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日本には昔からの体の動かし方があり歴史に裏打ちされている。
それは自分でもわかる。
筋肉を部分で考えるより、武術的な考え、体全体で感じて動くことを考えた方が非常に動きやすい。
欧米には欧米のからだの動かし方があり、それは欧米人に合うものだ。
それは欧米の歴史に裏打ちされている。
同じ人間でもずっと違う場所で進化してきたのだから違う部分もあって当然。
だから欧米の真似はしてはいけない。
どちらにも特有の型がある。
しかし型(体の動かし方)は違えど共通することがあると思う。
どちらも頭で考えてはいない。
体で感じて動いている。
選手は体の部分を考える必要はない。と思う。
部分ばかり考える癖がつくと、試合でも部分で考えてしまい考えられなくなる。
部分の不調を整えるのがトレーナーの役割ではないか。
トレーナーは体について知っていてもプロにはなれない。
感じることのみ出やっていくことを捨て、部分を知り、選手をサポートすることを決意しなければならない。
その覚悟が必要だからこそ、トレーナーは大変なのだ。
しかも感じる+部分を考える、ことを両方しなければならない。しかも自分の体ではなく他人の体を見て感じなければならない。
これほど難しいことは内ない。
選手は感じるだけでいい。
だからといって部分で考えることを捨てていいといっているわけではない。
トレーナーは部分も知り、全体も知らなければならない。
裏も表も知らなければいけないから難しい。
だから勉強して、感覚とすり合わせ、新しい発見をしていくことが重要なのだ。
学+感覚
で新しい発見をしなければならない。
ある意味求道者で、禅に近いほどの厳しさを感じる。
冒頭にも書いたように、日本人は日本人の体の動かし方がある。
だからアメリカに頼るばかりではなく、日本独自のものを確立しなければならない。(武術がそれ、とも言える)
日本人を強くしたいなら日本人を見なければならない。
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