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甲子園球場 阪神西武戦

今日は甲子園に行って来た。
阪神と西武戦だけれど超満員、入場者数は46797人という。
阪神の帽子やユニフォーム姿の一目で甲子園行きと分かる人は高槻駅から
チラホラ。
梅田の阪神電車の甲子園行きの臨時特急はもちろん満員。
座席は1塁アルプス指定席だったが、とにかく空席ゼロ、一部(西武の応援席)を除き全て黄色一色。
 
試合は1回に2点先取され、そのあとブラぜルのソロはあったけれど、
全て得点にならず。
みんなイライラの連続だったが、結果は関本の死球でサヨナラ押し出し。
 
まあ、こんな世界もあるものだなあとただビックリ。
みんな日頃の鬱憤をここに来て晴らすのだろう。
世の中、こんなところもあっていいのかと思った次第。
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教職半世紀を祝う会

学校の先生を続けて半世紀、教えて来た学校は高等学校7校に、非常勤講師として大学や専門学校だ。
 
通算して約50年の教師生活の区切りとして、教え子たちが企画して祝う会が開かれた。
 
このように、学校が異なる生徒がつながっているのは、「ハロハロ通信」を先生が出版された時から、各高校の横断的な事務局が出来、毎年1回の会合を続けて来たからだという。
 
ちなみに「ハロハロ」とはフィリピンのタガログ語で「まぜこぜ」という意味らしい。
 
この先生とは、以前からいろいろな交流会でお付き合いがあり、このたび
「DVD」の制作をさせてもらった。
DVDは昨年突然亡くなられた奥さまを偲ぶものだったが、今回の祝う会に上映するとのことだった。
 
今日のお祝いの会は117名出席で、いろいろなスピーチがあったが、みなさん思い思いに歓談されていて、折角のスピーチも前半分の人だけが聞かれていた感じだった。
 
奥さまを偲ぶDVDの上映もこの調子だと雑談で消されてしまうかと心配したけれど、これは取り越し苦労に終わった。
 
おもえば、遠く北海道からも駆けつけて来られた人も居られ、本当にいつまでも師弟の絆の深さを感じた今日の集いだった。
 
 
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          スプラウト制作のDVDを観賞される皆さん
 

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降ったりやんだり、歯科通い。

 
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朝は小雨の中を駅まで歩いた。
庭のバラも雨に濡れるときれいだ。
 
公園のモミジ、モミジの竹トンボが緑に映える。
 
今日午後は歯科、地下鉄2駅も殆ど傘は要らない。
歯科の椅子は窓際、曇ってどんよりとした外を見ながら約2時間の治療。
さすがに腰が痛くなった。
治療はあと2ヶ月位はかかりそう。
 
先日のテレビで、食事の時の噛むことが大切と言っていた。
そのためにも歯の治療は大切と辛抱強く通っている。
 
次は6月の初めだ。
そろそろ梅雨で歯科にも傘が要るかも。

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奇跡は起こらなかった・・・関西しゃべくり話芸大賞決勝進出ならず

「当たり前のこと」と思いつつ奇跡が起こらないかなと思っていたが、
奇跡は起こらなかった。
 
これではなんのことか分からないが、我輩のことである。
タイトルのように、いま漫才や落語はお笑いの主流となっていて、M-1やR-1は多くの芸人を輩出している。
 
関西でも上方漫才大賞などのコンペがあるが、このほど関西特有のしゃべくり話芸を競うコンペが開かれた。第1回目である。
 
3月の新聞でこの企画を知って、なんと我輩も応募したのだ。
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なぜ、我輩のようなど素人が応募する気になったのか。
プロアマ問わずとあるので、一定のレベルの人たちが応募するだろうと思っていた。
しかし、賞金に目がくらんだ?こともあるが、まあ、一生の間にこんなことも経験してやろうじゃないか。
そう思ったので恥も覚悟で応募した。
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参加費2千円で、芸名は曽根崎 二郎で申し込んだら、写真のような出演案内のハガキが届いた。
受付ナンバーは120、5月19日が出番だ。
 
準備の日数は30日位あったので、ネタも考えてこれならまあまあ行けるかもと言う所まで練習した。
 
当日の会場は難波の超繁華地区、「えらいところでやるんやな」と思ったがもう後には引けない。
受付を済ませ、出番を10組ずつで待つ、他の出演者は若手ばっかりでみんな漫才をやるようだ。
吉本の芸人さんみたいに感じたが、場慣れした連中のようにみて取れた。
いよいよ、出番が来た。
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ネタはどうしたら笑いを取れるか、あれこれ考えたけれど、高齢者社会の話から入り、芸能のネタ「AKB48」の人気の秘密、あの秋元康の商魂にふれ、結局AKBの総選挙で新曲発表の選抜をする戦略を褒め、そして年寄りも負けずにこんな事をやろうじゃないかで締めくくった。
結果はほぼ3分で終えれたし、お笑いもそこそこ取れたような気がした。
(これが錯覚だったかも・・・)
終わって帰ろうとしたら、そこに女性の新聞記者が近寄ってきて、なんやかんや聞いて来た。
お笑いの質はともかく、なんでこんな年寄りが出る気になったのか、聞いて来た。
まあ、死に土産ですわと冗談半分に答えた。
でも、ひょっとしたら、我輩の出来が良かったからインタビューに来たのかもと、ここでも都合のいい解釈。
 
まあ、こんなことで出番は終わり、結果の来るのを待っていた。
そして本日、封筒入りの通知が届いた。
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封筒を開けて写真のように「落選」を知り、まあまあ、これが現実と納得。
でも、200組の内、あなたは何番目でしたとあったら良かったかなとも思った。
でも、これも主催者の配慮で、11番目だったかなとも思えるので、これで良しとしなくてはと思った次第。
 
今回は参加することに意義ありと、清水の舞台から飛び降りる気持ちで
とんでもない経験をさせていただいた。
 
いつもシニアの方が落語を学んで活躍されているのを何気なく見ていたが、その活躍の裏には大変な努力をされていることを改めて確認した。
 
来年また挑戦するかどうかは分からないが、まあいい経験をさせていただき、主催者の皆さんには感謝をしている。
 
 
 
 

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花よ、いつまでも私のそばで咲いてくれ

毎年ひっそりと庭に咲く花「都忘れ」
この花の由来を調べると
 
 昔、承久の乱に敗れて佐渡へ遠流となった順徳帝は、
  草でぼうぼうになった佐渡の庭に一茎の野菊が紫色に
  咲いているのを見つけ、                         
  「紫といえば京の都を代表する美しい色だったが、 
    私はすべてをあきらめている。                 
    花よ、いつまでも私のそばで咲いていておくれ。 
    都のことが忘れられるかもしれない。           
    お前の名を今日から都忘れと呼ぶことにしよう」 
  と、傷心のなぐさめにしたという説話がある。     
 
花の名はここからきたようだ。                    
 
別名  「野春菊」(のしゅんぎく)、    「東菊」(あずまぎく)。
 花言葉は「穏やかさ、しばしの憩い」(都忘れ)            
    
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