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山と土と樹を好きな漁師 佐々木公哉のブログ
東日本代震災の被災漁師が現地生の声をそのまま伝えます。復興が遅れは何故なのか、今の安倍政権ではウソばかり、ダメです。

書庫被災地漁師の声〜東日本大震災津波

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「東日本大震災から7年目」ー
【岩手県の内陸避難者の住宅 長い仮設住宅暮らしに疲れ、諦めて、苦渋の決断をして故郷を離れた人達だ。 被災地で暮らすより不安はあるのかも知れない】
 東日本大震災後、内陸で避難生活を送る被災者向けの災害公営住宅整備の動きが本格化している。岩手県などはニーズを踏まえ、盛岡、花巻、遠野、北上、奥州、一関市に計291戸の整備を予定。 先月には、建設地が決まった5団地の仮入居募集を行った。
 この方々は、震災から6年。「住めば都」という言葉があるが、もう、内陸から沿岸に戻る事はない。
 長い仮設住宅暮らしに疲れ、諦めて、苦渋の決断をして故郷を離れ
た人達だ。 被災地で暮らすより不安はあるのかも知れない。
画像に含まれている可能性があるもの:8人、、スマイル、大勢の人

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、立ってる(複数の人)、屋外その一方で、被災地の仮設住宅に残る人は、「取り残される」気分になり、焦りを感じるとはずだ。
仮設住宅から、故郷を離れていき、空き部屋がドンドンふえると、強い焦りを感じるのだ。

【震災6年を経て、ボランティア活動が先細りの現状 役所も力を入れて、各支援団体はギアを入れ直してほしい】
 故郷に戻りたいが、仕事や子どもの学校のことを考えれば今の生活を変えたくない…。悩んだ末に内陸定住を決断した避難者にとって、今後の生活の見通しが具体的に目に見えるようになってきたことは大きいだろう。
 だが、新たな不安もある。隣には誰が住むのか、地域の人とどうお付き合いすればいいのか。沿岸部でも災害公営住宅入居者の自治組織づくりが模索されているが、沿岸各地からばらばらに内陸へ避難している住民にとって、不安はより一層大きいはずだ。
 入居者同士、そして入居者と地域住民のつながりづくりに向け、県、市、NPOなど民間団体が密接に連携し、息の長い支援が欠かせない。特に震災6年を経て、ボランティア活動が先細りの現状だけに、受け入れ市町村の役所も力を入れて、各支援団体はギアを入れ直してほしいと願うばかりだ。

【入居者が災害の教訓を伝える語り部活動をすることで、地域全体の防災力が高まる そこからコミュニティーづくりはできる】
 盛岡市のもりおか復興支援センターは先月、先進事例に学ぶ講演会を開き、市内の災害公営住宅入居希望者や地元町内会長らが参加。今後の展望を共有する上で有益な機会となった。
 仙台市のあすと長町第三復興公営住宅自治管理組合会長の飯塚正広さんらが、コミュニティーづくりに苦闘した経験を踏まえ、早くから入居予定者が定期的に顔を合わせ、外部支援団体の協力も得ながらつながりづくりを進める必要性を提唱した。
 意見交換では、もりおか復興支援センタースタッフが建設予定地周辺のバス停や学区などを紹介した。
 入居者と地域とのつながりづくりへ「入居者が災害の教訓を伝える語り部活動をすることで、地域全体の防災力が高まるのではないか」などのアイデアも飛び出し、参加者から「心構えができた」などと好評だった。
画像に含まれている可能性があるもの:12人、、スマイル、立ってる(複数の人)

【つながりが必要なのは被災者だけではない コミュニティの形成の為に、知恵を絞っていくしかない】
 交通の便、共益費、ペットの問題など入居希望者の不安は多い。各地の住宅建設地でも、早い段階から座談会や食事会、先進事例の勉強会などを積み重ねることで、不安の軽減に努めていくしかないだろう。
 つながりが必要なのは被災者だけではない。全国の都市部で町内会活動など既存のコミュニティーの衰退が進む中、ひきこもりの長期化、独居高齢者の孤独死などが社会問題化している。
その意味で、身近に災害公営住宅ができることは、地域福祉を充実していく好機でもあろう。
画像に含まれている可能性があるもの:空、夜、屋外

 沿岸部の実践にも学びつつ、「新たなつながりづくり」は、新しい被災者や従来からの市民のコミュニティの形成は、やはり、行政と「被災者相談支援センタ.ー」などのボランティア団体などが、その場を作り、同じ何かを共有するしかない。
画像に含まれている可能性があるもの:1人、座ってる
その知恵を絞り、とにかく行動を起こして行くしかないだろう。 
反省から新たな発送、改善は生まれるのだから。

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「東日本大震災6年」ー
【津波被災・岩手、宮城の「ポスト復興」鍵を握るのは「生業」(なりわい)、そして雇用の確保こそが今の一番の課題】
画像に含まれている可能性があるもの:空、屋外
 
 大きな津波被災した県は、岩手、宮城、福島であるが、なかでも福島原発事故の福島は、実態を公表しておらずか自分が見つけられないために、岩手、宮城について書こうと思す。
 さて、東日本大震災では2万を超す事業所が被災し、7万5000人が、筒前にしかも一気の職を失った。
 そうした「生業」(なりわい)の、未曽有の喪失を経験した日から7年目に入っている。
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【この6年の間に、「復興需要」は縮小を続け、復活を成し遂げた、事業所の休廃業は再び増加に転じてる】

 公的資金、金融措置、そして特需で苦境をしのいだ、被災企業は今、厳しい競争原理にのみ込まれようとしている危機にある。冷酷な現実がある。
 帝国データバンクによると、この6年間で休廃業・解散した宮城・岩手の事業所数は約6000に。このうち2016年は578件で4年ぶりにまた増加し、倒産数(152件)の4倍に上った。 復興特需で利益を確保した企業が、一気に廃業に踏み切るケースも出ている。
 一方、倒産件数は低水準で推移する。企業の体力が回復したとはとても思えない。
 金融機関の返済猶予、利子減免など政策誘導で破綻を免れている企業は少なくない。しかし、ごく近い将来、返済は本格化する。
 疲弊した経営者が一段の決断を迫られる場面が増えるのは必至だろう。

【被災企業の経営状況は二極化している。施設・設備復旧費の最大75%の補助を得られるグループ化補助金 建設業が殆どだ】
クリックすると新しいウィンドウで開きます 被災した企業が再生するために作られた制度が「グループ化補助金」というもので、同じ市町村で同業者が6社以上組んで、補助金の申請、交付が受けられる制度である。
 何故、「同業者が6社以上」なのか? それは、個人事業者などある場合、個人財産の形成になるためにグループ(団体)とみなして補助するためだ。

 しかし、小さい僕のような4千人いない、ところでは同業者6社などいない。全て、排除されて、不公平感が拭えない制度であったと私は強く感じ誠に不満である。
 グループ化補助金は市単位になれば事業者復活に役立ったのはたしかだ。
 岩手・宮城では約8000社が活用し、約4500億円が交付された。
 東北経済産業局の昨年10月の調べでは、制度を利用し、売り上げを震災前の水準以上に戻した企業は35%にとどまる。

 回復要因は復興特需が最多の約3割。業種は、当然ながら建設業が85%を占めている現状だ。
 震災で販路を断たれた、両県の基幹産業である「水産加工業」は2割に満たなかったのだ。これこそが、不備な制度ともまた言える。建設業の場合、女性の雇用が生まれないからだし、やはり、基幹産業であった「水産業」は、補助対象を広げる工夫が必要だったのではないだろうか? 災害復興で大事なのは、元々あった基幹産業の復興がその地域の経済活性化のカギを握ってることを、次の災害には是非活かして欲しい。

【被災地がいや応なく競争に巻き込まれているのは人材の確保だ。岩手・宮城の有効求人倍率は地域によって2倍を超した時もあった】

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 これはハローワークの資料に基いているが、内容を見れば、殆どが「建設業」で、しかも「ダンプや重機の運転手」しかも「30歳以下」で、「要経験者」なので、これに該当する人はほんの僅かしかいないのが現実である。
 このため、多くの地元企業の建設業はそのあおりを受け、人手不足で仕事を受注できなかったりした。
 
 
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 基幹産業の「水産加工業」などは、殆ど無い状況だったし、今も同じだ。

水産加工業では、震災以降の海の変化で「魚資源が激減」し、漁師も赤字になるために漁に出ない人まで出ているから、「原材料不足」で事業を断念したり、「後継者不足」でも相まって事業継続が非常に困難な現実に直面しているのです。

【震災前までは、被災地の企業は地域の暮らし、雇用を支えてきたのである。事業継続は社会的責任でもある】
 被災地は、この6年で人口の激減で需要が伸びる要素はない。
利益拡大に執着すれば早晩、行き詰まるだろう。

さて、「ポスト復興」をどう描くか。鍵は連携なのではないだろうか。
 被災地では、国内外の企業がCSR(企業の社会的責任)の一環で復興支援を続けている。
 復興庁は大手企業と被災企業を結ぶ「結(ゆい)の場」事業を展開をしたようだ。
 岩手・宮城では地元企業98社、大手企業など267社が参加し、販路開拓などで一定の成果を挙げている。
画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、座ってる(複数の人)、食事(複数の人)、食べ物

【地域に眠る商品、技術、アイデアが外部の目で見いだされることは珍しくない】
 既存企業の価値を第三者の目で見つめ直す。その機会は幸い、被災地に優位性がある。新しい、地域に眠る商品、技術、アイデアが外部の目から発想して事業化した例は沢山ある。

なりわいの復興は地場の企業の安定を抜きには語れない。
復興7年目に入る今、歩みの速度を緩め、身の丈に合った事業継承の戦略を描けないか。
この連携の糸を1本でも多く、長く張り巡らせる経済モデルがあるはずだ。 
これからも、前向きにオール被災地で取り組むべきことだ。と確信できる連携である。

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三陸漁師の直販「昆布・ワカメ」】の産直
 海が震災以降、大不漁で魚などがいなくなり、船を出しても赤字になるために、2014年5月から、直販です。 本来自分はタコやイカ、海底の魚をとっていた「漁師」でしたが、震災前の10分の2も捕れません。漁師としての生業(なりわい)が立たないのです。こののために初めた昆布を主とする販売です。
【「すき昆布(2枚入れ)」「だし昆布(黒昆布種)」販売しています。】 https://www.facebook.com/kin3200/
自動代替テキストはありません。

 ここで販売してる昆布は、北三陸(岩手県・田野畑村)で生産されています。親潮の栄養と太陽の光で自然に育っています。
 もちろん、添加物など無論なしの完全自然食品です。
   どうぞよろしくお願いします。
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「東日本大震災から7年目」ー
【被災地 自治体の県職員 市町村職員や特別出向の警察官が離任。新年度からは、また派遣職員など減少 人で不足の深刻さ】
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 今月いっぱいで、自治体の県職員 市町村職員や特別出向の警察官が離任し、新29年度からは、また派遣職員などが極端に減少しそうだ。
 これまでずっと、人手不足に悩む東日本大震災の被災自治体が、全国の別の被災地にまで職員派遣を要請せざるを得ない苦境に直面している。
 例えば、宮城県内は技術職など200人以上、岩手県でも120人が確保できずにいる。西日本では熊本、鳥取地震の影響で派遣継続に難色を示す自治体が相次いでおり、東日本大震災の現場から離れている。
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【新年度の平成29年年度以降の大幅減少されていく情勢であり。増々、職員の人で不足は深刻な問題となるのは確実である】
 画像に含まれている可能性があるもの:雲、空、屋外、水例えば、全国各地から宮城への過去3年間の応援職員の推移はグラフの通り。昨年4月1日現在、沿岸市町に608人、県に221人が派遣され、全体で2015年同期比で24人、14年同期比で49人減少した。
 地域別で最も減少率が高かったのが中国・四国の22.7%(22人減)。昨年4月に熊本地震、10月に鳥取地震が発生し、熊本は13人中7人、鳥取は14人中2人が派遣元に戻った。

 宮城・岩手・福島県は自治体訪問や全国知事会や全国市長会、全国町村会を通して新年度以降の派遣継続を働き掛けているが「熊本へ優先的に職員を回したいとの理由が多く、西日本の応援は相当減るのではないか」(県市町村課)との不安は拭えない。

【震災以降、被災3県では、どこの市町村でも職員確保に四苦八苦している】
自動代替テキストはありません。 昨年12月1日現在、沿岸市町は432人、岩手県は87人、宮城県は111人、福島県でも、127人が不足。
 職種別では土木職が402人で最も多く、復興事業の発注業務などに支障が出ている。
 気仙沼市は「技術職が足りない。被災の度合いは重く、しばらくは他の自治体に頼らざるを得ない」と強調。岩手の大槌町は「県外から同規模の派遣継続は難しいとの返答を受けている。任期付き職員の採用などで必要数に近づけたい」と苦しい胸の内を明かしている。
 防潮堤建設や橋や道、修復工事などハード事業は、17〜18年度にピークを迎える見込みで、あと数年はこれまでと同規模のマンパワーが必要とされる。
 3県の知事は18年度末までの派遣継続を訴えているが、見通しは厳しい。

【震災から6年がたち「自立」を促す声も強まる。阪神大震災を経験した兵庫県は100人規模の派遣態勢を縮小する方針だ。】
 派遣職員との意見交換会で10日に仙台市を訪れた同県の金沢和夫副知事は「他に頼り切りでは被災地が自らの足で立てなくなる。おんぶに抱っこから、自分たちの手による再建へとソフトランディングする時期ではないか」と指摘した。
 確かに、指摘のように6年がたち「自立」を促す声も強まることも理解できる。

【安倍政権になってからの「空白の3年」高台移転先の用地の確保の「改正土地特区法」の立法化してもらえなかったことが復興を止められた元凶。 悔やまる時間だ】
 やはり、今になって悔やまれるのは、安倍政権になってからの「空白の3年」である。高台移転先の用地で承諾をえるのは無理でやむなく、何度も政府に、承諾なしや土地取得が簡素化できる「」の立法化を政権発足後すぐに、陳情したが、なかなかそれを国会に出さなかった。

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 その間に安倍政権がやったことは、国家機密法、集団的自衛権など国際社会の「安全保障」に頭とエネルギーを使っていた。

明らかに、当時の2次安倍政権の発足の時の「緊急度選択のミスであり、国民をまず先にという視点がかけている」
被災地の復興工事が全てストップしたような状況になり、この3年の期間に仮設住宅から諦めて転出していった被災者が実に多いのだ。

【復興予算の余りを出すために、遅らせた感も否めない】
このため、予算が余って、その決算で不用額となった復興庁の予算が各省庁の官僚によって「被災地とは全く関係」のない所に使われたのは、記憶に残っている国民は多いはずである。
そして、その財源は「復興税」も含めれていることをお忘れなく。


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 被災地にしてみれば、「まず、国内の復興を優先に実行してほしかったし、時間が悔やまれる」

 緊急度が高くて、どこの党も反対しない法案である。 2014年5月にようやく国会で、全会一致で法案化。
 
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できるまで、何も工事が進まず、予算の消化が3年間も、ほったらかしにされ、遅れずれ込んでるのである。
 これが、被災3県の復興をおくらせた、元凶である。 しかし、なかなか、そこまで、他県には説明できない事情もある。

【来年度、つまり4月からは、今年の3割以上は減少しそうな感じだ
自動代替テキストはありません。
特に岩手は、昨年の8月30日の台風10号被害で、多重災害を受けた、このため、河川改修工事など増えたし、仮設住宅も建設し、その被災者の心のケア問題への対応が大変になるのは確実。
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一方で、職員の長時間労働による、うつ病、自殺などの現実もある。

県、市町村ともこれまで以上に、ベテランOBを主体に期限付き臨時職員の確保に努力しなけばならないだろう。

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「東日本大震災から7年目に」ー
【井上ひさいさんが愛した、岩手県・大槌町の吉里吉里の高台にある【風の電話】に、全国から訪れる人がまた増えている。】
 東日本大震災で岩手県大槌町は役場で村長始め幹部職員43名が亡くなり、およそ1300人以上の死者が出て、街が全て津波で流されてしまった街です。
 その街の南に吉里吉里地区という海岸があり井上ひさいさんが愛した場所でもあります。
 ここの高台に誰がなずけたのか白い【風の電話】という線の繋がっていない電話ボックスがあります。
 周りはこの電話を作った庭師の方の美し庭、花が沢山咲いてるほんとに天国のような場所です。
【線がつながっていな、亡くなった方と会話ができる電話があり、ボックスの中には黒電話と、1冊のノート置かれているだけです】
 ここは、震災で大事な人を亡くしたご遺族の方が、ここに来ればその亡くなった方とお話が出来る、貴重な場所となっていきました。 
 
 口づてでこの電話は静かに全国に伝わり、「亡くなった人とお話が出来る電話」ということで、被災者のみならず、全国からも多くの人が訪れる電話になっていったのです。

【この電話が、震災6年目を迎えた3月11日から、何故なのかまた訪問する人がふえているのです】
震災で亡くなった方は、丁度7回忌に当たりその為もあるのでしょうが、事故や突然家族を亡くした全国の遺族も訪れる場所になっているのです。
NHKでも全国放送されて、当時有名になったのですが、それがまたいまお彼岸でもあり、口づてでひろまっているのでしょうかね・・?
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当時の記事を再掲します。
「アーカイブス311」ー
(再掲)【「風の電話」〜電話ボックスの中に置かれているのは、線のつながっていない黒電話と、1冊のノート 天と繋がる電話 「311東日本大震災」】
http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/63318463.html
「山と土と樹を好きな漁師」 2014/10/31(金) 午前 8:32

【311東日本大震災 「風の電話」〜電話ボックスの中に置かれてい

るのは、線のつながっていない黒電話と、1冊のノート】

津波で大きな被害を受けた、岩手県大槌町にあります。
「風の電話」というのが岩手県大槌町吉里吉里地区にあります。
海辺の高台にひっそりとたたずんでいます。
風の電話を設置したのは、庭師の佐々木格(ささき・いたる)さんです。
亡くなった人たちと心を通わせることができる場をつくりたいと、震災から1か月後、自宅の庭に電話ボックスを置きました。
電話ボックスの中に置かれているのは、線のつながっていない黒電話と、1冊のノートです。
この「風の電話」の線は、実際はどこにも繋がっていません。繋がっているとすれば「天」なのかもしれません。

亡き人とつなぐ “風の電話”です。亡くなった家族や友人と、もう一度話をしたい。そんな思いを抱える人たちが、これまでに延べ1万人以上訪れています。
訪れる人たちは、今は会えない大切な人と会話をします。
会話を終えると、ノートに思いをつづります。


「亡くなった家族や友人と、もう一度話をしたい。」

そんな思いを抱える人たちが、これまでにのべ1万人以上訪れています
亡き人とつなぐ “風の電話”ボックスなんです。

僕も一度行ってみた事があります。高台にあってそこには、色々な花が植えられてベンチもあり小さな公園のようです。僕が行った時は3人ぐらい、電話の近くに遺族と思われる人がいました。とても、静かなところです。
ボックスに人がいなくなってから入ってのノートをみました。色々な思いが書かれていて、涙が・・・。
NHKのおはよう日本で「風の電話」2014年7月18日(金)に放送され、再放送10月半ば頃だったと思います。にこの前BSで再放送されていました。
その放送から抜粋させていただきます。

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亡き人とつなぐ〜「風の電」

「阿部アナウンサー」ー(岩手県大槌町に近い、遠野市出身)
こちらは、被災地に置かれている電話ボックスで、『風の電話』と呼ばれています。亡くなった家族や友人と、もう一度話をしたい。
そんな思いを抱える人たちが、これまでにのべ1万人以上訪れています。」
鈴木アナが取材しました。
「この『風の電話』に訪れる人たちを取材しました。」

◆亡き人とつなぐ “風の電話”
津波で大きな被害を受けた、岩手県大槌町。
風の電話は、海辺の高台にひっそりとたたずんでいます。
電話ボックスの中に置かれているのは、線のつながっていない黒電話と、1冊のノート。 訪れる人たちは、今は会えない大切な人と会話をします。

会話を終えると、ノートに思いをつづります。
男性;「友達というか、仲間というか、まだ見つからない人がいまして。どうしているかなと。」
女性:「私は息子を亡くしてね。何年たっても忘れることができなくて。」





風の電話を設置した、庭師の佐々木格(ささき・いたる)さんです。
亡くなった人たちと心を通わせることができる場をつくりたいと、震災から1か月後、自宅の庭に電話ボックスを置きました。

“会いたくて、会いたくて、声が聞きたくて来てみました。
もう痛くないよね、苦しくないよね。” “まごちゃんが3人になったよ。
かあさんにおふろに入れてもらいたかったよ。
いろいろ聞きたいことあるんだ…。”

ノートにつづられているのは、風の電話がつないだ大切な人との会話です。

佐々木格さんは「亡くなった方の思いもわかりたいと思うでしょうし、自分
自身も伝えたいことがいっぱいあったと思うし。心の中の重圧、それを半分はこの電話に置いていってくださいと。」と語ります。

この日、風の電話を初めて訪れた人がいました。友人が見守る中、電話ボックスに入った女性。
最後まで受話器を手にすることができずにいました。
東谷陽子さん
「電話には、手をとることはちょっとちゅうちょしたんですけど、できなかったですね。」
「難しかったですか?」
東谷陽子さん「やっぱりあの日に戻りますからね。」
風の電話を訪れた東谷陽子(あずまや・ようこ)さんです。
津波で自宅は被災しましたが、かろうじて命をつなぎとめました。しかし、近所に住む兄の忠廣(ただひろ)さんは、津波にのまれて亡くなりました。
悩みごとがあるといつも電話で相談できる、たった1人の兄妹でした。
震災から3年以上が過ぎた今も、兄の遺影を置くことができずいます。
東谷陽子さん
「ある日突然、心の整理がつかないうちにいなくなったっていうのがあるから、遺影はかざれないですね。」
震災後、2人の孫が生まれた東谷さん。
今は孫が生きる支えになっています。
いつかもう一度、風の電話を訪ね、兄と向き合いたいと考えています。
「どんな思いで亡くなったんだろうなとか、怖かったんだろうなとか思うと、ほんとうに切ないんですけど、でもやっぱりがんばって生きないと(兄に)申し訳ない。」
風の電話を訪れようと、名古屋からやってきた人がいます。鶴島道子(つるしま・みちこ)さんです。 陸前高田市で被災し、夫を亡くしました。
震災後、名古屋に避難しましたが、いつかは夫と暮らした陸前高田に戻りたいと考えてきま
した。 3年が過ぎた今、その思いが揺れています。
鶴島道子さん
「いろいろと迷う。あっち(名古屋)はあっちでなれてきたというのもあるし、あっちで新しくつながってきている人たちもいるし。」
今、改めて、夫と話がしたい。鶴島さんは電話ボックスに入りました。
「“今、すごい悩んでいるんだ、パパが生きて
いれば陸前高田にいたのに”。なかなか自分のことを吐露することはないんですけど。」

▼鶴島さんが夫とかわした言葉。

“どこで今後、暮らせばよいかわかりません。”亡くなった大切な人との会話をつなぐ風の電話。今日も静かに訪れる人を待っています。


鈴木アナ
「この風の電話に訪れた人たちに話を聞きますと、『震災から時間がたち、みんなで復興に向けて進んでいこうとする中で、自分だけが取り残されていくような不安にかられている』、こういった声が数多くあったということです。」

阿部アナ
「それだけに、大切な人を亡くした人たちが、胸の内を明かすことのできる場所がより大切になってきているということなんでしょうね。」

http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2014/07/0718.html
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311東日本大震災の行方不明者は、今も2014/10/10現在:死者 15889人、行方不明 2601人です。今、思っても膨大な人数です。



 







それから、3年7ヶ月以上経過して。ご遺族の気持ちは色々だとおもいます。
『風の電話』に訪れる人たちは、どんなに辛い思いをしてるのでしょうか。

 
亡くなった方々の遺族も、完全に踏ん切りを付けているつもりの人はいないでしょう。

また、行方不明の遺族はもっと辛い思いをしているとおもいます。

今でも、骨の欠片でも帰ってきて欲しいと願ってる

のです。

この記事に

昨日は、病院でした。道には雪はなくて良かったです。
カウンセラーとの話しで愚痴を含めて自分の悩みを「吐き出し」話すと、やはり、スッキリします。昨夜も久しぶりに眠れました。
精神科の医者には、その要点を話して、また、カウンセリング継続のオーダー処方を出してもらいました。
畑や山にはまだありましたが・・。午後は雨でしたね。
このまま、降らずに春になるのか?
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例年の「沿岸の春のドカ雪」はまだなので、油断はできません。

決まって例年だと、湿った北東の風に乗った重たい雪がふるので

すが・。沿岸部は、空気が乾燥してるので、山や畑は水不足です。

今日も昆布の発送です。 
「便秘が治った」、「悪玉コルステロールが下がった」「血糖が安定した」という反響が沢山きています。
そうした事に気がついた人は、必ずリピートしてくださいます。
ありがたことです。
 僕は、商売には向いていないと思います。 儲け優先とゆうよりも、こうした、リピートの方や沢山の注文の方にはオマケをつけてしまいのです。

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そう言えば、21日から養殖生ワカメの収穫が始まりました。
生は、昨年より少したかめですが、田野畑村の塩蔵ボイルワカメは人気があり、今年も例年の2倍ぐらいの単価のようです。
また、首都圏のデパ地下に並んで、高く販売されると思います。

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 あの健康食品会社などを販売してる、しつこい電話やDMなど僕には真似ができませんからね〜〜。 どうしても漁師根性でサービスしてしまうのです。

この記事に

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