古墳探索
虎塚古墳・十五郎穴虎塚古墳
ひたちなか市にある虎塚古墳の、春の一般公開に行って来た。
虎塚古墳は7世紀前半に築造された、56.5メートルの比較的小さな前方後円墳だ。
中央では蘇我氏が権勢をふるっていた頃、築造された。
ただこの古墳がつとに有名なのは、後円部の横穴式石室に彩色壁画が描かれていることによる。
壁画保護のために一般公開は、春と秋のそれぞれ8日間だけと決められている。
壁画の見学は、石室の少し右手に造られた前々室から入る。
そこから左手に折れた前室を通り、石室の前の観察室からガラスごしに見る。
観察室の一番奥には、扉石が置いてあった。
もちろん内部は撮影禁止だから、あとは埋文センターのレプリカで…。
玄室の長さはほぼ3メートル、奥壁の幅1・5メートル、高さが1.4メートル。
白色粘土を下塗りした上に、ベンガラで模様が描かれている。
高松塚・キトラ古墳のとは全く違って、素朴な壁画である。
このような壁画は北九州に多く、なぜか遠く離れた茨城と福島に残っている。
いわき市の中田・双葉町の清戸迫・原町の羽山横穴墓など太平洋沿岸部に多い。
虎塚古墳は発掘調査の段階で壁画が発見されたために、ただちに保護施設が造られた。
発掘を担当された大塚初重明大名誉教授の政治力と、勝田市(当時)の判断の賜物だと思う。
考古学者は時によっては、強い決断力が必要だ。
その後の高松塚古墳の墳丘破壊と石槨解体の悲劇を思うと、それを強く感じる。
大塚明大名誉教授はお元気で、私が行った日の前日にバス2台を連ねて来られたそうだ。
十五郎穴
虎塚古墳のある台地の端に造られた、奈良時代の群集墓。
柔らかい凝灰岩を刳り込んで、造られている。
もちろん埋葬時は蓋石で閉じられ、礫や土砂で埋められていた。
太刀・勾玉・須恵器などの副葬品が、出土している。
ここへは以前二度訪れているが、そのころは埋文センターがなかった。
現在はすぐそばにある埋文センターで、他の遺跡の出土品も見学することが出来る。
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