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食の街おこし「S−1グルメグランプリ」(上)

  「S−1グルメグランプリ」が2月18,19日の両日、県
民交流センターの広場で開催された。これは鹿児島県
内の商店街が、地元の特産物を使って、食の味を競う
ものである。大会には県内から13の市町村が出場した。
 
 この大会は昨年に引き続き2回目、2日に渡って4万人
の人を集めた。昨年の2倍の数だという。会場が狭いので、
肩が触れ合うぐらいの混雑の時もあった。人気メニュー
のところには長蛇の列ができて、4〜50分ぐらいの待ち
時間ができたほどだ。
 
 奄美では商工会議所が主催して予選会を行い、郷土
料理「鳥しん」を経営する手島慎二さんが発案した創作
料理、「奄美黒豚パパイヤ丼」が選ばれて本選に出場し
た。
 
 このドンブリは黒豚をしょうゆ味で煮込んだのに、パパ
イヤ漬と海苔その他の野菜を添えて丼風にしたものだ。
私は事前に鳥しんで食べたが、なかなかおいしく好成績
が期待できると思った。
 
 この大会は各地で予選会を行い、各チームとも4か所に
出場しければならない。そして決勝戦を鹿児島市の中心部
で行う。手島さんも遠く志布志にまで出かけたという。奄美
では桜マラソンのいちイベントとして行われた。しかしマラソ
ンが笠利で行われたために私は参加していない。
 
 この大会に出かけたきっかけは手島さんが出場したこと
だ。手島さんはライオンズクラブに所属しており、ライオン
ズの仲間と応援を兼ねて行った。私は2日間会場に足を
運んだが、グルフを兼ねたメンバーもいた。
 
 この大会はまず10枚ひとつづりの食券を購入する。食券
には投票権が付いており、最もおいしかったものに投票す
る。どこの料理も300円から400円。多く食べれるように少
なめに盛りつけられている。私は二日とも参加して、どちら
も5食の料理を食べた。さて大会の内容は次回に報告する。
 
 
 
 

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アジアのクロウサギプロジェクト(下)

 スクリーンに新潟の美しい棚田の風景が映し出されて、北川氏
は日本は農業を捨てた。作らないことでお金をもらえるようにした
と言って減反政策を批判した。棚田は450年前に作られたが、
米を作らなければ無用の長物になる。
 
 北川氏はその棚田に彫刻を作った。一見意味のないような彫刻
だった。地元の農家の人は賛成していなかった。しかし都会の人
は面白いと思った。そして大勢の人がそれを見に来た。そしてその
棚田に都会の人が後を継ぎに来てお米を作って農業を継承したと
いう。
 
 北川氏は田舎の農地や空き地にいろいろな彫刻を作って放置(?)
した。地元の人が賛成しなかったものもたくさんあったが、それが都
会の人を引き寄せた。とにかくいろいろなアート作品作って、いろいろ
な場所に置いた。廃校なった小学校にアート作品作って、夜に電気
をこうこうとつけた。
 
 そして北川氏はアート作品の材料にお金をかけない。あまりもの
みたいなもので作る。アイデアが勝負だが、誰でもできるようなもの
を作っている。そして出来上がったものは、あまりみいかけないよう
なものばかり。
 
 どうしてそんなことをするかというと、都会から人を呼ぶためだ。戦
後、田舎から都会に多くの若者が出ていった。田舎は人口が急激に
減少して老人ばかりになった。そして人がいなくなり、地域の伝統文
化の継承も難しくなった。それをアートによって、都会から若者を呼
び寄せようということだった。
 
 北川氏は本当は地方が東京を必要としている以上に、都会は地方
を必要としていると言った。地方のマイナスだと思われる財産は、プ
ラスにもなると言った。だからやり方さえ考えれば、都会から過疎地
に人がたくさんくるということだ。
 
 それでは奄美をそうするのか。それについては言及しなかった。奄
美のことをまだあまり知らないということもあるだろう。たぶん奄美に
来たのも2度目ではないか。しかしアートを使って、奄美の伝統文化
や自然を利用して生かそうと考えているのではないか。
 
 北川氏は人がどんどんいなくなり、さびれていくところにも無限の可
能性があるのだと、そういうことを強調したいようだった。近い将来、奄
美でアート活動をしてくれることを期待したい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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アジアのクロウサギプロジェクト講演会(中)

 実行委員の友原氏のあいさつの次に極真会空手の緑健児氏と格闘
家の武田幸三氏のプロモーションビデオが流れていた。どちらも輝か
しい戦歴を披露したものだった。
 
 緑健児氏はあいさつの中で2年前に北川氏と会ったことを述べて、
奄美に来てくれるようにお願いしたら、奄美の状況にひかれた。奄美
には以前から興味があったと言ってくれた。そして先生に奄美を見て
もらうために観光してもらった。特別サポーターとして武田幸三さんに
も来てもらった。彼は観光大使で私も観光大使だ。
 
 次に武田幸三氏があいさつをした。自分は島外の人間だが奄美は
大好き。だから奄美には何度も来ている。人口がどんどん減ってな
んとかしなければならない状況はよくわかっている。役所の指示を待
っているような状況ではない。奄美の良さは沖縄のような商業的でな
ないところだ。また奄美は団結力があるように思う。自分は奄美のた
めに必ず協力する。自分は現在、吉本興業属している。吉本を利用し
て宣伝することもできる。
 
 そして一通り前座のあいさつが終わり、いよいよ北川氏の登場。北
川氏は美術が専門、肩書もアートデレクターということで、講演に映
像を頻繁に利用していた。そのために当欄のように文章だけで説明
するというのには向かない面もある。その点は考慮してもらいたい。
 
 北川氏はまず東北の復興のことを持ち出して、これは日本全体で
考えなければならないとした。そして自分の専門の美術というものを
額にかかっているというものではないとした。お祭りや食べ物、ダンス
やスポーツに歩みよっているとした。
 
 そして新潟県の越後妻有(えちごつまり)で行った芸術祭について
触れた。これは北川氏が新潟県出身ということもあると思う。それぞ
れの集落が独自のお祭りをいている。そこでのしきたりに誇りを持つ
ことがその地域を元気にsっするということをしてきたという。
 
 周りの地域とは元気さが違う。そしてそうした活動を行う目的は、お
じいちゃん、おばあちゃんの笑顔を見たいということから始まったとい
う。集落に人が住む人がいなくなる。そして墓を守る人がいなくなる
という状況の中で、おじいちゃん、おばあちゃんを喜ばす。そういうアー
トを作りたい。
 
 「大地の芸術祭、越後妻有アートトリエンナーレ」はそういう目的で
行った。50日間行って口コミで来る人は日を追うごとに増えた。この
地域は人口が3万人以上では日本一の豪雪地帯だ。そうしたところは
自然とともに生きてゆくしかない。おじいちゃんは自分の子どもがつぎ
に戻ってくるのは、自分の組織の時ではないかと思った。そういうとこ
ろをどうすべきか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「アジアのクロウサギプロジェクト」講演会(上)

 「アジアのクロウサギプロジェクト」という記念講演会が14
日、奄観であった。これは奄美の民間人の有志で立ち上げ
た地域興しプロジェクトだという。講演会には500席ぐらい
用意されて300人ぐらいの聴衆が集まった。
 
 この種の講演会としては極めて多くの人が集まってと言え
るだろう。奄観4階のフロアー一杯に椅子が並べられていて
奄美大島の天然水「あまいろ」が置かれていた。この製造元
が協賛しているからだろう。
 
 出席している顔ぶれrも多彩であった。経済人、文化人、行
政関係者など、顔見知りもたくさんいた。商工会議所、法人会
などは組織で出席の働きかけを行ったようだ。そのほか青年
会議所などのメンバーも多数来ていた。観光業界の人もたく
さん来ていて目立っていた。
 
 私の場合はライオンズで知らされた。メンバーの一人の友原
菊二郎氏が例会で報告して知った。チラシに「アジアのクロウ
サギプロジェクトの」の概略が説明してあった。それを読んで興
味があったので出席してみたが、これほど大規模な講演会とは
思わなかった。
 
 さて講演者の北川フロム氏の略歴を簡単に紹介する。1946
年新潟県生まれ。東京芸術大学卒。女子美術大学教授。アート
デレクター。2006年度芸術選奨文部科学省受賞など。
 
 まず実行委員会を代表して友原氏があいさつを行った。このこ
とから彼が実行委員会の中で重要な位置をしめていることが分
かる。彼のあいさつは次の通り。
 
 奄美の現状を見て、人口は年々減少していて経済も落ち込ん
でいて非常に危惧している。何とかしたいがどうして良いか分か
らない。それで志を同じくしている人と勉強会を立ち上げた。
 
 東京に極真会の空手の緑健児さんや格闘家の武田幸三さん
にも仲間に加わってもらった。そして彼らから北川フロムさんを
紹介してもらった。そしてお願いして奄美に来てもらった。そして
昨年のはじめにプロジェクト委員会を立ち上げた。
 
 そして今回の講演会にこぎつけた。私の思いは自分のふるさと
奄美で何とか島おこしをしたいということだ。しかしなかなか結果
が出ない。そして今回のプロジェクトを生かしてゆきたいと思う。
さて講演の内容は次回にする。
 
追記
 明日から月曜日までの3日間の当欄は休みます
 
 
 
 
 
 

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「幸せの経済学」の上映会(下)

 上映会の参加者の中にはIターンの人が何人かいた。都会でグロ
ーバリズムのような生活を送って、奄美でローカリズムのような生
活にあこがれたのかもしれない。 
 
  いろいろな意見が出たが、ふたりの発言者が「マルクスの資本論
が正しいことが証明された」と述べたのは驚いた。グローバリズムと資
本主義を同一にとらえている。こんなところで資本論が出てくるとは、
グローバリズムが悪いから社会主義にしろと言っているのではないか
と思ったぐらいである。
 
 こういうところで、あまりイデオロギー的なことは言わない方が良い
と思う。グローバリズムによって人々の心が荒廃したので、教育勅語
の正しさが証明されたというのとたいして違わないと思う。「幸せの経
済学」はある意味では昔のよき時代を懐古する意味があるので、戦
前の道徳観に近いものがあると思う。
 
 「幸せの経済学」を観て、島を良くしたいという意見がけっこうあった。
島の人情が素晴らしくて自然も美しいのに、人口は減少する仕事をす
るところがない、みんな島から出て行って高齢化が進んでいく。台風が
来ると難日も船が来なくて物資が不足する。
 
 そんなに裕福でなくても良いから、本土並みの便利さは求めたいとい
うのだろうか。たぶん戦前の島の生活は「幸せの経済学」に一脈通じる
ものがあると思う。貧しくてもものを大切にして、再生しながら利用する。
船がしばらくこなくても、きちんと生活できるのが「幸せの経済学」では
ないだろうか。
 
 昨年、東日本大震災、原発事故によって東京では冷房や電気を節約
するというムードが生まれた。だから東京は暑くて暗い夏だった。ところ
が奄美は、そうしたことはどこ吹く風で、夜のネオンもいつも通り、冷房
もびんびんと効かした夏だった。奄美は幸せの経済学」にほど遠い現
状だったのである。
 
 グロバーリズムでは大企業、多国籍企業を批判して、地元の企業を
大切にすることも説いていた。大企業にお金を落とすよりも、地元の企
業の方が雇用を作ると述べていた。無理しても地元企業でお金を使う
ことの尊さも強調していた。
 
 しかしそういう発想は、今の行政にも持っている。プレミアム商品券
「ほーらしゃ券」が現在使えるが、本土資本は原則的に締め出してい
る。できるだけ地元企業を使うような配慮だ。そういう意味では今の行
政もグローバリズムではなくてローカリズムなのだ。
 
 私が「幸せの経済学」で最も共感しているのは格差の増大への批
判である。グローバリズムは市場原理主義を信奉している。市場原
理主義によって貧富の格差が許容できないほど広がり、中産階級
が消滅しようとしている。
 
 市場原理主義は弱肉強食のような世界で、生活に優勝劣敗をも
たらし社会を緊張させる。私は討論会で意見を求められた時に、グ
ローバリズムへの批判で、格差の増大を最も強調したが、そういう
人はあまりいなかったように思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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