■繰り返しませぬから■
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夜のうちにどうしても原爆ドームが見たくて、 岡山から新幹線に乗ってそのまま広島に行きました。 そして着いたのが8時半くらい。 ご飯を食べてから路面電車に乗って原爆ドーム前に向かいました。 駅を降り、すぐ目に入ったのは広島市民球場。 道路を一本隔てた向かい側にうっすら光る原爆ドームがありました。 明るく写ってるけど、中のドームの明るさはこのくらいの感じでした。 しばらく眺めていたら、少し小雨が降ってきました。 辺りは割と栄えていて、周りには光が広がっています。 平和記念公園は夜間でも誰でも立ち入ることができ、 たくさんの人がいました。 自転車に乗る通勤帰りの人。 ギターを弾く女の人。 原爆ドームの周りには、 ベンチで寝てるサラリーマン。 シートを広げ酒盛りをしてる外国人。 キスをするカップル。 色々なことを感じました。 単純ですが、60年前と60年後の平和、現在の平和のこと。 色々複雑な気持ちが体の中を回っている中、 原爆投下の目印となったT字の橋に向かいました。 そこから原爆ドームを眺めた後、 泊まる所を探しに行こうとしたけど、 そこで見続けたまま、2時間くらい動けませんでした。 涙が止まりませんでした。 悲しかった。 嬉しかった。 そして怖かった。すごく怖かった。 こんなに大きい建物を見たことがなかった。 翌日、朝早くに起きて平和記念公園に向かいました。 動員学徒慰霊塔です。 大人たちが戦争に狩り出され、 その代わりに中等学校以上の生徒は増産作業、 建物疎開作業などに動員されたそうです。 その時原爆の犠牲になった6000人ほどの学生の慰霊塔です。 たくさんの鶴が供えてありました。 カメの形をした韓国人原爆犠牲者慰霊碑です。 強制連行や徴用で日本に連れてこられた韓国・朝鮮の人約5万人が被爆し、 そのうち3,4万人が死亡したといわれるそうです。 韓国・朝鮮の人がたくさんいるのは知っていたけど、 こんなに数が多いとは知りませんでした。 知らなきゃいけないことを知らないで生きてきた、 自分の無知を恥ずかしく思いました。 鈴木三重吉の碑です。 一組の少年少女が腰掛けていて、 「私は永久に夢を持つ ただ年少時のごとくために悩むこと浅きのみ」 と書いてあります。 後ろの川も重なり「火垂るの墓」を思い出しました。 平和祈念像です。 下の詩碑にはこう書かれていました。 天心の三日月の上に 幻でない母と子の像 これこそ永遠の平和の象徴 童子よ母の愛につつまれて 金のトランペット吹き鳴らせ 天にも地にも透明な 平和の調べ吹きおくれ どんな未来がこようとも 頬っぺいっぱいふくらませ No more Hirosimaの 金のトランペット吹き鳴らせ 写真を撮ってる時、偶然後ろに像と同じような親子が。 No more。 平和の鐘です。 鐘には「自己を知れ」と書いてあり、 鐘を突くところには原子力のマークが書いてあります。 周りに人がたくさんいて少し恥ずかしかったけど、 思いっきり鳴らしてきました。 原爆の子の像です。 戦争が終わった10年後に亡くなった佐々木禎子さんの像です。 治ることを祈って鶴を折り続けたため、 周りには全国・全世界から寄せられた千羽鶴が供えられています。 修学旅行の小学生が学校で作った千羽鶴を供えていました。 同い年で亡くなった子のことを話す先生のお話を一緒に聞いてました。 少し前までふざけていた小学生がみんな真剣に聞いていました。 金の鶴でできた鐘を静かに鳴らしました。 平和の灯。 この灯は平和を願って永遠に灯し続けるものではなく、 「核兵器が地上から姿を消す日まで燃やし続けよう」という願いを表したものです。 一日も早く消える日を願います。 原爆慰霊碑です。 慰霊碑、平和の灯、原爆ドームが一直線になるようにつくられています。 この碑文の下の石棺のなかには「過去帳」をいう原爆死没者の名簿が納められています。 この過去帳にはその1年間に死亡したり、新たに死亡の確認された被爆者の氏名が新たに書き加えられ、毎年8月6日に石棺に奉納されています。 今年で過去帳の数は全部で85冊、名前は24万2437名にのぼります。 『安らかに眠って下さい 過ちは 繰り返しませぬから』 続きます。
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Hi
2006/1/28(土) 午前 2:02 [ new ways to masturbate 27/01 ]
ヒロシマの空の下
8月6日。 今日は広島に原爆が、 そして8月9日は長崎に原爆が投下された日です。 昨年の記事、[http://blogs.yahoo.co.jp/llv_kimisama_vll/38550576.html 焼けた三輪車]に書いたように おととしの11月に私は広島の爆心地を訪れました。 焼けた三輪車や、多くの原爆の爪痕
2007/8/6(月) 午前 0:32 [ 『きみさまは かく語りき』 ]
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今日は『火垂るの墓』のドラマが放送されていましたね。途中からしか見ることができなかったのですが、それでもやっぱり悲しくなりました。「おかしいと感じていながらも、言葉にできない」、戦争の怖さ。今ある平和を、当たり前のように感じてしまいがちですが、まだそうではない方々もいるんですよね。世界中のみんなが安心して幸せを感じることができるようになる日が早くきますように・・・。
2005/11/2(水) 午前 3:47 [ kob*da*a ]
僕も大人になって原爆ドームや記念館、平和公園などに行きました。 修学旅行などで学生の時に行った時には感じれないものをたくさん感じる事ができました。 何か大きなものを心に焼き付けれた気がしました。 また僕は神戸で震災にあっていましたので記念館の戦後の写真が震災後の神戸にも見え、祖父が震災直後に街を見て言った神戸空襲の後みたいやなぁーーってゆうた言葉を思い出させました。 けど震災は天災!戦争は人災!平和が一番ですね!!!
2005/11/2(水) 午前 10:06 [ studio-ichi.com ]
昨日、火垂るの墓のドラマみました。見ているのが辛くて何度もチャンネルを替えそうになりました。でも、目を背けてはならない事実だと思います。何度も涙が出たけど、こんなことが世界の中でまだ起きているんだと思うと、もっともっと涙が出ました。私は今度、長崎に行って原爆資料館を訪ねます。そのときも強い衝撃を受けると思うけど、感じたことをしっかりと胸に刻みたいです。
2005/11/2(水) 午後 6:18 [ メイ ]
昨年冬に、原爆ドームにいきました。 館内の出口前で涙が止まらなくて、来たことを後悔したような、来るべきところに来たような…、本当に複雑な気持ちになりました。 少なくとも、日本人は、みんな知るべきことだと感じました。
2005/11/3(木) 午前 2:14 [ tor*g*ru*o ]
ずーっとドームの前で動けなかった時と、同じ気持ちかどうかは分からないけれど、私もこの記事を読んでなんともいえない気持ちになりました。小学生の時に何度か行った原爆ドーム。あの頃にも確かに感じる「何か」はあったけれど、今のこういう気持ちではその「何か」を受け止めていなかったと思います。今あそこへ行ったら・・・やっぱり動けないかもしれないな。
2005/11/3(木) 午前 7:06
平和の灯の「核兵器が地上から姿を消す日まで燃やし続けよう」という願い。一刻も早くこの願いのもとで灯っている火を消すことができ、今度は、いつまでも核のない地上であるように燃やし続けようという願いで灯せるように、できることを何でもやっていかないといけないね。
2005/11/3(木) 午前 7:08
修学旅行で行きました。。ぜったいに忘れてはいけない過去ですね><原爆の被害はまだ続いているんですよね、子供や孫に影響が出たり、、やはり目の前にしなきゃ分からないものがあると思います。最近いたずらが起きたりしていますが平和な時代で育ったので当時の気持ちを想像できないのかもしれませんね。。><私もですが、、でも少しでも考えようとする気持ちが大事だと思います!
2005/11/4(金) 午後 4:32 [ matya ]
こばだまさん、火垂るの墓を見終わってから書きました。見ながら書こうと思っていたんですが、始まったら開始5分から涙ボロボロでずっと集中して見てました。他人の子と自分の子の命、秤にかけちゃいけないものをかけてしまう、そんな切なすぎる光景はもう見たくないです。でも、この悲しみは無くなっていないから、繰り返さないと誓った日本人は世界中にこの気持ちを分けていかなきゃいけないですね。
2005/11/4(金) 午後 6:36
studio-ichiさん、僕は修学旅行が沖縄で、しかもほとんどが止まらず通り過ぎるだけで…。なのでひとつひとつゆっくり見られて、感じられてよかったです。大きなもの、僕も焼き付けてきました。戦争は人災…本当にそうですよね。誰も死を望んでない。天災で苦しむ自分の国の人々に感じる気持ちをほかの国にも抱ければと思います。Imagine for the peopleっすね。
2005/11/4(金) 午後 7:07
メイさん、僕も節子が弱っているところや最後のシーンは悲しすぎて目をそらしたくなりました。広島の資料館でも何度か目をつぶってしまいたくなりました。でも見ました。実際にその当時を体験はできないけれどほんの少しでも近づきたくて。火垂るの墓、エンディングで世界の子供達の顔が出てきたとこで一番泣きました。おおばあちゃんの言うように、無くならない悲しみが、絶対後悔する痛みがたくさんのところで今起こっている。日本人だからこそ思わなきゃいけないっすね。きっと。
2005/11/4(金) 午後 7:17
よいここさん、少しお気持ち分かるような気がします。僕は一番館の最後にあった花の写真が一番印象的でした。そして資料館を出る時に大きな窓から外を見て、ノートに書いてあるたくさんの言葉を見て、来てよかったと感じました。同じく絶対来なきゃいけない場所だと感じました。痛みはたくさん突き刺さったけど、そこで感じたトゲをこれからに生かさなくては…と思いました。何があっても永遠に戦争反対です。
2005/11/4(金) 午後 7:27
きみさま、今日ちょっと小学生の子何人かと話してきました。火垂るの墓見た子に聞いてみたんだけど、半分ふざけて言っているんだろうけど「戦争起こっても平気」的な凄いこと言っていて、黒柳徹子さんがこの前言っていたけど、ほかの国と比べて日本の子供達は戦争や苦しんでいる他の国についての考えが軽いってのは本当だなと思いました。教えるほうも難しいと思うけど、小さい時から考えなきゃいけない一番簡単で大事なことかなと思いました。
2005/11/4(金) 午後 7:43
でも自分でその時どうだったか分からないし、上の原爆の子の像の前で話を聞いている子供達のように真剣に聞いて痛みを少しでも自分にも感じようとすることもあるから、この場所はきっとそれぞれの年代で個人個人が色々な思いを感じるところなんだろうなと思いました。小学生は聞くこと・見ることで感じ、知識が増え、たくさんの命に触れたら感じ方も少しずつ変わるんだろうな。たぶん10年後に見に行ったらまた違った「何か」を感じると思います。一回限りの場所ではないと思うし、また何年か後に絶対行こうと思います。
2005/11/4(金) 午後 7:56
平和の灯がいつかその意味で使われたらいいですね。今の意味を忘れちゃうようなくらいに。核実験が行われたらまたふりだしに戻るという時計もありました。終末時計というのもありますが、時計をどっちに進めるかの「これから」は今生きている人に懸かっていると思うから、少しでも正しくて後悔しない方向に回せるようにほんの少しでも協力していきたいと思います。
2005/11/4(金) 午後 8:04
matyaさん、絶対絶対忘れちゃいけない、これを教訓に生きていかなければいけない過去だと思います。終わったとしても「消えない」ことも感じなきゃいけないですよね。
2005/11/4(金) 午後 8:14
原爆慰霊碑へのいたずらは「繰り返しませぬから」ではなく「繰り返させませぬから」だと主張してる人がやったと思います。たくさんの人の名前が眠っているところでそんなことをするってことは、どっちにしろ許されることじゃないです。碑文の主語は「世界人類」だそうです。世界すべてに戦争の無意味さと平和を訴える場所としてこれからも大切にしていかなければならないと思います。
2005/11/4(金) 午後 8:14
今も心に引っかっている1ヶ月前のあの出来事。悲しみの中で訪れた広島。さくちゃんの気持ちを考えながら複雑な思いで記事を拝見しました。多分ここに呼ばれたのかもしれませんね。
2005/11/5(土) 午前 8:51
昨日、小学校の図書館で「絵で読む、広島の原爆」という本を見つけ、思わず手に取りました。原爆の原理や投下に至るまでの歴史的経緯が詳しく書かれており、貸し出しカードを見ると子どもたちの名前がズラッと並んでいました。知らないといけないと思うのは子どもも大人も変わらないのですよね。
2005/11/5(土) 午前 8:53
広島に着くまでは、ここではもうできないかな…とかどうしようかずっと考えていたけど、着いたら今目の前にある悲しい歴史で心がいっぱいでした。でもそれまでごちゃごちゃしていた心の中も少しまとまったから呼ばれたのかもしれませんです。
2005/11/5(土) 午後 7:52
戦争のことって教えてもらうのが最初だけど、そこから深くどう考えていくかは自分次第ですよね。見たくない人もいると思うけど、当時を経験していない僕らは絶対に知らなきゃいけないことだと思います。そして小中学生が自分から見ることは日本がある限りずっと大切なことだと思います。
2005/11/5(土) 午後 8:19
この頃の日本人の風潮として、「何かに真剣になっている姿を見せるのは、非常にかっこわるい」と捉えてしまいがちだなあと思う。心の中で何かについて祈ること、何でもやっていけたらと願うことを表に出すのをためらう風潮ね。もしかしたら、さくさんが話してきた小学生の何人かは本当は心に何か感じていたかもしれないけど、 「ダサイから・・・」って出せなかったのかもしれないしね。
2005/11/5(土) 午後 9:11
だけど本当は全然かっこわるいことじゃないのだから、もっとひとりひとり、いずれはみんなでその気持ちを前面に押し出していける下地も作っていきたいね。小学生がたとえ今、理解できなくとも、私も昔に感じた「何か」は、今の「何か」に確実に繋がっているから、徐々に積み重なって深く感じていける素地を作る教育もぜったい必要。忘れてはいけないもの、フタをしてはいけないこと、それをしっかりと見る。これ、とても大切なことだと思います。
2005/11/5(土) 午後 9:13
ある時は「なに真剣になってんの」って冷めているのがかっこよくて、ある時は「ノリ悪いなぁ」となる、周りの集団を巻き込んでいくねじれた意識の波。大>小の大っ嫌いな波です。子供がダサいと思っちゃうのも大人のせいだろうな。茶化して話してる大人もいるだろうし。テレビとかで特に。
2005/11/6(日) 午前 5:20
例えばホワイトバンドは出しづらい気持ちを表してくれるそして共有できるとてもいいものだと思います。「募金じゃないのかよ!詐欺だ!」じゃなくって、その表してる気持ちが「何か」に繋がっていくと思うんだけどなぁ。付けてたら知ってる子がいてちょっと嬉しかったです。誰か(特に子供)に聞かれて話してあげるのも十分世界平和への一歩だと思います。全ての人間はゼロからはじまるから、大事な1を教えあって作りあって生きたいと思います。フタせず。
2005/11/6(日) 午前 5:33
愛情をもって悪事を正すことと、罪のない人にまで力で支配しようとすることの違いをこどもたちと考え理解しなければいけないですね・・・。その力の使い方は自分も相手も傷つけますよね。わたしも若かりし頃は「ダサいから」って自分の気持ちを隠したりしたけどずっとそんな自分がキライでした。だけど話してみると同じ気持ちだったりする・・まずはその勇気があれば、そして大人としてその姿を見せられたらって思いました。
2005/11/6(日) 午前 11:04
今の時代は今の人だけが築いたものではないですもんね。世界大戦のことは特に。それでも前を向いて乗り越えて再建された日本に今住んで生きているからこそ尚更一生懸命受け止めたいですよね。なにを考える上でも歴史が繋がってて、そこから繰り返しちゃいけないことを学びなさいって教えてくれるからその大切さをこどもに伝えたいです。だから私も勉強しなおしです。いえ、ずっと勉強だと思いました。
2005/11/6(日) 午前 11:16
正義は力、力は正義じゃないですよね。力が無くても考えることだけでも正義だと思います。大きなものは使い方を間違えやすいから気をつけないと…。僕も真面目はダサいとどこかで感じている自分が嫌いでした。でも、何より一番大事なこと。「なに真面目ぶってんの?」って言われても、そこだけは絶対自分を突き通そうと思いました。きっと実はみんな同じだから。
2005/11/7(月) 午前 4:36
歴史はずーっと繋がってるんですよねぇ。当たり前だけど、60年後からすれば今は60年前なのだし。今も何も無かった中から簡単に生まれた絶対保たれる平和ではないから、「繰り返しちゃいけない」ことを小さくせずに伝えて伝えてさらに未来へ繋げていかなくてはいけないんですよね。60年後の世界に生きる人の責任だと思います。自分も勉強しつつ、正しい未来へ少しでも向くように協力したいですね。
2005/11/7(月) 午前 4:46
「真面目はダサい」なんて言ってる人も、本当はどこ真面目な自分を照れ隠ししているものだと思いたいです。何かに一生懸命、真面目に打ち込んでいる人、すっげーかっこいいです!60年か、、戦争を体験した人は確実に減ってくるわけですね、、、お年寄りの話って大切ですよね、、私たちが受け継いでいかなければなりません、、誰も平和を願っているはずなのに、世界から戦争が消える日は、まだまだ遠くに感じます、、祈り
2005/11/8(火) 午前 4:45
私も修学旅行で昔行きました。あの頃の自分にはまだ怖いだけの場所でしたが、大人になるにつれ、歴史をきちんと認識し、語り継いでいく事の大切さを感じます。小学生で、今、この日本の情勢下にあっては、戦争のなんたるやを理解するのは難しいのかもしれません。でも、こういうことがあったのだと、まず知る事が大事だと思います。理解するのはもう少し先になっても仕方ないのかな・・・って。自分自身もそうでしたから。
2005/11/8(火) 午後 2:23 [ babyrobin7 ]
大きくなって、再び過去の歴史を思うとき、小学生当時感じた事と、今想うことについて考え直すきっかけになればいいですね。世界中から戦争がなくなることを、子供たちが伸びやかに健やかに生きていける世界になることを祈ります…。
2005/11/8(火) 午後 2:25 [ ばbyろびn7 ]
ペコさん、終戦直後の生きるのに大変な時代を含めたら、実際その辛さを経験した人達の次の世代がちょうど僕らですよね。ここから確実に本当の辛さは風化していくから、今ご存命のお年寄りの話を聞き、僕らが次の世代に何があっても絶対繰り返しちゃいけないってことを伝えていかなければいけないと思います。少しずつでも「消える日」が近づけばいいですね。
2005/11/9(水) 午前 4:15
べびろびさん、確かに小学生のうちに深く知ることは難しいと思います。ただ、一番シンプルなとこだけは感じてほしいと思います。たくさんの人が死んだこと。たくさんの人が苦しんだこと。絶対繰り返しちゃいけないこと。そしてキリスト教じゃないですが隣の人を愛せよってことです。ひとつの小さい気持ちが大きい気持ちに繋がっていくことを教えてあげてほしいです。
2005/11/9(水) 午前 4:22
「怖い」は一番正直で正しい感想だと思います。小学校の時に感じたこと、それに大人になってから感じた想いを積み重ねてさらに大事な気持ちを深めていければいいですね。子供に一番悪影響を与えているのって、漫画でもゲームでもなく大人たちが引き起こす暗いニュースだと思ってます。世界中の子供たちが明るいニュースをたくさん聞ける世の中になるように祈ります。
2005/11/9(水) 午前 4:32
修学旅行で長崎の原爆資料館に行ってきました。感じるものが多すぎて、涙ボロボロこぼしてゆっくり歩きました。人がたくさんいてちょっと恥ずかしかったけど、友達も何も言わずに私のペースについてきてくれました。怖いからと言って、ろくに見もしないでその場から逃げ出すように去っていく子たちもたくさんいました。
2005/11/11(金) 午後 10:36 [ メイ ]
そんな姿を見てなんか寂しい気持ちになったけど、それでもきっとその子達なりに感じたことがあったんだろうなぁと思います。いつか深い考えをもつようになるといいなと思いました。そして戦争について感じた思い、絶対忘れません。絶対に。
2005/11/11(金) 午後 10:38 [ メイ ]
おかえりなさい。「感じるものが多すぎて」の気持ち、とてもよくわかります。入ってくる想いや願いが大きすぎて、自分の許容量を軽く飛び越えてしまう…。僕も同じでした。目をそらしてしまう人の「怖い」って気持ちも、お化け屋敷とは全く違うたった60年前に起こった現実なんだってことを感じて「絶対に繰り返さない」って気持ちに繋がってほしいです。自分たちの国だけじゃなく海の向こう側の人たちにも同じ気持ちで。
2005/11/12(土) 午前 9:59
高校の修学旅行で行った沖縄は、時間に追われ強制素通りだったので少ししか感じることが出来ませんでした。今回ゆっくり広島をまわって22になって初めて感じた思い。それをもっと若い年齢で感じたメイさんは、その分世界が広く見られると思います。そしてある意味では小さく、より大切に見られると思います。戦争について感じた思いと、同じペースでついてきてくれた友達を大切に、正しいと思える道をつくってみんなで歩いていこう。
2005/11/12(土) 午前 10:11
広島に原爆が投下された「あの日」から62年が経ちました。
年々、当時を知る方々が少なくなっていく中で
私たちが「繰り返しませぬから」の意志を強く持って
語り継いでいくことはとても大事だと思っています。
今年も記事を書きました。トラックバックさせて下さいね。
2007/8/6(月) 午前 0:32