多胡郡碑 建碑1300年
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「不手非止」創刊 昭和54年−秋季号
創刊号のグラビアは多胡碑。原石の表面の画像が折り込みで付いている。二玄社の
書跡名品叢刊にも原石表面の画像が拓本と見開きで収められており、参考になる。
原石表面画像
昭和56年ごろ、知人に焼き増しをしてもらった、というモノクロプリントを借りて、ブロニカで複写したもの。
恐らく、「不手非止」創刊号に掲載の画像と同一と思われる。下の方の色が濃いのは、私の複写(撮影)
技術の未熟さによる。
家蔵の原石拓本
石の亀裂などから、真石の拓本だと思う。滲みが多く、決して良い拓とは言い難いが、ぼんやり
した円筆、蔵鋒のイメージとは異なる、原石に刻まれた厳しい文字の様を割とよく再現していると
思う。
家蔵の多胡碑関連の書籍(上掲の「不手非止」を除く)を以下に挙げる。
○書道グラフ 特集−多胡郡碑と多賀城碑 No.11-1986 (近代書道研究所)
○書跡名品叢刊 奈良多胡碑 第106回配本 1965年12月15日再版発行 (二玄社)
○書跡名品叢刊 多胡碑 第106回 1988年11月30日15刷(二玄社)上掲と内容は同一、装丁が異なるのみ。
○知られざる名品シリーズ 第1期 1多胡碑と日本古代の碑 2006年9月5日発行(天来書院)
○書道名品大系 第12 日本金石文集 昭和47年6月10日 重版発行(書藝文化新社)
その他、平凡社書道全集9 日本1 大和・奈良、河出書房定本書道全集8 飛鳥、白鳳、奈良時代
臨書には様々な考え方がある。多胡碑の場合はどのように考えたらいいのだろう。
拓本と原碑では見え方が全く異なる。拓本で見えるとおりに書くと、実際の碑の状態とは
かけ離れたものになる。碑が国内にあるので、見ようと思えば確認できるのは貴重なこと。
ただ、原碑も光の当たり方でずいぶん印象は変わるし、う〜ん?
書道グラフNo.11-1986 掲載 趙之謙臨多胡碑
「多胡碑と鄭羲下碑」(前田次郎)−不手非止第1号に、
多胡碑を見るにこれも又大らかで円筆といわざるをえない。見方によっては最初刻された時は
今の状態ではなかったとも考えられるが、現状のままで次の比較を試みたい。
として、多胡碑と鄭羲下碑の比較画像を掲載している。
また、「多胡碑」(加藤 諄)−書跡名品叢刊解説に、
どんな拓本法帖でも、碑刻そのものではない。いかに精拓でも、刻線の底をまで写すことは無理であろう。
彫りが深ければ深いほど、字が大きければ大きいほど、この間の開きはあく。・・・・・・二行目の羊字における
横画の始筆は、薬研にV字形の影をはっきり示している。拓本においては、これが円筆蔵鋒となって現れてく
るが、目に訴える効果のいずれが大きいかは、言うまでもなかろう。日本金石の書道的鑑賞は、拓本を越え
て、刻字そのものの実物によらなければならない。また、われわれはそうすることのできる立場に置かれて
いるのである。
臨書する場合、見える通りに書いていると間違った文字を書いてしまうことがある。しかし、風化による碑刻
の変化を無視して、やみくもに復元してしまうのもどうかと思う。それは、あくまでも想像だから。だれもが、
納得できる最大公約数の範囲にとどめるべきでは、と思う。確かなのは目の前にある拓本であり、碑刻で
あるのだから。
さて、理屈はさておき、自分が書いたらどうなるのかしらん?半紙に書いたら、その後、半切に書こうと
思う。半切は新年書き初めかな? あはは :-)
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多胡郡の碑
多胡郡の碑 昭和50年頃、碑がまだ公園のいおり風の建物内に保存されていた時 撮影したもの。全文写したのだが、現在手元で見られるのは上掲の 2枚のみです。 右法さまのブログでとりあげられたので、参考になるかと思い、 載せてみました。 ...
2011/12/19(月) 午前 0:38 [ ながらぼんずの〔アート〕・・のようなもの ]
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昔、多胡郡碑をみにいきました。まだ公園の隅の小屋に有ったころで
現在は立派な保存館が出来ていて中に拓本、関係資料などと共に
陳列されています。
その時の写真断片だけですが、私のブログにアップしてみました。
臨書の場合、見えたとおりか、書かれた状態を考えるかは、上に書かれているように、いろいろと問題がありますね。
臨書は原本の復元ではなく、書き手の学習である、あるいは
書作家としての自己表現の為の訓練か、原本は素材である、というような考え方をすれば、書き方、捉え方は個人個人の裁量ということになるのかもしれません。
たしかに、理屈はさておき魅力のある碑だと、思います。
書初め、楽しみにしています。
トラックバックはできるでしょうか?
2011/12/18(日) 午後 11:53
多胡碑の画像拝見。ありがとうございます。きっと今は撮影禁止
なのでしょうね。貴重な画像ですね。
トラックバックOKです。承認後に公開という設定になっています。
2011/12/19(月) 午前 0:04
右法さま。
貴重な映像を拝見でき、感謝です。「不手非止」すばらしい本(誌)ですね。蛇足ながら、小生は資料をよくよく吟味した上で、やはり一度は書かれた姿に迫る臨書を試みるべき、と思うのですが--。でないと、「意臨ですから」という言い方のもとで、原石の存在はうすくなり、また学書しゃの向上にもつながらないかと---。
2011/12/19(月) 午前 8:57 [ Kiyoshiroo ]
>資料をよくよく吟味した上で、やはり一度は書かれた姿に
>迫る臨書を試みるべき
碑学派の立場に近いのでしょうか?もどるべき元の姿が
ない法帖では、どうしようもないですから。
日本のものは、肉筆が遺っていたり、原碑を直に見ることが
比較的容易なのでありがたいですね。
2011/12/19(月) 午後 7:58
右法さま。
私も書の始まり(法帖を見て書くという)は、中国のものを書いておりましたので、碑学派に近いかもしれません。白黒逆転でないと落ち着かないという時もありました。しかし三十年は、佐理、行成、光明、菘翁、良寛、空海と見て、学んでおりますので、---とくに自分で意識したことはないです。
写真版の方が、じっと見ていると、元の姿が浮かんでくるように感じました。あとは経験と想像力で---補うしかないかと--。
2011/12/20(火) 午前 2:17 [ Kiyoshiroo ]
右法さま。
たとえば、王羲之の楷書は無論真蹟もなく、想像するほかないのですが、鐘謡(?)や智永の法帖を見、また書くことでかなりのところまで迫ることは可能かと--。碑文のはっきりしないところは書かなくてもいいと思っています。ただ前後に同字があればそれを参考に--と。
2011/12/21(水) 午前 9:43 [ Kiyoshiroo ]
貴重な作品を見て勉強になりました。
大変ご無沙汰しております。
お元気ですか?
こちらはぼちぼち頑張ってます。
素敵なクリスマスを!
メリークリスマス!
2011/12/25(日) 午前 2:47 [ リズ ]
リズさま。
たった今、東京から戻ったばかりです。
東京で見てきたものは、近々ブログに掲載します。
2011/12/25(日) 午後 10:53