オリンピック記念で作られたカクテル『マイ東京』
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1週間前の話ですが… IOCオリンピック評価委員会の方々が、 2016年のオリンピック候補地の視察にいらしてましたね。 7年後の開催地がどこになるのか…10月4日まで、緊張の日々が続きますが、 オリンピックは平和を祈願して、クーベルタンが始めたモノ。 どうせなら…日本で開催してほしい気持ちもありますが、 戦争や紛争がそうやく終わったような国で開いて欲しいモノです。 子供達が少しでも夢を見られるように―。 今日、ご紹介するカクテルは、 1964年の東京オリンピック記念サントリー主催カクテルコンクールで 見事、優勝に輝いたカクテル。創作者は上田芳明氏。 氏は残念ながら東京出身ではなく大阪の方なのですが、 日本全体がオリンピックに湧いていた…そんな事を感じさせてくれます。 昭和39年…どんな東京だったのでしょうか。 古きをたずねて、新しきを知る― そんな事の大事さを改めて感じます。 高校時代、奥の細道を訪ねて、旅行をした事があるのですが、 その時、『古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ』という言葉に出逢いました。 僕が大学に進んで、国文学を学ぶきっかけとなった、 国語の先生が贈ってくれた句。 大事なのは、時代が変わっても変わらない本質。 西行から芭蕉、芭蕉から弟子たちへ― 古人の求めたるモノとは一体、なんだったのでしょうか。 今日みたいなこんなにも天気が良いと、 片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず… どこかにふらふらっと出掛けたくなるのは、僕もまた旅人だからなのでしょうか。 『マイ東京』 ・ウイスキー(国産)…30ml ・オレンジ・キュラソー…20ml ・コーディアル・ライム・ジュース…10ml シェーカーに材料を注ぎ、シェークし、
砂糖をスノー・スタイルしたカクテル・グラスに注ぐ。 マラスキーノ・チェリーを沈める。 |





当時私は地方の小学校の3年生。夏休みに東京の親戚の家に行き、東京見物。オリンピックは10月でしたから、東京は至る所でまだ工事が進んでいて、暑くほこりっぽかった。まだまだ「戦後」という感じで。だって、東京タワーができて3年半しか立ってない時期なんですよ。3丁目の夕日の風景とさして変わらなかったかなあ。
カクテルもようやく庶民の間に、という勢い時代の始まりだったんでしょうね。
2009/4/26(日) 午後 6:03
→ippeiさん、第一次カクテル・ブームといわれた50〜60年代の真っ只中ですから、今よりももっと注目されていたのでしょう。
やっとジン・トニックやジン・フィズなどが浸透したくらいですしね。
2009/4/26(日) 午後 7:36 [ さくら ]
こんばんわ 歴史のあるカクテルですね(#^.^#)
東京は高度経済成長期で活発に町が発達していたんでしょうね
色からは底から湧く力のようなものを感じましたよ(*^_^*)
チェリーが東京タワーだったりして
2009/4/27(月) 午前 2:14 [ seafield_land ]
→seafield landさん、3丁目の夕日のように、沈みゆく太陽でも綺麗ですし、ライジング・サン―まさに日のいづる国・日本を世界にアピールするためのカクテルだった…そうも考えられますね。
綺麗なデザインのカクテルなので、大好きです。
2009/4/27(月) 午前 2:27 [ さくら ]