全体表示

[ リスト ]

彼岸はどこにあるか 2

前回私は、
『須弥山の世界観において、人間が住むジャンブ洲こそが此岸であり、須弥山(メール山)のふもとの岸辺こそが彼岸であり、両者を分かつ金輪の海こそが激流の大海であった。』
と書きました。

イメージ 2
須弥山は幾重もの環状の海と七金山という多重防壁で
厳重に人間界の閻浮提(ジャンブ洲)から隔絶されている。

この須弥山の世界観は西暦4世紀ごろの世親によって書かれたという倶舎論に詳述されているものですが、すでにブッダの時代にはこの輪軸世界観の大まかの枠組みは成立していたと私は判断しています。

その根拠は、すでにスッタニパータ(中村元訳)の中に以下の様にメール山(須弥山)とジャンブ洲という言葉が明記されているからです。

552、(セーラ・バラモンがゴータマを讃嘆する) あなたは転輪王となって,車兵の主となり、四方を征服し、ジャンブ洲(インド)の支配者となるべきです。

682、(アシタ仙が神々に問う) わたしは須弥山の頂に住まわれるあなた方におたずねします。尊き方々よ。

その他にも同書には四海や四方世界という表現が確認できることから、須弥山を中心車軸とし、その周囲に車輪世界としての大海が展開し、その海上東西南北にジャンブ洲をはじめ4つの島大陸が存在する(その間には四海がある)という世界観が、すでにブッダの時代前後には成立していた事が、十二分に想定可能なのです。

世界の中心にそびえるメール山(須弥山)と人間が住むジャンブ洲の間には、金輪の大海が横たわっている。そして、この金輪の海、あるいはそれを乗せた大地が、リグ・ヴェーダの輪軸世界観においては車軸によって分かたれた天地両輪と考えられていた以上、その本性として『回転する』という性質を持っていると考えられた。

金輪の大海が『回転』するとは、つまり此岸たるジャンブ洲と彼岸たる須弥山の間には、金輪の海の『環流』が常に流れている、というイメージが惹起された。

その証拠は、やはりスッタニパータの中に明確に描写されています。

173、「この世において誰が激流を渡るのだろうか? この世において誰が大海をわたるのであろうか? 支えなくよるべのない深い海に入って、誰が沈まないのであろうか?」

175、愛欲の想いを離れ、一切の結び目を超え、歓楽のこころを滅しつくした人  ― かれは深海のうちに沈むことがない。

184、「ひとは信仰によって激流を渡り、精励によって海を渡る。勤勉によって苦しみを超え、智慧によって全く清らかとなる。」

219、世間をよく了解して、最高の真理を見、激流と海をわたったこのような人、束縛を破って、依存することなく、煩悩の汚れのない人、 ― 諸々の賢者はかれを聖者であるという。

ここには、此岸と彼岸の間には大海の激流が横たわるという『心象風景』が、鮮明に描写されています。

中村先生などは、パーリ仏典に見られる海や大海という表現は雨季の洪水などで生まれた氾濫原を表していると考え、その根拠としてブッダの時代のマガダ周辺に住む人々は、その内陸性によって海を見たことがなかっただろう事を上げています。

確かにブッダをはじめ彼の周囲に生きるほとんどの人々は、恐らく現物の海を見たことはなかったかも知れません。

けれど見たことがないからといって、『知らない』とは断言できません。例えば、現代に生きる私たち日本人のほとんどが、この大地が球状をした惑星である事を『知って』おり、この地球が太陽を中心に公転しつつ自転しながら大宇宙を運行している事を知っています。

けれど私たちの内いったいどれほどの人が、実際に宇宙から球状の地球を見たことがあるでしょうか? 実際にそれが自転しつつ公転している姿を直に目撃した人間がどれだけいるでしょうか。

そう、『世界観』というのは、とくに日常を超えた『マクロ』としての世界観とは、多くの場合『情報』としてもたらされて初めて把握され得るのです。

ブッダ在世当時、すでに海外貿易をする商人の船団が海を渡って活躍していたことがパーリ仏典などから想定されます。そして大都市の住民とは、何よりも好奇心にあふれた知識の愛好者でした。

すでにリグ・ヴェーダの時代に確立されていた輪軸世界観と、交易商人からの伝聞情報としての荒ぶる大海のイメージが結びついて、ここに環流が渦巻く金輪の海のイメージが成立したのでしょう。

イメージ 1
青い海に囲まれたのがジャンブ洲(インド亜大陸)
周囲には荒波?が描かれている。

世界の中心に聳える須弥山は、神々が住まい梵天(ブラフマー=ブラフマン)のまします彼岸の世界は、その大海の激流によって人間が住むジャンブ州からは容易に近づけないものとして隔絶されていた。

その困難を克服して苦の海を超えることができた時初めて、私たち人間は絶対者ブラフマン(あるいは梵天)に至ることができた。

最初期の仏教が、解脱や涅槃に、つまり彼岸に至った聖者を『真のバラモン』と表現していることは、中村先生をはじめ多くの先学が指摘していることです。

この『バラモン』の原語がブラフマナ、つまりブラフマンを保つ者、ブラフマンを知る者、ブラフマンに至った者、という意味を持っている事を考えた時、この仮説の蓋然性の高さは自ずから明らかだと思われるのです。

508、(マーガがブッダに言う) 『誰が清らかとなり、解脱するのですか? 誰が縛されるのですか? 何によってひとはみずから梵天界に至るのですか? 聖者よ、〜師よ、私は今梵天をまのあたりに見たのです。真にあなたはわれらの梵天に等しいかただからです。光輝あるひとよ。どうしたならば梵天界に生まれるのでしょうか?」

638、この難路・険路・輪廻・迷妄を超えて、わたり終って彼岸に達し、精神を安定せしめ、欲望なく、疑惑なく、執着がなくてこころやすらかな人、 ― かれをわたしはバラモンブラフマナ:筆者注)と呼ぶ。

最後の638節を含む『大いなる章』は、聖者(ブッダ)をバラモンと表現する文言に満ち満ちています。恐らく彼岸に至った聖者とは、=ブラフマンに至った真のバラモン(ブラフマナ)であるという共通認識が、当時の世人(あるいはサマナ達)の間には一般化していたのでしょう。

イメージ 3
須弥山頂上に忉利天(ブッダが前世に住まう)があり、
そのさらに最上空には梵天王の住まう梵天界がある。
閻浮提(ジャンブ洲)から梵天界に『至る』ためには、
まずは金輪の大海を渡らなければならない。

須弥山は何よりもその頂上に梵天をはじめとした神々が住まう聖界と考えられていました。それはリグ・ヴェーダからアタルヴァ・ヴェーダに至る万有の車軸(スカンバ)としての絶対者ブラフマンの思想を明らかに受けています。

そして同じようにその輪軸世界観の文脈にあるウパニシャッド思想において、彼岸すなわちパーラム(paraloka)とは絶対者ブラフマンの世界そのものだった。

それら思想を受けた世界に生まれ育ち、そして修行し目覚めたブッダにとって、そしてその言葉に耳を澄ます聴衆にとって、彼岸のイメージとはすなわち、梵天(ブラフマン)がましますメール山の岸辺以外の何物でもなかったでしょう。

以上が、『彼岸はどこにあるか?』という設問に対する、輪軸世界観に基づいた私の回答です。

この仮説の何より重要な点は、本ブログの題名でもある『ブッダの悟り』において、これらの『彼岸観』が、その悟りに至る瞑想法の実践的作用機序と密接に関わり合っていたという『可能性』です。

そこで焦点となってくるのが、以前説明した、大宇宙と人体(小宇宙)を重ね合わせて私たちの身体の中にもメール山を中心とした輪軸構造世界がある、という思想になります。

すでに紹介したように、リグ・ヴェーダには原人プルシャからの世界展開という神話が存在し、ジャイナ教にはそれを受けたコスミック・マンの世界観があった。

イメージ 4
大宇宙は身体であり、身体は大宇宙である

そこに明らかなのは、この万有世界(大宇宙)をひとつの『身体』としてとらえる特異な世界観でした。

これがフィードバックされた形で、私たちの個的身体(小宇宙)の中に大宇宙と同じ輪軸の世界構造が存在するというヨーガの身体観が生まれた。

イメージ 5
私たちの身体は、コスミック・マンのひな型。
スシュムナー(背骨)を車軸(メール山)とし、
チャクラを車輪とする輪軸のミクロ・コスモス

この様な身体世界観は、すでにブッダの時代にはその原型が存在していた可能性が高いと言っていいでしょう。

何故なら、そもそも個我の本質であるアートマンが、万有世界の絶対者であるブラフマンと同一である、というウパニシャッドの思想自体が、このようなマクロの身体とミクロの身体の相応関係をベースにしていると考えられるからです。

長々と輪軸思想について論じてきましたが、次回の投稿から、いよいよ『脳と心とブッダの悟り』の核心について、考えていきたいと思います。


この記事は、ブロガー版 脳と心とブッダの悟り と連動しています。
このブログ内容は広く知られる価値がある、と思った方は、下記をクリックください

この記事に

閉じる コメント(2)

顔アイコン

本年もよろしくお願いします。

彼岸を須弥山世界観と結びつけ、渡るべき海(激流)という比喩を分かりやすく説明してくれました。

次回からの展開に期待します。 削除

2013/1/3(木) 午前 11:31 [ avaro ] 返信する

顔アイコン

明けましておめでとうございます。
宮沢賢治のavarokiteiさんですか? リンクがないので確認できませんが。。こちらこそよろしくお願いします。

2013/1/3(木) 午後 4:45 Satoru T. 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事