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アショカ王の回心2

前回、カリンガ戦後のアショカ王の心象風景を以下のように描写しました。
 
『この地上において、人として可能な限り最大限の栄華を私は実現してしまった。未だかつて聞いたためしのない全インド世界の帝王としての地位に私は登りつめた。現世においてこれ以上の栄達は考えられない。
 
しかし、どのような偉大な帝王も、いずれ死ななければならない。そして死後にはその生前の業に従ってそれに見合った来世へと転生するだろう。その時、10数万の命を殺戮し、その数倍に及ぶ人々に塗炭の苦しみを与えた私は何処に転生するのだろうか?
 
それは地獄以外にはありえないのではないか?!』
 
現代において、このアショカ王によるカリンガ征服は、史上初のインド世界統一という偉業である、と認識されています。おそらく、このような自覚は彼自身にもあったと思われます。
 
そして、このカリンガの戦役が、その偉業に反比例するように、史上最悪の殺戮戦であった事をも、アショカ王は自覚していた。
 
今もかなりな部分そうですが、当時はインドと言うのはひとつの『世界』だった。その世界史上初めて天下を統一した彼は、同時に、皮肉なことに史上最悪の殺戮者になってしまった。
 
史上最悪の悪業を重ねた自分ならば、おそらくは死後に赴く地獄もまた史上最悪の地獄になるに違いない。
 
すでに犯してしまった悪行の数々を、そのマイナス点を回復し、地獄必定から天界必定へと大逆転することは可能なのか。その為にはどうしたらいいのか?
 
苦悩する彼は、多分最も懇意にしていた仏教僧にでも相談したのでしょう。
 
おそらく長老の答えは以下の様なものだった。
 
『インド世界の主となったアショカ王の、その偉大なる力のあたう限り最大限の善業を新たに積んで悪業を帳消しにし、なおかつ天界に再生するためのプラス点をも積み重ねていかなければならない。』
 
何故天界に、なのでしょうか? それはすでに今生において人間としての栄華を完全に極めてしまった彼にとっては、人間界以下に再生する事は、イコール『落ちぶれる』事を意味したからです。
 
同じ人間界に、今より低い身分に生まれ変わる事。それは誇り高い彼にとっては、ある意味地獄に再生すること以上に耐えがたい事だったのかも知れません。
 
彼の成功哲学に従えば、今生における帝王としての人生は究極のゴールではない。それはあくまでも人間界における頂点に過ぎません。
 
真の成功とは、死後に天界に生まれる事。それ以外にはなかったでしょう。だからこそ、彼は自らを『天愛喜見王』と称した。彼の関心事はあくまでも在家信者として生天する事にありました(出家して輪廻から解脱する事は、関心の外にあったと私は判断しています)。
 
そう考えると、彼の法勅と呼ばれる碑文に、生活倫理道徳しか書かれていない事がよく理解できます。
 
カリンガ戦において数十万の人々を不幸のどん底にたたき落とした。その悪業を回復するためには、それ以上の人々に最大限の幸福を与えなければならない。そのための治安維持と互恵互愛の教えです。
 
カリンガ戦において、実に多くの家族が生き別れ死に別れ絶望の涙に暮れた。戦後の社会にはある種の修羅・畜生・地獄界が現成した事でしょう。もちろんそれを生みだしたのは彼自身なのです。
 
カリンガ戦において現成した地獄図絵の、ま逆の理想世界を何としても実現しなければ、自らの生天は絶対にあり得ない。この追いつめられた心境がリアルにシミュレートできるでしょうか。
 
現代のテーラワーダにおいて、幸せな来世を得るために最も高い功徳のある善業とは何でしょうか。
 
それは、まずは僧侶に食事や物を供養する事。そしてお寺に物的・金銭的な寄進をする事。ストゥーパや寺院そのものを建立する事。仏跡の巡礼。さらに自らが出家する事。あるいは自分の子供を出家させる事。あらゆる機会を得て、ブッダの教えを広め礼賛する事。
 
そしてそれ以前の大前提として、一切衆生に慈悲の気持ちを持って接する事です。
 
これらの価値観をアショカ王の事績と照合した時、そのほとんどが重なり合う事実が、彼の心象を鮮明に表しています。
 
ルンビニなどへの巡礼奉賛。ストゥーパや記念石柱の建立。実子マヒンダの出家とそのスリランカへの派遣をはじめ、各国への布教。一切衆生の福利厚生のための社会整備。ダルマの増進による大衆の幸福度向上。
 
これらアショカ王の特筆すべき事績の全てが、自らの生天のための積善の功徳、という視点から見ると、すっきりと整理されて把握され得る事が分かるでしょう。
 
だからこその『天愛喜見王』と言う自称だった。これだけ善業を積み重ねれば、いかなカリンガの悪業といえども完全に払拭され、お釣りで生天が可能になるだろう、という、アショカ王の自信と願望が相半ばした心象が見事に表れています。
 
これは私の『超訳』ですが、その真意は、『神々に愛されて(祝福されて)天界に迎えられ相まみえる(べき)王』と言う事だったのではないでしょうか。
 
さて、このようにプロファイルしていくと、ひとつ明らかな事があります。アショカ王が仏教にかける思いのそのほとんどは在家の信仰であり、自分の支配下にある俗世間・社会の幸福の増進を中心に、様々な功徳を積むことによってひたすら天界に転生する事を願っていただけで、いわゆる出家者の瞑想修行の実際については、ある意味関心がなかったのではないか、という事です。
 
これはタイの仏教について少しでも勉強すると分かるのですが、いわゆるテーラワーダの世界では在家と出家と言うのは全くの別世界に住んでいるのです。そこには明確に価値の断絶、というものが見受けられます。
 
アショカ王が仏教を周辺各国に伝道する、と発心した時に、何を焦点にしたのか。それは第一にブッダに帰依し礼賛する在家信者を増やす、という点に注がれたのではないか、と推測されます。
 
すでに当時、在家にとってはブッダというものは神格化された擬神として信仰されていた形跡があります。全く異なった文化風土に仏教を布教する時に、この神格化されたブッダと言うのは敷居が非常に低い訳です。
 
一方で、出家の修行生活というものは、基本的に輪廻からの解脱を目指しています。この方向性が共感を得るためには、何よりも輪廻転生という世界観と共に、そのループからの解脱、という価値観念が共有されなければならないでしょう。
 
これはある意味きわめて特殊インド的な思想なので、あらゆる世界に布教可能な普遍思想にはなり得ません。
 
在家のブッダ信仰と善業・悪業による天界・地獄への転生と言う思想は、おそらく世界中に見られる普遍思想に通じるでしょう。
 
天界の神々の更に上に君臨する絶対者としての神格ブッダに対する信仰を広める。これが、おそらくは同じ信仰を持っていたであろうアショカ王の、布教師派遣の主目的だったと思われます。
 
以上の文脈を敷衍すると、スリランカに派遣されたマヒンダ長老、彼はアショカ王の実子であると同時に出家僧侶だった訳ですが、彼はおそらく、絶対王である父アショカの『後生を良くするため』に命じられて『出家させられた』。
 
息子の出家の功徳は、父であるアショカ王に回向され積善されるからです。
 
出家した実子が遥かスリランカにまで遠征して仏教を伝道する。これ以上の功徳はないでしょう。だからこそ王子であるマヒンダが敢えて危険を冒して行くのです。逆にいえば、実の子がそれをしなければ、アショカ王の来世にはあまり意味はない事になります。
 
何やら身も蓋もない話だと感じるかも知れません。けれど私のポリシーとして、『あらゆる神話をはぎ取る』と言う方針を堅持しています。まずはブッダを神格化しない。インド思想それ自体をも神格化しない。そしてアショカ王の様なある種の『偉人』をも神話化しない、という事です。
 
『信仰心』を前提にした探求は、どんなに客観性を標榜してもそれは『神学』に過ぎません。私が興味があるのは仏教を『科学』する事であり、神学の上塗りをするつもりは毛頭ありません。それはこの2500年間うんざりするほど繰り返されてきた『ものがたり』に過ぎないからです。
 
次回は実際にアショカ王碑文の原文を参照しながら、今回の、かなり極端とも思える仮説について、逐次検証したいと思います。
 
 
この記事は、ブロガー版脳と心とブッダの悟りと連動しています。
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