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新薬師寺  

奈良市高畑の新薬師寺。
聖武天皇の眼病平癒祈願のため、光明皇后が建立した「あらたかな」薬師寺です。


私が古墳探索にのめりこむ前には何度も行っていて、唐招提寺の次に好きなお寺です。
最後に行ったのは東門の解体修理をしていたときですから、20年近く前のことになります。
ちなみに寺跡で一番好きなのは、それはもう桜井市の山田寺跡がダントツです。


新薬師寺につづく東側の道、ずっと先の赤い柵に囲まれているのが東門です。

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東門は鎌倉時代の再建で、本柱の上が二つに割れて、板蟇股を挟んでいるのが特徴だそうです。

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新薬師寺は南側に回り込んで、これも鎌倉時代再建の南門から入ります。

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目の前は創建当時からずっとここにあった、おおらかな本堂です。
創建当時の新薬師寺は七堂伽藍の大寺でしたが、鎌倉時代までに現在の本堂だけ残して総てが消滅してしまいました。
当時東北隅辺りにあった食堂と推定される建物が唯一残って、現在本堂になっています。

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天平時代築の本堂は外観はもちろんのこと、撮影禁止の内陣の化粧屋根裏と一直線な力強さを感じる合掌がすごい。
土壇の上には本尊の薬師如来像を囲んで、ほぼ等身大の十二神将像が半円形に並び立っています。
内陣に入ったとたんに現代を離れて、天平の昔に迷い込んだような気持ちになるのはいつものことです。


全身豊かな表情の十二神将は塑像ですが、一体を除いて総てが天平仏です。
土で造られた仏像ですから、いつ壊れてもおかしくないそうです。
それが現代にまで残っているのですから、奇跡に近いものを感じます。
土に群青・緑・青・朱・金箔で彩色された造立当時の十二神将像は、さぞ華やかなものだったでしょう。

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あの時代のものが今に残っている奇跡のひとつですね。
ほかが焼けてしまったので、食堂を本堂にしてそのまま……という話を最初に知ったときは「なんでそんなやっつけを、今に至るまで」と思いましたが、今になってみると確かに大らかでいい味です。
眼病平癒……近視と乱視と老眼もなんとかしてくださるでしょうか……。

2010/3/13(土) 午前 9:17 みみた

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みみたさんも、同じ悩みをお持ちなようで…(笑)。

世の中のあらゆる眼病の平癒を祈って、奇跡を待ちましょう。

2010/3/13(土) 午前 11:49 ささだ

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