尾崎豊 「シェリー」
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シェリー 俺は転がり続けて こんなとこに たどりついた シェリー 俺はあせりすぎたのか むやみに何もかも 捨てちまったけれど シェリー あの頃は夢だった 夢のために生きてきた俺だけど シェリー おまえの言うとおり 金か夢か わからない暮しさ 転がり続ける 俺の生きざまを 時には無様な格好でささえてる シェリー 優しく俺をしかってくれ そして強く抱きしめておくれ おまえの愛が すべてを包むから シェリー いつになれば 俺は這い上がれるだろう シェリー どこに行けば 俺はたどりつけるだろう シェリー 俺は歌う 愛すべきもの すべてに シェリー 見知らぬところで 人に出会ったらどうすりゃいいかい シェリー 俺は はぐれ者だから おまえみたいにうまく笑えやしない シェリー 夢を求めるならば 孤独すら恐れはしないよね シェリー ひとりで生きるなら 涙なんか見せちゃいけないよね 転がり続ける 俺の生きざまを 時には涙をこらえてささえてる シェリー あわれみなど 受けたくはない 俺は負け犬なんかじゃないから 俺は真実へと歩いて行く シェリー 俺はうまく歌えているか 俺はうまく笑えているか 俺の笑顔は卑屈じゃないかい 俺は誤解されてはいないかい 俺はまだ馬鹿と呼ばれているか 俺はまだまだ恨まれているか 俺に愛される資格はあるか 俺は決してまちがっていないか 俺は真実へと歩いているかい シェリー いつになれば 俺は這い上がれるだろう シェリー どこに行けば 俺はたどりつけるだろう シェリー 俺は歌う 愛すべきもの すべてに シェリー いつになれば 俺は這い上がれるだろう
シェリー どこに行けば 俺はたどりつけるだろう シェリー 俺は歌う 愛すべきもの すべてに 尾崎豊さんの曲の中で一番好きで思い出に残っているのは「シェリー」です。1985年3月に発売されたセカンドアルバムである「回帰線」に収録されていますが、根強い人気を誇る曲です。1985年といえば私は高校を卒業し、浪人生活に突入した年である意味とても充実した年でもありました。しかし勉強へのエンジンがかかるのが遅く、受験の時には苦労しましたが(汗)。当時こう見えても(謎)好きな女の子がいて、その子はすでに大学生になり、大学生活を謳歌していたことでしょう。それなのに自分は・・・。ジレンマが自分の中に生じ、嫌気がさす時もありました。どうにもできない自分・・・。そんな時自分をこの曲に照らし合わせたものです。 結局受験は連敗を重ねて、好きな子の近くには行けず、何とか転がり込んだ大学で充実した生活を送ることができました。あの時好きな子の近くに行っていたら今頃どうなっていたか想像もつきませんが、自分の歩んできた道は正解だったと思っています。私にとってこの曲はあの時代を思い出す曲となっています。 1992年に尾崎豊さんが26歳でまさかの急死をした時はファンならずとも若者に大きな衝撃を与えました。そして今なお慕うファンは絶えず、その曲の数々は現在でも多くのアーティストにカバーされ続けています。 にほんブログ村(いつもランキングへのご協力、ありがとうございます。) |





