世界中の誰よりきっと
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「世界中の誰よりきっと」1992年10月の作品。 この当時、アイドルもバンドブームも過ぎ去り、おまけに経済もバブル破裂をようやく認識し始めた年であります。 そんな中でアイドルとバンドが手を組む・・・ あるいはビッグネーム同士が共同で作品を作るなど、最近の言葉で言うところの「コラボレーション」が始まった。 今では失われた10年とも20年ともいわれる90年代。 厳しい芸能界で生き抜くひとつの手段としてコラボがありました。 菊池桃子は、1988年という早くに「ラ・ムー」というバンドの中で歌った。 あまり成功したとは言い切れないが、これまでのアイドル観が大きく変わっていく予兆であった。 90年代、あるロック・アーチストは往年のヒット作をアコースティックで演じるといういわゆる「アンプラグド」というスタイルをとりはじめた。費用をかけないバンドスタイルでもある。 80年代「ビートがなければ音楽じゃない」とまで言わしめた時代への反動ともいえるかもしれません。 またもう一方で、小室哲哉というプロデューサーの手腕によって新しいアーチストがファミリーという形の中で生まれ、売れた時代でもある。 安室奈美恵はそのひとつの象徴であろう。 この流れをもっとアイドルに寄せて進化ささたのが、つんく♂プロデュースの「モーニング娘。」である。 そして現在の秋元プロデュースによるAKBへとつながってゆく。 ジャンルは違うが、プロレスも似たような動向があった。 プロレス界ももともとは力道山が始めた日本プロレスひとつしかなかったものが、力道山の死後、馬場率いる全日本と猪木率いる新日本の二大勢力に分かれ、80年代に多くのスター選手が輩出されたことにより、多数の新団体に分裂、雨後のタケノコのようにプロレス団体が叢生した。 しかし小団体が群雄割拠する時代はそう長くは続かなかった。 1995年ころの新日本プロレスvsUWFの団体対抗戦は、なかなか実現出来なかった新日本vs全日本交流戦に代わる大きな台風としてプロレス・ブーム最後の盛り上がりとなった。 これもコラボといえるだろう。 また90年代に登場したアーチストたちの特徴でもあるが、KANの「愛は勝つ」や槇原敬之の「どんなときも」あるいは岡本真夜の「TOMORROW」などに象徴されるようにいわゆる「応援ソング」がメジャーになった時代でもある。 マラソンの有森裕子選手が1995年アトランタ五輪で走り終わった後、名言「自分で自分をほめたい」が世の中の共感を得た。 これが歌にも反映されていたのである。 本来、良かったか悪るかったかというものは自身で判断するものではない。 客観的な目がそれを判断するだけなのだ。 しかし、そういう価値観がひっくり返っても誰も不思議と思わないことがこの時代を象徴する。 他にも歌詞の大きな変化があった。 嚆矢(こうし:はじまりという意味)は松任谷由実が1981年にリリースした「守ってあげたい」と思われる。 これまで男性が女性を守るというのがそれまでの一般常識。 それがこの歌詞にあるように男女の関係が大きく変化の予兆をみせている。 現実には70年代に起こったウーマンリブ運動や中ピ連という女性の地位向上運動があったのだ。 そして浜崎あゆみの楽曲の中の多くに男言葉である「ボク」を普通に女性が使うような形で歌詞に盛り込みはじめた。 また松田聖子の「私だけの天使」は、母子家庭を象徴するかのような歌を歌っている。 女性の独立宣言のような歌でもあるのかもしれません。 ここに草食男子が生まれてゆく素地が出来上がったのだ(笑) 歌詞は時代を内包し、未来への道標ともなる。 歌やドラマやおおよそ創作芸術というものには、人の心の奥底に眠っている何かが表象化したものかもしれないのだ。 では今の歌詞から現代を読み取るとどうなるか? 無意味な言葉の羅列・・・すでにパフィーがそんな感じだったが、混沌とした時代であることがわかろうかと思う。 いつもこの社会の出来事というのは、「その始めにおいては誰も気づかない」もの。 これはドイツの人文作家であるシュテファン・ツバイクの言葉でもあります。 だから電力会社が原発で大事故を起こすことも、野田内閣が大増税をしようとしていたことも慧眼の持ち主はちゃんと見抜いていた。 しかしどういうわけか大衆というのは物事の表面しか見ない。 だからいつも事が始まって、初めてその意味を知るのである。 さて、いつも長い前書き、お付き合い有り難う御座います。 いよいよ曲のご紹介だ(笑) 中山美穂 & WANDSによる「世界中の誰よりきっと」をいってみましょう! 「世界中の誰より」なんてプロポーズされたら女性はどう思うのだろう? この前、韓国語講座でやっていましたが、韓国で「愛してる」は「サランヘヨ」ですが、これは日常会話くらいの意味しか持たないようです。 韓国人は、別の言葉で愛の表現をしないといけないようです。 これを聞いたとき、はたと思ったのがなるほどそれで韓国の歌手はあんなに大げさなくらいに感情を露骨にした歌い方をするんだなぁと。 日本人は「愛してる」なんてめったに言わないから意味があるのかもしれませんね。余談です(笑) この「世界中の誰より」は、非常に息の長い曲となり、ヒットしたものです。 しかし最近は、忘れられているかも(笑) 作詞はこの歌っているご当人たち。 作曲は、織田哲郎。 この当時、トップクラスに売れていた作家のひとりであります。 織田氏は、原田真二のバックバンド「クライシス」に在籍していたギターリストの北島健二と仲がよく「WHY」というバンドをやっていた。 表に出る人というより裏方での仕事の多い人であります。 ちなみに織田氏の代表作は、TUBEの「シーズン・イン・ザ・サン」、B.B.クイーンズの「おどるポンポコリン」、ZARDの「負けないで」「揺れる想い」など提供曲は多数にのぼる。
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