今年も災害だらけだったけれど、一切負ける気はない。
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災害と言えば、関東・東北大震災が目立った一年ではありました。
津波被害は経験あるので、世間ほど驚きもしなかったけれど、福島第一原発の事故には驚いた。
原発事故そのものは予測もされていたので大して驚かなかったが、この日本の各界の専門家たちの事後処理の
その程度には驚いた。特に、政治家(屋)。民主党の管総理下だったので尚更でもあったのだろう。
ただ、一番驚いたのは、日立や東芝(IHI)などの重工原発産業のその後の対応だった。
日本の原発は、アメリカ原発産業を受け入れることから始まっている。
あの中曽根が若き大臣だったころの昭和30年代に異例とも言える裁定で、それが始まった。
どう考えても奇妙な裁定だった。
世界で初の原子爆弾被爆国の日本で、それも、その戦後10年ほどで、原爆を落としたアメリカから、落とされた
この日本に、今度は、原爆ではなく、原子力発電所と言う名の原爆の投下許可が下りしてしまった。
間違いなく、昭和30年代に、アメリカから原子力発電所の技術を輸入し、この日本で、原子力発電を解禁することが裁定されたのである。
(チト、休憩、つづく)
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