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Bridge, by Wu Ru-Jun
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中国福建省北西部永定県。
その山深い田舎道をバスで走っていくと、山間に大きな円形の建築物がいくつも見えてきます。

まるでUFOのような、巨大バウムクーヘンのような建築物。
2008年7月に世界遺産にも登録された「客家土楼群」です。


「客家」とは、中国に居住する民族集団のひとつ。
「土楼」とは、土でできた楼閣。

つまり、「客家土楼」とは、客家の人たちが住む巨大集合住宅のことを言います。

福建省永定県には、このような土楼が4000軒以上も建っているのです。


(写真は、永定県初渓村の眺め)
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そもそも「客家」とは、どういう人たちなのか。
少し説明致します。


華北の黄河流域、いわゆる「中原」は、古代から中華文明の中心地でありました。
しかし、この地は戦乱や飢饉、政治不安などが頻繁に起こる激動の地でもあったのです。

そのため、多くの漢族が戦乱や動乱が起こる度に南方に逃れていきました。
秦の始皇帝の統一時、五胡十六国時代の動乱期、唐末の混乱期、モンゴルの侵入した南宋末期、明末清初の混乱期。
中原の漢族は、長い歴史の中、約5回に亘り、豊かな江南へと逃れていったのです。


しかし、移住先の江南には既に先住の人々が住んでおりました。
当然、彼らとの軋轢が生まれます。
そのため、中原からやってきた彼らは、人のいない山間に住むことを余儀なくされたのです。


「客家」とは、そもそも「よそもの」という意味です。
彼らは「よそもの」として山間部に隠れ住み、また、移住先の人々と融和しなかったため、独自の文化を保持することとなりました。

この独自の文化とは、古代の中原の文化のこと。
そのため、彼らの話す「客家語」は北方中国語の古語とも呼ばれており、例えば数字の発音などで、日本語と似ているところがあるのだそうです。


(写真は、最も有名な土楼、「承啓楼」)
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客家人の現在の主な居住地域は、広東省・福建省・江西省・湖南省・四川省などの山間部。
そして、マレーシア、シンガポール、タイなどの海外です。

客家人は、少数派だったということがあるのでしょう。他の中国人とは違った特徴を持っています。


客家の特徴である「客家精神」について、中国の政治や文化について研究しておられる高木桂蔵氏は次のようにまとめています。

・強い団結心
・進取・尚武の精神
・文化・伝統保持への自信
・教育の重視
・政治への高い指向性
・女性の勤勉性

                 「客家-中国の内なる異邦人  講談社現代新書」


客家人は、教育に熱心で政治家も多く輩出しています。
例えば、華僑の多くは商売には情熱を注ぐ一方、政治にはあまり関わろうとはしないのですが、客家人は、政治に対してとても積極的なのです。

客家の有名な政治家というと、中国近代革命の先行者である孫文や、中国の市場経済化に着手した小平、太平天国の指導者である洪秀全、台湾の李登輝、シンガポールを建国したリー・クアンユーなどがいます。
シンガポールは客家人が建てた初めての国家と言われています。

また、学者にも客家は多く、陽明学の祖である王陽明や朱子学の祖、朱子も客家です。


少数派の流浪の民で、教育・政治に熱心。
強い団結力があり、独自の文化を保持し続けている。

客家はまさに、「中国のユダヤ人」と呼べる存在だと言えるでしょう。


(写真は、永定県初渓村の眺め)
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そんな客家人の造った建物が、この「土楼」です。

猛獣や山賊の危険の高い山間。少数の移民として外敵から身を守るには、集団で結束し、強固な要塞のような家に住む必要があったのでしょう。

土楼は、客家人が生きていくために造りだした知恵のたまものです。


次回は土楼観光の起点である福建省アモイからの旅をご紹介します。


(写真は、永定県初渓村の眺め)

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