、一体何を守ろうとしているのだろう。
全く不思議で仕方が無いよ。




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