〜見るだけ〜
窮視、すなわち覗き専門の人というのがいる。私の知り合いにも、
綺麗な奥さんや愛人がいるというのに、わざわざ夜の公園のアベックを覗きに行くという奴がいるのだ。あるいは、女湯の覗ける場所があると知るとどこへでも旅に出る。
このように、視線によって犯す、というマニアは昔からいる。
私などは、直接女体に触れた方がずっと良いだろうにと思うのだが、彼らにしてみれば、
覗きの悦びを知らない我々の気が知れないのだろう。
覗きの悦びは、神になった気分だという。あるいは隠れ蓑を着て、姿を消した気分かもしれない。
要するにこちらから見えて、相手から見えないというのが醍醐味なのだろう。
もちろん覗きながら○ナニーすることもあるだろうが、自分の快感はあくまで二の次、
アベックたちのより良いラブシーンや、女湯の美肌が見られるのが一番の幸せだという。
かくいう私も、実は覗き、というより○撮マニアだったことがある。
ビデオカメラを買った直後は、何しろいろんなものが撮りたくて仕方がなかった。
だから自分と彼女の○ックスなどを、せっせと撮りはじめたのである。もちろん相手には内緒で、
自宅のベッドで行うときは本棚の隅などにビデオカメラをセットしておくのである。
これは、○ックスを楽しみ、彼女が帰ったあと○撮画像を楽しめるという美味しい日々だった。
その画像を見る楽しみというのは、やはり見られていると知らない彼女の姿を見る喜び、
そして自分がまるで縮小し、
実際は入ることの出来ない本棚の隅に潜り込んで見るかのような映像の妖しさであった。
さらにピンホールレンズを買えば、直系一ミリの穴からの撮影も可能、
つまり紙袋にビデオカメラを入れ、小さな穴から撮影することも出来、風俗などの○撮にも使えた。
まあバレたらエライことだし、相手の了解も得ずに撮るのは犯罪なのだが
、全ては昭和の頃の話ということでご勘弁を。
結局、私が○撮の熱が冷めたのは、やはり○ックスに集中するため、であった。
隠し撮りしていると、どうしても少しでも良い構図にしようと考えてしまい、
せっかく自由になる女体を前にしながら気もそぞろになってしまうのだった。
それは肉体を開いている相手に失礼だし(○撮の方がもっと失礼なのだが)、
後に残さないからこそ燃える、ということもあるのだと知ったからだ。
やはり私は、貧欲に射精してなんぼというタイプの男であり、見るだけで満足、
という境地には程遠いのであろう。
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